36.ベテルギウスが導く綺羅星の輝き

「これで準備完了、かな。ごめんね、上杉君。手伝ってもらって」


会長が、優しい声で笑いかける。

時がすぎるのは早い。気がつけば今日は、文化祭前日だ。


うちの文化祭は、毎年前夜祭から幕を開ける。

主にステージを使って行うが、そのほとんどが芸能科の人ばかりで、芸能科のためのステージと言っても過言ではない。

人数が多いため、一人でも多くの卒業生にステージに立って欲しいという学校側の図らいだそう。

文化祭だけでなく前夜祭も、別に強制参加ではないがほとんどの生徒が講義が終わったと同時に見に向かっている。


そんな前夜祭が始まる間際だというのに、俺は生徒会室にきていた。

なぜかは、よくわからない。

ただ自然と、足が向いていて……


「気にしないでください、たまたま通りがかっただけなんで。大変ですよね、生徒会長も」


「すまない……君には何度謝っても気が済まないよ。この前のことも……ほんと、ごめんね」


「そんな謝らないでくださいって。あれはただの事故っすから」


友達として接して欲しい、そんな彼と会うのはあの酒の一件以来だ。

自分から尋ねるのを躊躇うほど気まずかったはずなのに……会ってみるといつも通りで少し安心する。

幸いなことに、彼自身はあまり記憶がないようだし……


「にしても、もう文化祭本番なんすね〜あっという間だった、ていうか……生徒会も忙しいんじゃないっすか?」


「まあ、それなりにね。けど、これが生徒会長として最後の仕事だから。生徒だけでなく来てくれた人みんなが、最高の文化祭だったって思えるように尽くすつもりだよ」


「かっけーなぁ……それで芸能科のステージも出るんすよね? やっぱ格が違うわ」


「上杉君こそ、どうしたんだい? たまたま通りがかったなんて嘘までついて、ここに来るなんて」


図星だとばかりに心臓が、どきりと跳ね上がる。

なぜ、分かったのだろうか。

俺が嘘をつくことが苦手ということは、会長には知られていないはず……


「な、なんでわかったんすか? 嘘だって」


「わかった、というよりは嘘をつきなれてないというのかな? 顔に書いてあるよ、悩んでいますって」


「うぇっ!? そこまでわかるんすか!?」


「上杉君って意外とわかりやすいよね」


まさかそこまで見透かされるとは……ふがいなさすぎる……

ばれてしまった以上、ここは黙っておくわけにはいかない。

こうして自分が会長へ頼ろうと思ったのも、あのことが原因なわけだし……


「実は、野神と約束したんです。文化祭のステージ、見に行くって」


「野神さんと? そういえばありすからも、君を誘ったって言っていたな。とびっきりのアクセを作るんだって張り切っていたけど……」


「はい……時間を分けていけば大丈夫だって思ってたんすけど……輝夜から時間を指定されて、このパンフレットみて、気づいてしまったんです。全部、ものの見事にかぶってるなぁ、って」


現実はそううまくいかない。

輝夜に時間指定された11時は、もともと野神の人形劇が開催される時間とかぶっていた。

その時からどうしようとは思っていたが、さらに追い打ちをかけるように九十九、湯浅の催し物も11時開催となっていたのだ。


まさか、こんなにも時間がかぶることが世の中にあるだろうか。

俺、神様になんか恨まれるようなことしたっけか?

最悪、11時ちょうどには無理でも走ればワンチャン回れることは回れそうだが……



「前から思っていたけど、君たちは本当に仲がいいね。ありすとさしで話せる人はなかなかいないから、少し嬉しいよ」


「そんなことは……そもそも友達でもなんでもないんすよ。同じ目標に向かってつながってただけの関係、っていうか……」


「……本当かい? そうやって迷う、ということは君にとって彼女達はかけがえのない、大切な存在に変わっている証拠じゃないかな?」


会長にいわれ、思わず言葉を失う。

いわれてみれば、俺にとってのあいつらってなんなんだろう。


最初はとっつきにくかったり、最悪な印象しかもっていなかった。

いざ蓋を開けてみると、全員がそれなりの悩みを抱えていて、夢や目標に向かって一直線に進んでいて。

そんな様子を隣でずっとみてきたから、思わず助けたくなって……


「やはりここは、選ぶべきなんじゃないかな? 四人のうち、誰か一人だけを」


「えら、ぶ……? いやいやいや、そんなことできるわけ……」


「躊躇うのも無理はない。けれどその選択が、彼女たちへの誠意に応えることになるんじゃないかな?」


彼女達への誠意。

その言葉に、なんとなく思い出す。


湯浅、九十九、野神、輝夜。

初めて会った時と比べたら、たくさんの時間や言葉を彼女たちと過ごした気がする。

最初は顔だけでなく、名前すら知らなかったはずなのに。


気づけば、俺の隣にはあいつらがいた。

うるさくて、面倒で、どいつもこいつも一筋縄ではいかなくて。

そばにいるほど、彼女たちの覚悟や思いを知らされる。

悩み、葛藤、夢。

関わるとろくなことがない、ずっとそう思っていた。

実際、彼女たちと過ごす時間は楽しくて、かけがえのない時間ばかりで。

可能ならば、このままずっと、ずっと続いてほしくてー……


いつのまに、その日常が当たり前となってしまっていたのだろう。

俺は、壊れることが怖いんだ。

だからこそ、逃げるように今の形を追い求めていて―


「私も、この文化祭で一つの選択をしようと思っているんだ。上杉君、少し来てくれるかい?」


会長が、笑って手を伸ばす。

その手が差し伸べられた光のように感じて、ゆっくりと彼の手をつかんだ。



ついていった先は、前夜祭の会場の舞台裏だった。

次から次へ披露されていく歌やダンスに、観客は皆楽しそうに盛り上がっている。

まるでライブ会場のような熱気だった。

舞台裏ではカメラがあちこちに置かれており、来れなかった人や近くで見れない人のために、出演者をあらゆる角度で映している。

そのカメラの確認をする人、舞台に指示を出す人の声が飛び交い、出番を終えた人々が笑顔で帰ってゆく。

そんな中を、会長は顔色一つ変えずすたすたと通り抜けていき……


「最後に、生徒会長からの挨拶です」


司会の声がする。

会長は俺に何も言わずに、ステージに上がっていった。

その横顔は、いつになく凛々しくて堂々としていて。


一つの選択をする。会長は、そういっていた。

何が、起ころうというのだろう。

自分が何をする訳でもないというのに、脈がどんどん早くなっていく……


「杓璃祭開催に向けて、頑張ってきた生徒の皆さん。明日はいよいよ本番です。支えてくださった教師や保護者、他にもたくさんの大人たちが協力してくれたからこそ、今があります。そのことを忘れずに、目いっぱい楽しんでください」


淡々と話す彼の言葉を、一言一句聞き逃さないと生徒全員が耳を傾けていた。

さすがだ、みんなに好かれているだけはある。

最後は確か、開幕ですと締めて、文化祭が始まる。

それがいつもの流れだったし、誰もがその一言を待っていた。

その時だった。


「……私は、みんなを騙して4年間を過ごしていました。そのことにずっと息苦しささえ感じていたし、ずっと申し訳なく思っていました。けれど、そんな私を受け入れ、仲良くしてくれた。あなたしかいないと、生徒会長にまで選んでくれた……そんなみんなが大好きで、誇らしくて……なんだか隠している自分が馬鹿らしいなってきづきました。というわけで今から私は、このステージを生徒会長、小早川三星としての終わりのステージにしたいと思います」


その瞬間、生徒全員がざわめく。

それは裏方も同じようで、聞いていた挨拶と違うとあたふたし始めている。

ただ、舞台で見ていた彼女達四人だけが、何か分かったかのような笑みを浮かべていて……


「ただいまより、杓璃祭開幕を宣言するとともに、小早川三星を封印する。とくと目に焼き付けてくれ。僕……直江李音の始まりのステージを」


制服とかつらが、その場に投げ捨てられる。

そこにいたのは紛れもない、直江李音だった。

途端、生徒の悲鳴のような歓声が一斉に沸く。


そんな声を気にしもしないように、彼は歌いだした。小早川三星ではなく、直江李音の歌を。

これでもかという歓声が彼女を、そして体育館を包む。

一曲歌い終えるが否や、彼は何も言わずに舞台袖へ歩いてきた。

横には信じられないとばかりに言葉を失っている、生徒会関係者達がいる。

そんな中一人、彼の存在を知っていた俺はどう声をかけていいかわからなくてー


「この選択が正しいのかなんて、未来の自分にしかわからない。僕だってそれが怖いし、迷いや躊躇いがあるのは当然だと思う。でも選択をしたからこそ、見えた出会いや世界がある。こうして僕が君と出会えたのも、一つの選択のおかげだと僕は思うな」


「会……長……」


「さあ次は君の番だ、上杉稀羅君。君は、どうする?」


会長が、優しげに笑う。

思えば、彼を好きになったことが始まり

俺があいつらと関わるという選択をしたから、今ここで彼といれるんだ。

一度は怖くて、逃げ出そうと思ったが。


それでも選択した世界はこんなにも眩しく、心地がいい世界だと気づかされて。

怖がってばかりじゃ、進まない。


俺は、選ばなきゃいけないんだ。

あいつら四人のうち、誰と過ごしたいかを―


(Take the story to the next stage……)

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