第1話:その少女、要介護につき
楽しいことが好きだ、だって楽しいから。
復讐するのが好きだ、だって愉しいから。
人を助けるのが好きだ、だって褒められるから。
人を見下すのが好きだ、だって優越感を得られるから。
飛び抜けることが好きだ、だって目立てる主人公になれるから。
自慢しイキることが好きだ、だって自尊心が満たされるから。
強敵を捩じ伏せるのが好きだ、だって万能感に浸れるから。
VR空間が好きだ。
何故ならこんな私だろうが誰よりも強くなれて、そして全力で私の感性を表現する権利があるから。
私は私が好きだ。
私は私が好きなことをして楽しんでいる私が好きだ。
それらは何処までもエゴで満たされた趣味嗜好で、それは何よりも私にとって大事なもの。
私は私のやりたいことのためだけに生きている。
そんな歪んだ人間で、そんな普通の人間だった。
人から言わせれば
ああそうだ過去形だ、過去形になったのだ。
意図せず始まった私の二周目の冒険を振り返って、そんなことをふと思う。
変わることの無かった私の16年が変わったのなら、あの終末も悪くなかったんじゃないかって、私の中の私が囁いた。
これは自由気ままに好き勝手に、二周目の世界を暴れ倒して。
サイコパスと往々にして呼ばれた私が変わっていく物語だと思う。
「……起・き・ろっ!」
「ぐえっ」
衝撃。
空気が腹から押し出されて、目ん玉が飛び出るような錯覚に襲われる。
虚ろな思考回路、知覚したのは鈍痛と重量と重力。
計器がぶっ壊れたように感覚が荒ぶり、大して無い平衡感覚がぐちゃぐちゃに狂っていた。
上下左右が上手く認識出来なくて、反射的に浮いた体は起き上がるまでに至らない。
うっえぇ気ン持ち悪ぅ……
「……痛ってぇ、つか気持ち悪ぅ」
「いやいつまで寝っ転がってんのよ、もう昼の14時よ」
「あー? 誰だよるっさいなぁ……こちとら二日酔いみてぇなステで脳味噌使ってんだから後にして……」
「はいはい、いいから起きた起きた」
肩と腕を引っ張られ、暗い視界から抜け出した顔が空気に触れた。
温もりと重量から解き放たれ、しぱしぱする目を擦る。
感触と今の頭の効率から、包まっていたのは多分毛布で、寝起きだからこんなだるいのであって、
目の前にいる私を起こした人物は、妹だ。
………………
「………………あー……うん? なんでいんの?」
「いや、夏休みだからだけど」
「いやそうじゃねぇよ、何? 夢……って発想が出る時点で現実かこれ、つか現実じゃん。ん? 現実じゃんどうなってんの……え、は?」
眼前にいる妹も、私の体も、私がいる場所……私の部屋さえもが、現実世界のそれだった。
そこには魔法も異世界も暴力もない、健全で機械的で生活感溢れる平和があって。
直前の記憶からは余りにも遠く掛け離れ、私の知り余る世界があった。
「
「……どうしたんだろう、いやどうしたんだろうねぇ、これ?」
時計がある。
私のいた時代には考えられない、中途半端な技術による電子的なソレ。
思い出してきた間取りを頼りに駆け寄れば、ふらついた足がコードか何かに引っかかってすっ転ぶ。
「ぶっ」
痛い。
そうだ、こんな単純なことですら視界が赤ばむくらい痛いのだ。
がらがらごっしゃんと、機械品や本が転がって。
揺れて軋む脳味噌で頼りにならない視界には、丁度良くパソコンの日付が映っていた。
"2038/07/19/月"
「………………わぁい、二年前だぁ?」
意識の遠くから妹の声が聞こえる。
もうこのままどんどん遠くなってもいいんじゃないかと思う程度には、私の脳味噌は疑問と衝撃で空転していて。
「いやだから起きろっての!」
妹に頬を叩かれリビングに強制連行されるまで、私はまだ現状を夢として考えようとしていた。
「目ェ醒めた?」
「タオル」
「要介護がよぉ」
それが洗った顔を拭いて醒めてきた脳味噌が出した結論だ。
何かしらの怪物に意識が囚われてるだとか、平行世界に飛んだとか、そんな可能性もあるっちゃあるけど、それが一番しっくり来た。
感覚が正解だと言っていた。だから正解だ。私は常に正しいので。
(直前の記憶が無いけど、そうとしか認識出来ない)
ぽやぽやした意識のまま非科学的なことばかり体験してきた私は、そんな有り得ない答えを普通に受け入れている。
タイムリープ、それは過去に戻るというフィクションの超技術。或いは超能力で、異能だったり、魔法だったりする。
未来の記憶を持って過去に戻るそれ。或いは未来の記憶を手に入れただけの私かもだが、思考ベースが現行の私だから、これは過去の私の体に
現実に私が二人居るとか、この時間の私に知られないよう歴史を改変するとか、そんな話が多い中私は私に乗り移ったみたいなことになっている。
……はてさて、
(それよりおなかすいた)
兎角、私の意識が過去の体にあった。なんで? という疑問は尽きないが、
「ご飯作ったから起こしに来たの。食べたら洗っといて」
あらタイムリー
「……あんたはどうすんの」
「寝る。明日の0時からサービス開始だし」
「サービス…………あぁ
「そそ。お姉ちゃんもやりなよ?」
「あー…………うーん、まぁ、そうなるよな?」
「じゃ」
そう言って手を振り自室へ帰っていく妹様。
あーそうだ思い出してきた。確かβテストの報酬で貰ったソフトを無理矢理押し付けられてあのクソゲー始めたんだっけ。
懐かしいなぁ。
「…………いや現行の話なんだけど?」
私の居た時代では様々な事があった。
危機に陥って、解決しようと団結して、裏切り者達を粛清して……そして最終的に敗北を喫した。
私以外のプレイヤーの全滅だ。
人類滅亡とも言えるかな?
最終的に
なんか目ェ覚めたら、過去の体に私の魂が、ある。
頭ん中完全に
「……これは多分殺害は成功して、その報酬がこれってことですかにぇー?」
ふらふら歩いて椅子に腰掛け、回らない頭を無理矢理回す。
状況から察して、現状を推理して。
導かれた答えは成程、そうか。
私は今、過去に未来の記憶を持って居る訳か。
「つまるとこ、歴史を変えられる立場に居るわけだ」
思考をショートカット。
色々なことがあった。
ああ本当に色々なことがあって、クソみてぇな未来がこの先にある。
あのゲームによってそれが起こる。
結構楽しかったけどそれは、まぁ起きない方がいいことで。
そして私は今、それら全てを叩き返してやれる立場にあるって訳だ。
ふーん。
……で?
「クソほども興味ねぇな」
私は自分の快楽だけを追求するいきものである。
楽しいから復讐はするけど、まぁそれはそれとして。
色々と考えることや整理することがあるかもだが、折角タイムリープとかいう面白いことが起きたんだ。
取り敢えず今は、久々に食事を摂ってみようと。
「……うんまぁそうだな、まずはこの状況を楽しもう」
腹の鳴る音で、短絡的にそう決めた。
私はそういう人間だった。
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