31.imaginationを、君へ
カリカリと、ペンが進んでゆく。
慣れたように走らせてゆくその姿は職人そのもので、見ているこっちが目を離せなくなる。
ひと段落ついたのか、彼女はじゃあと目をキラキラさせながら俺へ顔を向けた。
「主人公が好きになったヒロインは、なんとロボットだったのです! ……どう?」
「ちょっと待て。伏線も何も無しにロボットはまずくね? いくらなんでも無理があるだろ」
「じゃあ生き別れの兄妹でした、は?」
「なんだよそのとんでも設定は……」
あれから数分。俺は彼女に、これでもかと言うほどのアイデア攻めを受けている。
九十九の手伝いをする、と決めたまではいい。
が、漫画なんて無縁な俺にとって、何が力になるか今でもわかっていない。
むしろ本当に俺でよかったのかと思ってしまう。
なぜなら、彼女は……
「わかってないなぁ、上杉は。禁断の恋愛は、読者には受けやすい傾向にあるんだよ」
「そういうもん、なのか?」
「恋愛系だと、すごい性格の悪い王子との話とかも多いかな? あとは王道で転生ものとか、チート系とかもウケるよ」
得意げに話す九十九は、こういう設定が流行りだの、ウケがいいだのよくわからない世論ばかりを口にする。
なんでもできる彼女の唯一の欠点は、漫画のストーリーの考え方が俺と同レベルということだ。
正直漫画や小説なんて授業でしか読んだことがない俺は、何が良くてダメなのかはよくわからない。
だが、彼女が話す展開がめちゃくちゃなことだけは、聞いているだけでわかる。
こりゃ、思ってたより重症だな……
「ウケる、とかウケないとか俺には全然わかんねぇが……さっきからそういうのばっかりで、お前自身の考えまったくねぇじゃん」
「本当失礼だなぁ、上杉は。じゃあ君だったらこの話、どうするとかあるわけ?」
「どうするって……例えば……自分がされて嬉しいことを書く、とか?」
いいながら、だんだん恥ずかしくなってくる。
こういうのは、自分の経験や感覚が役に立つこともあったほうがより書きやすい、というのを聞いたことがある。
実際、取材に行ったりして描く人もいるらしいし……その方が感情移入もしやすいだろうしな。
かといって、俺自身が書けって言われたら無理なんだが。
「例えば?」
「は?」
「それって、例えばどんなのがあるの?」
そういうとなぜか彼女は立ち上がり、漫画の道具をすべて置く。
これは……俺が言う流れになってねぇか??
九十九自身の意見が聞きたくて、提案したことなのに。
いや落ち着け、俺。あくまでもこれは漫画のためだ。決して他意はない。
これもすべてはこいつの漫画のため……!!
「これはあくまで俺が、俺がだからな! 悩んでいた時、抱きしめて励ましてくれる……とか?」
俺は一体、何を言っているのだろう。
こんなこと異性に言ってしまえば、自分にこうしてくださいなんて言っているようなものじゃないか。
はずかしい……ネタのためとかじゃなかったら絶対に言わねえぞこんなの……
「ほら俺は言ったぞ! 次はお前がされて嬉しいことをだな!!」
「それって……こんな感じ?」
ふわりと、ラベンダーの香りがする。
気が付いた時には、九十九が俺の体を抱き寄せていた。
驚くのも束の間、彼女はそっと包み込むように身を寄せてくる。
目線を少しでも下げると、彼女と目が合いそうで……
「つ、九十九! お前、何して……!」
「されて嬉しかったんでしょ? だからちょっとやってみた」
「やってみたって……からかうのもほどほどにしろよ! 漫画のためだからって、誰でも彼でもやっていいってわけじゃ……」
「漫画のためじゃないし、からかってないよ。相手が君だから、こんならしくないことしてるんじゃん」
心なしか、抱き着く力が強くなっていく。
ほんの少しだけ、彼女の体が熱いような……そんな気がした。
嫌というほど抱きついてきた母とは、まったく違う。
細いながらも力強く、そしてほんのりと暖かく包み込まれるような……
「って違う!! 俺が言いたかったのはそういうことじゃなくてだな!!」
「あははっ、めっちゃテンパってるじゃん。大丈夫、分かってるよ。僕がやりたいようにやれ……上杉ならそういうと思ったよ」
すると彼女はぱっと体を離し、机に置いた漫画を手に取る。
何を思ったのか、その漫画をびりびり破きだして……
「おまっ、せっかく書いたやつをなんで!」
「思いついたんだ、いい方法を。僕は僕のやり方で漫画を描く。だから文化祭で配る冊子、買いに来てよ。言っとくけど、去年も大盛況で即完売だったんだから。遅れないでよ? 稀羅っち」
今までずっと、何か企んでいるか、何かを我慢したような笑みばかり見てきた。
彼女が浮かべた笑みは、未だかつてないほど綺麗だった。
まるで花が咲き誇るように明るくて、その笑みが九十九灯織の、本当の笑顔のように思えてー……
「……別にいいけど、その稀羅っちってなんだよ。あだ名か?」
「ふふ、新鮮でしょ? 名前呼びイベントは、恋愛ものにはつきものなんだよ。出会ってもう半年たつんだし、これくらいはよくない?」
「相変わらずよくわかんねぇ奴だなあ……好きにしろ」
やれやれと俺が肩をすくめても、彼女はどこか嬉しそうに笑う。
初めてみた彼女の笑顔は、今まで見た綺麗なものよりも価値があるように思えて、別れた後もしばらく頭から離れなかったー
(つづく!!)
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