30.微笑みは君の嘘

あちこちで、色々な声が聞こえる。

これはこうしよう、ああしよう……聞こえてくる声はどこか楽しそうだ。

みんな勉強しながらも、空きコマを使ったりして着々と文化祭の準備を進めてゆく。


「ふむ……黒と紫……どちらがいいものか……稀羅、お前はどう思う?」


「知るかよ。つか、どっちでもよくね?」


「せっかくの催し物なんだ。外観から衣装まで、女子が食いつくものでなければ意味がないだろう」


意気揚々に話しながら、衣装の本をまじまじ見つめる。

何もすることがない俺は、こんな風に北斗に付き合わされる日々を過ごしていた。


去年も同じように手伝わされたせいで、正直嫌な思い出しかない。

だからバイトに逃げたり、用もないのに昴のサークルに顔を出したりする。

それも毎日とはいかなくて……非リア同好会に所属する面々の中に何故か俺まで参加させられる始末。

誰か俺を助けてくれる人はいないものか……


「う〜えすぎ」


そんな時、だった。

なんの前触れもなく、急に名前を呼ばれたのは。


「やほ〜捗ってる? 暇だったから会いに来ちゃった」


現れたのは彼女―九十九灯織だった。

こうして二人で会うのは海の時……以来だろうか。

俺を見つけるが否や嬉しそうに微笑む彼女の姿に、俺ではなく奴が一目散に反応して……


「これはこれは九十九灯織先輩ではありませんか。上杉稀羅は忙しいので、この伊達北斗がお相手しますよ」


「ああ〜〜君この前の〜〜〜。最近どう? 文化祭、何かする感じ?」


ぐいぐいくる北斗に構わず、いつもの調子で話し出す。

その交わし方、その笑み一つ一つが九十九灯織そのものだ。

だが、なんだろう。

いつもよりリアクションが大袈裟な気がして……


「九十九、気のせいだったら悪いんだが……なんかあったのか? わざわざここに来たのって、俺に用があったとかじゃ……」


俺が聞くと、彼女はびっくりしたように目を見開く。

その瞳から目を離さず、彼女の言葉を待つ。

だが彼女は、見られないようにとすぐに帽子を深く被り直してしまい……


「……上杉、ちょっと付き合ってよ」


北斗に聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、俺に言う。

その顔は相変わらず帽子で見えなくて、先をゆく彼女についていくほかなかった。



連れて行かれた場所は、誰もいない空き教室だった。

様々な場所に、紙が捨てられている。

誰かが使っていたのだろうか、彼女はその中にある何枚かの紙を俺に差し出してきて……


「これ、ちょっと読んでみて」


渡されるが否や、恐る恐るめくってみる。

それは少女漫画のタッチで描かれた、漫画だった。

絵はすごく可愛くて、背景もしっかりかかれていて、どこで何が起こってるかわかりやすい。

しかもこのヒロインと主人公は、どことなく誰かに似ていて……


「これ、お前が書いた漫画か?」


「そ。他の人をモデルにキャラを考えてみたらって言ったの、覚えてる? 身近な人を参考にしてみたんだけど……誰かわかる?」


「んー……ヒロインはなんとなく……輝夜、か?」


「正解。ちなみに男の方は上杉だよ」


「え、これ俺? めっちゃイケメンじゃねぇか。俺よりモテそう」


「それ、自分で言うんだ? まあ確かにどっちかっていうと、君は残念な部類のイケメンだよね」


「結構いうな、おい……」


確かに言われてみれば、俺に見えなくもない。

自分がわりかしイケメンな方とは思っていたが、ここまでかっこよくかかれてしまうと少し恥ずかしい。

これが俗に言う、漫画タッチってやつなのか……


「別にモデルにする分にはいいが、なんで俺? 北斗とかの方が面白いんじゃね?」


「いやいや、君、結構漫画みたいなことばっかり起きてるよ? 読者モデルに嘘の告白されたり、かと思えばその子から協力されたり、好きな人がまさかの男だったり」


「あー……そう聞くとこの半年めっちゃ濃かったなぁ……」


「僕の学科はさ、グループに分かれて冊子を配るんだよ。それに載せるための漫画を描いてるとこなんだ」


もしかして、この散らばってる紙は全部書いた奴なのか?

パラパラめくっていっても、どの絵も綺麗だしみていて飽きない。

だが、話としては「ヒロインが主人公に恋して結ばれてゆく」という何とも簡単すぎるというか……俺でも考えられそうと言うか……


「もしかしてお前、ストーリー構成で悩んでる……のか?」


「本当、上杉って変なところで勘がいいよね。〆切近くて、結構ピンチでさ。上杉、悪いんだけど、手伝ってくれないかな? 少しだけでいいから」


彼女の瞳がお願い、と一心に俺へ訴えてくる。

そう言う目はどこか余裕がないようにみえ、どこか笑みがぎこちない。

やれやれ、世話が焼ける奴だな……


「仕方ねぇな。役に立てるかはあてにすんなよな」


そう言いながら、捨てられた紙を拾ってゆく。

俺の言葉が嬉しかったのか、微笑む彼女の顔は少しだけ安心したようにみえた。


(つづく!!)

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