29.その恋はルビー色に輝く

店内のBGMが、軽快に鳴り響く。

静かな雰囲気の中、俺ははあ~とあたりを見渡していた。


時刻は昼すぎの一時。

彼女に言われ、やってきたのは徒歩圏内の小さな喫茶店だった。

アンティークな家具で統一されており、店内も静かで会社員の人が多いようにみえる。

学生で来ているのは俺達くらいで、少し浮いているようにも感じてしまう。


こんな店が近くにあったとはなぁ……全然知らなかった。

お昼は大体売店のパンとかおにぎりだし、喫茶店なんて自分から行こうとすら思ったことないんだよな……


「こういうとこ、よく来るんですか?」


「五分五分ってとこかしらね。たまたま無料券が今日までだったのよ」


「無料券? って、もしかして……」


「あんたがちょろいって言った情報提供の報酬」


な、なるほど、それに俺は付き合わされたってことか……

まあ別に、これくらいなら安いもんだし。午後からの講義もないから、別に大したこと……


「……なんか全部たっけぇな。絶対ファミレスで食べた方が安いっすよ、絶対」


「雰囲気台無しにするようなこと言わないでくれる? ここのケーキすっっっごく美味しいって評判いいんだから!」


「……俺、あんまお腹空いてないんでブラックコーヒーだけで大丈夫です……」


「ったくだらしないわね。すみません、このパフェとブラックコーヒー一つお願いします。


しばらくしてきたコーヒーを口につけながら、彼女の顔色を窺ってしまう。

こうして二人きりになるのは、初めてゲームセンターで勝負した以来だろうか。

思えば彼女とは、会長のことしか話したことがない気がする。

つまり彼女だけに限らず、あいつらともこれからは共通の話題がないってことにもなるのか。


こういう時、何の話をするべきなのだろうか。

昴や北斗、男子のクラスメイトと話すのではない。

彼女は女子……なんだもんな……


「お待たせしました、スーパークレイジーましましストロベリーパフェでございます」


……なんだ? その長ったらしい名前は……

俺のコーヒーに遅れて、彼女が頼んだパフェが机に置かれる。

その瞬間広がってきた光景に、思わず


「え、でか」


と、声がこぼれる。

ものすごくボリュームがある生クリームに、これでもかと装飾されたいちご。

かかっているソースもいちごのようで、シリアルやブルーベリーなど、それはもう女子が好きそうなものオンパレードって感じのパフェだった。


女子ってのは、こんなものを一人で平らげてしまうのか? お、恐ろしいな……

ていうか、これを彼女が食べるのか? 

正直、お肉とかそう言うガッツリ系が好きなのかと思っていたが。

俺がそう思っていることなんて気づいてもいないのか、彼女は慣れたようにパフェを口に入れると……


「……ん、あっま!! なにこれ、すごくおいしいんだけど!!!」


彼女の顔が、別人のように明るくなる。

綺麗で、うれしいことがこっちまで伝わってくるような笑顔だった。

初めて見るその顔はどこか新鮮で、目を輝かせている先輩はまるで子供のようにも見えてー


「こんなの反則じゃない! クリームもふわふわしてて美味しいし、いちごとのマッチが絶妙だわ! ねえ、甘いの平気? ちょっと食べてみなさいよ!」


「えっ、いや、俺は別に……」


「ほら、早く口開けてっ」


言われるがまま、俺は口を開ける。

湯浅先輩は迷いもなく、自分の食べていたスプーンで自分のケーキを俺の口へ運ぶ。

途端に広がるケーキの甘さや美味しさよりも、今何が起こったかを整理するのがやっとで……


「ねっ、ほらおいしいで………」


満面の笑みだった彼女の表情がひきつる。

これって、いわゆる間接キスって奴……だよな……

俺が反応に困っていることで気が付いたのか、先輩の顔はどんどん赤くなっていって……


「ちっ、違う! これはあくまで、分かってやったことじゃないっていうか、甘いもの食べるとつい我を忘れちゃうっていうか……とにかく、なんでもないんだから!!」


「わ、分かってますって。ちょっとびっくりした、つーか……」


「あーもうっ! 信じらんないっ!! こういうのはちゃんとしたかったのに……」


「ちゃんとって?」


「なななななんでもないわよ!! いちいちひっかかるんじゃないわよっ! ばか!!!」


なぜか怒られてしまった……

彼女は不機嫌そうにぷいっと顔を逸らしながらも、パフェを頬張る。

その頬はまだ赤くなっているように見え、俺に目線を合わせようともしない。

やっぱこの人、北斗が言うようなイメージでは全然ないよな……


「あれ? 先輩のそのアクセ、可愛いですね。買ったやつっすか?」


顔を逸らしたことで、さっきまで気づかなかったことに目が向く。

よく見ると彼女の耳には、イヤリングがつけられていた。

五つの花びらがついた赤色の花で、下の方に石がチェーンで繋がれている。

彼女はなおも顔をそらしながら、そのイヤリングをそっと指で触れてみせた。


「あー、これ? 課題で作ったのよ。確か2年生の頃……だったかしら」


「へぇ……って作った!!? それを!?」


「いちいちそんな驚かないでよ。三星がつけてるイヤリングはわかる? あれがあたしの最初の作品」


そういえば友達からもらった、とは言っていたが……

アクセサリーを作る学科ってのは、本当にすげえなぁ。学校のうちで実際に作るとは。

普通に販売されてても、絶対きづかねぇわ……


「何? あんたも興味あるの? こういうアクセサリー」


「ま、まさか。でもすごいっすね、文化祭でも何かやるんすか?」


「展示用にジュエリー、販売用にアクセサリーを作る予定よ。あとは生徒会活動として、文化祭の見回りとか準備もしないとだけど」


な、なんつうか、同じ人間とは思えないほど、やってることが違う……

普通にアクセサリーを作るだけでもすげえのに、生徒会でそんなこともしないといけないのか。

やっぱ、この人ってすげぇんだなぁ……


「そ、そんなに言うんだったら? 見に来てくれてもいい、けど?」


「えっ、いいんすか? 俺、全然良さとかわかんないのに……」


「そう言う人に、これ付けたいって思わせるのが腕の見せ所でしょ」


「はぁぁ……やっぱ先輩、かっけぇっすね……」


「い、いちいちかっこいいとか言わないでよ!!! ま、まあ? 来てくれるって約束してくれるなら? あんたにだけ特別なアクセサリーを、作ってあげてもいい、けど……?」


上を見上げながら、くるくる髪先を指でいじる。

彼女の頬はほんのりと赤らんでおり、目を逸らしてはいるもののちら、ちらとこちらを見ている。

その様子がなんだかとても可愛らしくて……


「俺暇なんで、全然行きますよ」


「えっ、いいの!!?」


「もちろん。というか、こっちがいいのかって感じっすよ。本当に作ってくれるんすか?」


「あ、当たり前でしょ! ていうか、前々から思ってたけど、なんであんた敬語なのよ!!! 輝夜さんたちにはタメ語じゃない!」


「いや、敬語使うことにそんな怒らなくても……」


「いい!? 次会った時から敬語禁止だから! 今度敬語使ったらただじゃ済まさないわよ! わかったわねうえす………き、稀羅!」


怒っているのか、照れているのか。

吐き捨てるように言葉を告げた彼女は、一目散にその場を後にする。

初めて呼ばれた名前と彼女の言葉に、真意まではわからなかったが……心なしか体が熱いような……そんな気がした。


(つづく!!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る