第2話 悲しき兄弟
宮から抜け出したヴィオレッタは、美しい花々が咲き乱れる庭園へとやって来た。息の詰まる場所になどいたくはなかったのだ。
数多の戦場を巡り、剣が
ヴィオレッタはずっと疑問に思っている。なぜ、自分でなければダメなのか、と。あの口の悪い俺様男のことだ。どうせ、多くの女性の中から適当にヴィオレッタを選んだのだろう。そう思わなければ、公爵家と子爵家は、釣り合いが取れない。
「疲れる男」
ヴィオレッタは赤い
とにかくルカは、女性陣や男性陣から絶大な人気を誇る。つい最近まで、真実か嘘かも分からない噂はあろうとも、一切婚約者を迎えなかった帝国一の美男子ルカが、悪女として名を
「おや、ここにいたのか?」
「……お兄様」
庭園に
彼の名は、ヴィロード・ベッダ・リ・ルクアーデ。ルクアーデ子爵であり、ヴィオレッタの血の繋がった兄だ。年齢は22歳。結婚適齢期ながら、妻どころか婚約者も恋人もいないという変わり者でもある。ヘティリガ帝国貴族令嬢の憧れの的であるルカとは違い、比較的近寄りやすい美男子と言われている。そのため、下級貴族の令嬢方の中では、手の届かないルカを追い求めるより、ヴィロードを狙ったほうがいいという鉄則が生まれつつあるのだとか。
「先程、グリディアード公爵令息と言い争っていたようだったが……何か酷いことは言われなかったか?」
「あのお方が私に酷いことを言うのは、今に始まったことではないわ」
「ヴィオレッタ……」
「私は気にしていないわ。どうせ、すぐに婚約破棄されるわよ」
どこか
公爵家と子爵家という遥かに身分違いの婚約。弱みを握られたわけでもなく、握ったわけでもなく、はたまた身分の壁を越えた愛などあるはずもなく。一時の気の迷いか、暇潰しだろう。ヴィオレッタは婚約破棄を言い渡される準備はとうの昔にできていた。どうせまた、社交界で噂が広がりネタとされるだろうが、ヴィオレッタには断じてどうでもいいことであった。
「私はお前が心配だ、ヴィオレッタ」
「心配だと思うのならあのお方との婚約を断ってちょうだい」
「それはっ………………」
ヴィロードは、反論しようとするも、いい言葉が見つからなかったからか、黙り込んでしまった。
ルクアーデ子爵家は、通常の子爵家や男爵家と比べると、かなり貧乏だ。ヴィオレッタがルカと婚約し、そして結婚まで辿り着いたとなれば、ルクアーデ子爵家の身分は一気に上昇し、万年貧乏から
それに加え、子爵家が公爵家に正式に婚約破棄を申し込むことは、ご
ヴィオレッタは、複雑そうな表情を浮かべるヴィロードの腕にそっと擦り寄った。
「……お兄様を責めるつもりはなかったわ。ごめんなさい」
「いいんだ。私はお前の兄失格だな……」
悲しげに笑う兄の顔に、ヴィオレッタは胸がしめつけられる感覚を覚える。唯一の家族にそんな顔をさせるなど、自分は最低だと思ってしまったのである。
ふたりの両親は、既に他界。父に限っては、処刑という
ヴィオレッタやヴィロードにとって、皇帝は忌み嫌う存在。だが、子爵家という弱小の立場では何もできない。ただ、貴族位に留まれたことをありがたく思いながら、社交界の影となって貧しく生きていくしか、
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