32.幼気な少女の小さなstep

十月。

銀杏や紅葉も色づき、秋も深まってきた今日この頃。

俺の大学では空いているコマを使いながら、ますます文化祭の準備が進んでいる。

……もちろん、なあんにもしていない俺にとっては変わらない毎日が続くだけなんだが。


サークルで出し物をする人たちは、みなどこか楽しそうだ。

もちろん北斗もその一人で、バイトがない日は必ずどこかへ姿を消している。

本人曰く当日の作戦会議をしているそうで、具体的に何をしているかまでは教えてくれなかったが。


最近の北斗は見ているだけで楽しそうだ。少し羨ましくも思っちまう。

まあ、もう一人もそうみえるからだろうけど……


「で、これが秋の大四辺形っていって、有名なカシオペヤ座がその一つなんだよ」


「ほえ~……本当よく知ってるな、昴。さすが天文サークル」


「ほとんど幽霊部員だけどね。文化祭ではプラネタリウムをするって、みんな張り切ってるんだ」


星座早見表、とかかれたものを持ちながら昴がくすりと笑う。

言い忘れていたが、昴もサークルに入っている。

それが天文サークルだ。


といっても彼目的の女子が集まってしまうため、あまり顔を出せないらしい。

天体観測が趣味らしく、バイト終わりの夜に見える色んな星を教えてもらったことがある。

昔から星が好きだった影響から、ここでも理科を専攻しているらしい。

彼に言われるまで何となくしか眺めてなかった星空だったが、教えてもらうたびに色々な発見もあって面白いんだよなあ。


「稀羅も来ればいいのに。それこそ会長とのデートにはうってつけじゃないか?」


「ああ……俺、会長とは友達ってことになったんだよ。色々あってさ」


「えっ、そうなのか? その割にはすごい飄々としてるんだな……もしかして、他に好きな人ができたとか?」


昴の言葉と同時に、何か物を落としたような音が聞こえる。

嫌な予感がしつつも顔を上げると、そこにいたのはやはり北斗だった。


「本当か? 本当なのか稀羅。お前が好きな人は会長じゃなかったのか? ならあの女子の中にいるんだな? 誰だ? 誰を狙っているんだ」


「ちょ、しつこいぞ北斗。あいにく今はいねーし、あいつらをそんな目でみたことねぇよ」


「稀羅はそうでも、案外彼女達はそうじゃないかもしれないぞ?」


「昴、茶化すのもいい加減にしろ。余計に北斗がうざくなるだろ」


「たとえ会長をあきらめたにしても、オレの邪魔だけはするなよ稀羅。今年こそ彼女を見つけるんだ。リア充に、なってみせる……」


こいつ、必死だなぁ……そこまでむきになる意味が分からないが。

彼女達はそうじゃないかもしれない、か。

あいつらにとって、俺はどういう存在なのだろう。

湯浅先輩……もとい湯浅や九十九は、いまいちどう思っているのかつかみきれないが。

ま、百歩譲って輝夜にはよく思われてねぇだろうな。うん。


「上杉くーん、なんか下級生の子が呼んでるよ? うさぎ持ってたけど、あの子かわいいね~妹さん?」


そんな中、クラスメイトの一人が、俺に声をかけてくれる。

下級生のうさぎ、妹と言われてなんとなく察しがついてしまう。

昴に一言言いつつ、クラスの外に出ると案の定、そこにいたのは……


「やっぱりお前か、野神」


「……上杉、遠すぎ。他の人と話すの、緊張した」


「悪かったって。それより今ってまだ講義の時間だよな? どーかしたか?」


下級生でうさぎをもっている知り合い、なんてこいつしかいない。

野神千彩。俺や輝夜達や、気の知れた奴くらいにしか面と向かって話すことができないほど口数が少ない小柄な女性だ。

初対面ではラビット将軍と呼ばれているキャラクターとしか話したことなかったが……

こうしてちゃんと会話できてるって思うと、やっぱ感慨深いものがあるよなぁ……


「あのね……次のコマ空いてる?」


「空いてるけど、なんで?」


「一緒に付き合ってほしいの。一人じゃ、自信ないから」


「付き合うって、何に……」


「……………演技の、練習………」


極端に声が小さくなるのは、言いたくなかったのだろうか。

なんとか耳を傾け聞こえてきた言葉に、正直俺も半信半疑だ。

あの野神が演技の練習っていうんだぞ? まともに会話するのでさえ、ままならない奴が……


「練習ってお前、人前で何かするの難しいだろ。なんで急に」


「私の学科、作ったお人形で、劇をするの。作る人と、演じる人に分かれて」


「まさかクラスメイトに押し付けられた、のか?」


「違う。立候補、した。上杉が褒めてくれたから……演技のこと、声のこと……私、人前に出るのは苦手、でも上杉に言われて、逃げてばかりじゃダメだって気づいた。だから決めた。私、転科試験受けて声優目指す」


そういう彼女の声は、小さいながらもはっきりしており、今まで以上によく聞こえた。

きっとそれは彼女の本音、だったからだろうか。

彼女に面と向かって思っていたことを言えるようになった俺の苦労は、無駄じゃなかったってことか……


「それで立候補したってわけか。いいじゃん。でも俺、演技とか分かんな……」


「自信出るまで付き合うって言ったもん」


ぷくーっとほっぺを膨らます彼女はどこか、拗ねてる妹のようにみえた。

確かに自分がそういったかときかれたら……言った気もするが……

この野郎……俺が断れないように画作してここにきたな……

「へーへー、わかったよ。次コマな」


「……うん、いつもの場所でまってるから。約束」


浮かべたその笑みはいつにも増して眩しくて。

小走りに去る彼女は、嬉しそうに小さくスキップをしているようにみえて。

そんな小さな背中を見てつい、俺も笑みをこぼしたのだった……


(つづく!!)

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