35.美少女がポンコツで何が悪いの??

「なるほど、ふるうってこうすればよかったのね……生クリームはつのがたつまで、って書いてあるけど、どういう状態をつのがたつっていうの?」


かしゃかしゃと、ざるを振る音がする。

動きが若干硬いながらも、彼女ー輝夜は必死に作業を続ける。

そのぎこちなさと、無知すぎる知識に目も当てていられなくて、俺は思わず、


「お前さぁ、本当に授業受けてるのか? ケーキくらい作ったことねぇの?」


と言ってしまった。

彼女に言われやってきたのは、言うまでもなく家庭科室。

なんでも、先生から補講代わりにケーキを作って提出しろといわれたそう。

なんか、初めてこいつが料理下手って知った時も同じことを言っていたような……

本当、どんだけ下手なんだよ、こいつ……


「私だってやりたいわよ。モデルの仕事が忙しくて実技があまり受けれないのだから、仕方ないでしょ」


「ほんとかー? ただ料理が苦手なのバレたくなくてサボってるだけじゃね?」


「………いい加減にしないと怒るわよ」


「まあ、いいけどさ。消去法で俺に頼むくらいなら、クラスメイトに頼ればいいのに」


「……完璧美少女とか言われてる輝夜聡寧が、料理下手だなんて幻滅するでしょう」


やっぱりだ。こいつが不得意だってことは、おそらく限られた人間しか知らない。

周りでも、彼女が完璧だとちやほやされている声をよく聞く。


あくまでそれは、他人が勝手に抱くイメージそのもの。

それを崩さないようにと猫を被っているのだとしたら、料理が苦手なんて言えたものでもない。

現にこいつが誰かといるとこなんて、九十九と野神くらいとしか、見たことねぇし……


「よくそんな苦手なのに、ここ入ろうって思ったな。なんか理由あんのか?」


「……聞いてどうするの」


「いや、どうもしねぇけど……俺のことはすげー聞いたり、調べてるだろ? ずるいんだよ、お前ばっかでさ。少しくらい話してもよくね?」


「……え」


輝夜の手が、少し止まる。

本音を言った、つもりだった。

輝夜? と振り返ると、びっくりしたように目を丸くしている。

心なしか、少しだけ頬が赤くなっているような気がして……


「どーした? そんなに驚くことか?」


「べ、別に。そんなに知りたいの? 私のこと」


「そりゃこんだけ一緒にいりゃあ、当然だろ」


「ふ、ふうん……」


彼女はそれだけ言うと、何事もなかったかのように生クリームをかき混ぜてゆく。

髪を耳にかける彼女の横顔は、心なしか口元が緩んでいた。

その顔がなんだか嬉しそうに見えて、いつもよりいじらしく見えて……


「意外だわ、あなたからそんなことを聞けるなんて。だったら私も知りたいわ。あなたのこと、もっと」


「え、俺? いいけど、何を……」


「好きな食べ物は? 嫌いなものとか、ある?」


作業しながらも、彼女の瞳がこちらをちらちらみているのがわかる。

まるで、気になって仕方がないとでも言うように。

いいように誤魔化された気もするが……まあ、仕方ないか。


「まあ肉は好きだな〜辛いものとかもよく食べるし。パクチーだけはダメだな〜匂いからして無理だわ」


「へぇ……初めて知ったわ」


「こうしてみると、俺ら知らないことばっかだな。お前って忙しいから、湯浅達みたいに、なかなかさしで話せねぇし……」


「湯浅?」


その途端、また、彼女の手が止まる。

どうした? と顔を覗き込もうとすると、彼女は、作業していたものを全て置く。

さっきまでの嬉しそうな雰囲気は消え、まるで怒っているかのようにどんっと机をたたいて……


「あなた、前は湯浅先輩って呼んでたわよね? いつの間に彼女とそんな仲良くなったの?」


「いつって……夏休み終わり、くらいだったかな?」


「……私の前に、彼女と会ったの?」


「まあ、色々あって……それを言うなら、九十九とか野神にも呼び出されたりしたけど……」


「………わかっていた……わかってはいたけど……まさか、ここまでだなんて……」


何を呟いているのか、俺にはよくわからない。

すると彼女はぐいっと、俺の首根っこをつかむ。

輝夜の表情はどこか、焦っているように余裕がなく見えてー


「上杉君。文化祭、私と回りなさい」


「は? なんで……」


「言っとくけど、他の人のところにいくのも、寄るのもダメ。私だけと回るの。最後まで、ずっと」


「な、何を勝手に! 急にどうしたんだよ、輝夜」


「本当に鈍感ね、上杉稀羅。あなた一人を必要としている人がたくさんいるって、どうして気づかないのかしら」


彼女はそういうと、俺の首を自分の方へ手繰り寄せる。

あまりのことに苦しくなりながらも、彼女は俺の頬に強引に唇を重ね……


「か、輝夜! 何して……っ!」


「どう? 少しはドキドキしてくれた?」


「おま……からかうのも体外に……!」


「私はいつだって本気よ。あの時から、ずっと……」


そういいながら、彼女はそっと首元を離してくれる。

やっとはっきり見えた輝夜の顔は、耳まで真っ赤になっていて、その姿はどこか新鮮でー


「私のことを知りたいっていったわよね? だったら文化祭の日、私のクラスに来て。11時に、必ず」


「は……? でも、その時間は……」


「皮肉なものね。先に目を付けたのは私なのに」


何のことを、言っているのだろう。

理解できない彼女の言葉はいつになくか細く、小さい。

彼女はそういうと、俺を家庭科室から追い出すように部屋の鍵を閉める。


キスされた頬を触ることしかできなかった俺には、分かっていなかった。

真っ赤に染まった彼女の言葉の真意も。

この文化祭で彼女たちが俺に、何をしようとしているかもー


(つづく!!)

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