二周目のサイコパス
ニキ
1章:WAKE UP FAFNIR!
XK-2.7:拝啓、ある姉妹の天才より
私には姉がいる。
現実離れしていて、理不尽を煮詰めたような、よく分からない姉がいる。
姉妹仲は……別に良くも悪くもない。
距離が近くても関心が無ければ仲良くはなれないもので、かつて仲良くなりたかったのは私の方で、関心が無かったのは姉の方だ。
「そんなに楽しいの? それ」
「え? あぁうん。これしかやることないし、必然的にハマるよね」
「ハマるって具合じゃなかったよ
「……別にいいけど、どんなのやりたい?」
「……よく分かんないから、
仲のいい姉妹という存在に憧れていた。
憧れたのは私達が絶妙に噛み合わなかったのと、幼馴染に仲のいい兄妹がいたからだと思う。
姉は色々と理由はあったが、何事にも適当で関心が薄い生物で。
反対に私は色々なことに興味があって、負けず嫌いで、そして色んな才能を持っていた。
ある種、馬鹿にしていた時期もあった。
私の方が色々なことが上手く出来るとか、アンタより世界を楽しく面白く生きているんだとか。
様々なものが煮詰まって、ある時私は姉が熱中していることにちょっかいをかけた。
かけてしまった。
──そこで私は、"姉"を知った。
──姉という、"化け物が生きている姿"を見た。
無関心に笑顔を貼り付け、真正面からの感想で会話に応じるだけで、同居人の暇潰しに付き合っていただけだった彼女の、才能すら塗り潰す程の努力で築いた理不尽を垣間見た。
彼女は人間だった。
よく分からない生物では決して無く。
ただちょっとズレてるだけの、興味を持ったことにだけ徹底的に熱中出来る人間だった。
……あのえっぐい笑み浮かべながら獣みたいに戦う姿は化け物のそれだけど。
「別に強くはないよ? ほら、あの死にかけてた一ヶ月あったでしょ? あれ私が毎日一日中練習で死にまくった証拠だし」
人生において天才に
学校でも、大会でも、試験だろうが、勝負だろうが。
そこで勝って、或いは負けて。感覚で理解可能な"差"というものは、私にとって詰められる、届くと思えるものだった。
その"差"は努力で説明出来て、費やしたリソースの結果だと理解出来るものだった。
私が出会ったのは、果たして天才だったのか。
小器用な才能でどうにもならない、狂気的な熱中が作った"ホンモノ"が姉にはあった。
私には無い、凡人を魅入らせるだけの言語化出来ない"ナニカ"があった。
その差は余りにも断絶していて、私は証明出来る言葉を持っていなかった。
「あぁー…………うん…………暫くVRはいいや」
ある時、姉がまた
改めて姉を知って見たその顔は、私に見せたことのない、挑戦心と狂気に染まりきった、理解不能な怪物の顔だった。
大抵の事は出来た私が、一度も勝てる気がしなかった怪物に。
あの濁りきって、どろどろしていて、爛々としていて、死にかけの中、生に溢れていたあの瞳に。
何処までも凄まじい殺意と執着と喜悦に満ちた赤い水晶に。
あの瞳を持っている時の天才に、何故だか私は挑んでみたくなった。
好奇心を駆るには、それは余りに十分だ。
拗らせて、歪んでいて。
趣味の悪かった私は捩じ伏せたくなってしまった。
……そしてそれは叶うことなく。
彼女の性格上、熱中していることには必ずゴールがあって。
そして彼女の熱中は、ただ一箇所しか見つめない。
元より関心が薄い彼女は、私生活を、人間性を投げ打って。
気付いた時にはその標的に既に勝利して、その瞳の煌めきは既に消火されていた。
感傷に耽って今そんなことを思い出していたのは、そんな出来事から丁度一年が経ったからだろうか。
私達姉妹は同居人だ。
彼女は普通に生活している。
遅くに起きて、二度寝して、手慰みの趣味をして、ご飯を食べて、平凡に会話して。
かつて良く見た姉がいた。
平凡とは少しだけズレた、でもそれだけの瞳の少女が居た。
きっと彼女は仲良くなる気なんて無くて。
きっとこの歪んだ憧れが叶うことも無くて。
現実を知って熱から冷めて、中二病を卒業して客観視出来るようになって気付いた。
きっと私は構って欲しかったのだと思う。
姉妹だから? 寂しかったから? 寂しそうだったから?
利口だからか気付いた、彼女に合わせて共通の話題を作ろうとして。
そんな私に彼女の深淵という杭がぶっ刺さって。
結局私以外の理由で、その話題は消えてしまう。
ああ、なんて馬鹿らしい。
『"デイブレイクファンタジー"のβテストに当選しました』
一時の間共にした同じ時間、そこで変わったのは私。
その時の流行りを適当につついていた私には趣味が出来ていた。
この春、私は高校生になる。
趣味はVRゲーム。
特に誰かさんの影響で、好物は対人戦。
その趣味の一環として追っていた、あるVRゲームのβテストに当選した。
"デイブレイクファンタジー"
それは、
一昔前に流行った
「やった!」
思わずそう喜んで、興味無いだろう姉に感情を伝えに行く。
相変わらずクソみたいな反応しかされなかったけど、私はこのゲームに凄く期待していた。
「完成度次第じゃ製品版は
「いや暫くVRはやらないって……」
「私を沼らせたのはお姉ちゃんだから、私もお姉ちゃんを沼らせなきゃ不公平でしょ!」
「随っ分と理不尽な理屈ゥ……」
あの日、私は姉にゲームを教わった。
回り回ってそれは私の価値観を変え、そして趣味になるまで侵食して。
恩返しなのか、照れ隠しなのか、私の利己的な願いのためか。
今度は自分から彼女をゲームに誘ってみようと思う。
「いいから約束ね!」
「あぁもう、分かったって」
きっと姉は変わらない。
私達の関係は変わらない。
それでも努力だけは、彼女の奥底で磨かれた輝きのようにしてみようと、軽い気持ちで押し付けたそのゲームが──
──姉をかつての怪物に戻してしまうことを、その時の私は知る由もない無かった。
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