第4話:彁(セイ)、前衛、アタッカー

『風魔法"エアハンマー"を習得しました』

『ゲーム発売記念プレゼントが届きました』

『アカウント連携記念プレゼントが届きました』

『チュートリアルを受けますか?』


「"いいえ"……うわ暗っら、ド深夜じゃん」


 目を覚ますとそこは異世界だった! ……そんな言葉が浮かぶような、現実とはまるで違う景色が目の前に広がっている。


 異世界という単語のイメージを簡単に思い浮かべて、その世界にそのまんま迷い込んだような街並みに、溢れかえる程の人々がそこにいる。


 壊れていない道路が、捻れていない建物が、行き交う大量のアバター達がいる。


 真っ暗闇の世界の中に色彩の暴力があった。


 久々の光景だ。暗さも明るさも目に悪いことこの上無い。まぁVRなら視力もクソも無いけどな。


「賑わってんなー正月の初詣かっての。いや行ったことないけど」


 仮想現実空間にいるのは日常だが、こういうゲームリリース黎明期特有の異常とも呼べる生気、熱気、活力に溢れる人波……否、人混みと言うべきものに触れられることは数少なく、このお祭り地味た空気は好きだった。


 今はただうるせぇとしか思わんけども。


「流石の0時とは言えサービス開始だからクッソ人いるなー、メインコンテンツがバトロワってのもデカいけど」


 デイブレくんは時間が現実とリンクしてるため、0時にログインすれば当然ゲーム世界もド深夜の0時なわけだが、バトロワはメニュー画面から行けて、かつ時間も場所もランダム生成のため、"このゲームを普通にプレイ"する限り問題にはならないらしい。

 その点を考慮して? 0時からサービス開始なのかもしれないが、私にとっちゃいい迷惑だ。


「果てさて二周目だ。二周目かぁ、二周目だなぁ。……そだね、まずはレベリングも兼ねてツーブライト目指すか」


 怪物のある程度の場所は覚えてるが、当然アイツらは初期装備で勝てる相手じゃない。

 かつこんなの低い状態でゲームをするのは不愉快故に、マップを見ている少年少女を飛び越して喧騒を下に遠ざける。

 壁を蹴って、蹴って、蹴って。

 距離を稼いですとんと着地した屋根上には、私に驚いて逃げていく黒猫が居た。


「うーわ早々に不吉だなぁ」


 慣らすように何度か床を鳴らし、軽く蹴って加速。

 賑やかで鮮やかな喧噪と色彩が、暗闇の中どんどん後ろに流れていく。

 夜に駆ける、それは目的地まで一直線に。

 視界が不明瞭だから、感覚に身を任せて。

 聞こえる音を踏むように、屋根の上を飛び跳ねながら。


「やっぱ移動は屋根の上に限るなー」


 私にとって、この世界は二周目だ。


 当然、それは凄まじいアドバンテージで。


 なんて、いくらでもある。



 ******



 まぁ単純に、態々効率良く出来ることを非効率にやる人間じゃ無いって話だ。


「はぁい神父さん、祈らせてくれるかな?」

「……どうぞ御自由に、異邦人プレイヤー様」

「ん」


 簡単なパルクールを終えて辿り着いた真っ白な教会。

 現地言語が私向けに翻訳される妙な感覚。

 光源は不明だが魔法的なナニカで明るい室内を進み、実体化させた所持金の半分を募金箱のような物にぶち込んで、移動の終着点たる巨大なステンドグラスの真下へと。

 両手を組んで片膝を着き、形式的に無心で目を瞑る。


『セーブポイントを"ストレリチア教会"に設定しました』

『加護"始まりの祝福"を獲得しました』

『加護"神のいたわり"を獲得しました』


「……よし、ありがと神父さん。これお布施。また来るね」

「はい、ありがとうございます」


 十秒間していた祈るポーズを頭の中にシステムボイスが響くと同時に切り上げ、教会を後にする。


(祝福ありだと効率ダンチだからなぁ……いたわりは序盤なら安いし軽い内は貰うに限る)


『加護:始まりの祝福

 レベル30まで取得経験値を20%増加する。この加護は一度死亡するまで続く』

『加護:神のいたわり

 死亡時のデスペナルティを緩和する。この加護は一度死亡するまで続く』


 得たものを確認しながら再度屋根に登ってパルクールを開始。次の目的地はそう遠くないが、それでも感じた暇を潰すように過去が頭の中を過ぎった。


(少ししたら広がるし別に大したことじゃないけど、こういう私だけが知ってる効率プレイはなんか優越感あるねー)


 教会はプレイヤーが死んだら送られる場所ではあるが、この施設にはある仕様がある。

 それこそが今やった祈祷とお布施。

 ある聖職者RPロールプレイ勢がステンドグラスに祈ったことで発見したこの"加護"と呼ばれるものは、条件付きではあるものの死ぬまで続くバフで、各教会で効果は違うが総じて強力なものとなっている。

 又、所持金の半分を寄付することで、祈祷とは別に一度だけデスペナルティを無効化する加護を貰うことも出来る。

 どちらも初心者にとっては大変有用なものであるため、サービス中期頃には加護を貰ってからレベリングに出かけるのは初心者の鉄板となっていた。


「死ぬ気は無いけど保険は打ったし、ちゃちゃっと食べて早速フィールド出ますかね」


 回想をしている内に目的地周辺に着き、人のいない場所に飛び降りる。

 周囲の人がギョッとするのを気にせず目的地まで歩き、"冒険者ギルド"という看板が掲げられた、夜でも明るく賑やかな巨大な酒場に入っていく。


「うーん閑古鳥。興味無さ過ぎというか、バトロワに興味あり過ぎというか」


 チャンネルも標準だってのに目に見える範囲のプレイヤーは0、点在するテーブルで飲み食いしてるのはNPCだけだ。

 空いてるから丁度いい、人が増える前に用事を済ませよう。


「ギルドカード作ってくれる?」

「……あ、はい、了解しました。……ではこちらのカードにお名前とポジションと役割の方を御記入下さいす」

「ん」


 受付に直行し、困惑したような受付嬢から受け取ったカードに『彁:セイ、前衛、アタッカー』と書き込んで返す。


「……貴方はに行かないのですか?」

「んー? ああバトロワか。興味無いかな」

「珍しい異邦人様もいらっしゃるんですね。……はい、どうぞ。ギルドカードの詳しい説明はいりますか?」

「無しで」


 登録作業中に軽く話し、出来たカードを懐に仕舞う。ランクがどうたらクエストがどうたらって話だし、そこら辺は全部覚えてる。


(えーっと依頼は……あったあった、『フリー討伐:猿』と『ボス討伐:ハリケーン』……そうだな、一応『ボス討伐:チャリオット』も受けとくか)


 登録が済んだので早速クエストの受注に向かい、依頼ボードと呼ばれる掲示板から三枚の用紙を探してひっぺがす。

 レベリングの過程で自動達成される物は受けない理由が無く、特に猿は10匹殺す毎に報酬追加のため、アレやる前に絶対に受けておきたかった。


「あとは……ああそうか、ここにも売店あるのか」


 匂いに誘われるように食事注文カウンターへ行き、雑に料理を頼んで札を貰いテーブルに着く。

 暫く待てばウェイトレスが熱々のステーキと白飯を持って来て、机に置いて去っていった。

 熱そうだなぁ、量は申し分無いけども。


(今更ながらなんで空腹ゲージがSECRETなんだろう)


 このゲームには一応空腹ゲージが存在する。

 "一応"というのは別に0になればバットステータスが付くという訳では無いからで、極論気にしなくても問題ないっちゃ無いのだが、これが満たされている場合全ステータスが1.1倍される。

 レベルが上がる程燃費が悪くなる上値段も高いことも合わさって、ダメージレースや"怪物"出現後でしか気にされなかった要素であるが、序盤のコスパなら満たしておく方が得だろう。


(今の内に装備確認しとくか)


 雑にフォークを突き立て貪りながら、ぴこぴこと『!』マークの付いていたボックス内を確認。

 中には『簡易地形記録用紙』『初級罠作成書』『簡易調合用具』『初級調合書』『サバイバルキット』『ゲーム発売記念プレゼントボックス』『アカウント連携記念プレゼントボックス』の七つのアイテムがあった。


ふぉいはへすさはいは取り敢えずサバイバるひっほはへほふルキット開けよう


 目線操作でキットを手元に具現化し、ゴトッという音を立ててテーブルに幾つもの物が現れる。プレイヤーもいなけりゃ店員NPCだけだし堂々と。

 迷惑? 知ったことじゃなくない?


(これだよこれ)


 その中で手に取ったのは、サバイバルキットに入っていたナイフと長鉈。

 私は"これ"自体は使ったことはないが、一応VRゲームは黎明期からやっているため大抵の武器は扱える。零距離戦闘はあんま得意じゃないが、まぁその辺はPSプレイヤースキルでゴリ押しゃいいや。




「んぐっ……っと、じゃあこれからよろしくね命綱ちゃん」




 そう言って私はサバイバーを最強の初期職たらしめるアイテムに挨拶をして、ステーキにまたフォークを突き立てた。






 ……思えば久々に普通のお肉食べたなぁ。






『異邦人の長鉈

 要求ステータス:無し

 斬撃5/打撃3/切れ味5/強度∞/耐久値∞

 絶対に破壊されない不思議な長鉈、性能は低い』


『異邦人のサバイバルナイフ

 要求ステータス:無し

 斬撃5/刺突3/切れ味5/強度∞/耐久値∞

 絶対に破壊されない不思議なサバイバルナイフ、性能は低い』

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