27.ウォッカ ÷ オレンジジュース = キラ・ウエスギ
グラスに入った氷が、からんと音を立てる。
さされた指の方向を、何度も瞬きして確かめる。
女子は四人。
男は俺と、会長しかいない。
出来レースといってもいいものを選んだつもりだった。
会長が自分を選ばないと、そこまでは予想できた。
はずだった、のに……
「へぇ、こんなこともあるものね。誰もが認めるイケメン生徒会長が、こぉんな凡人に負けるなんて」
湯浅先輩が、髪を耳にかけながらふふんと笑う。
正直、全員が俺を選ぶなんてこと想像していなかった。
輝夜なんて喧嘩ばっかりだし、半年くらいしか一緒にいない。
会長と接点はないにしても、彼のかっこよさは目にわかるくらいのものだと思っていたが……
「ありす。あなた、どうして彼を? 小早川三星が男だってこと、知っていたのなら彼を選んでも不思議ではないと思うけど」
「知ってるからこそよ。この際だから教えてあげるわ。李音はね……これでもかってほど朝が弱いの!! 毎朝毎朝起こしてあげてるあたしが、どれだけ大変か!!」
「あ、ありす……それは言わないって約束じゃ……!」
「おまけに酒癖悪いわ、成績悪いわ、悪いとこしか見つかんない! かっこいいって思ってる女に見せてやりたいわ、こいつの本性をね!」
湯浅先輩が愚痴のように叫び出す。
あんなにテンションが高かった会長とは一変、ごめん……としおらしく謝ってみせた。
なんだか、今日は初めて見る会長の顔が多い気がする。
何でもできるって思ってたけど、やっぱり会長も同じ人間なんだな。
「にしても面白いね~このゲーム。千彩はなんだったら、自分が選ばれると思う?」
「この中で一番可愛いと思う人」
「その自信はどこから出てくるのかしら……」
「えーじゃあ僕は? 僕は何が一番っぽい?」
「灯織は一番ミステリアスそうな人、で決まりじゃないかしら?」
「そういう聡寧はこのメンツの中じゃ一番めんどくさそう、にぴったりだよね〜」
「私も灯織に同意」
「二人して私を何だと思ってるの?」
まるで漫才のように話す彼女達は、相変わらず仲がいい。
何で俺を選んだのか、理由が聞きたかったが今はやめておこう。
こいつらのことだ、どーせろくな理由が返ってこないにきまってる。
にしても、俺がかっこいい、か……
「上杉君、なんだか嬉しそうだね……」
「えっ!? そ、そんなことないですよ!?」
「君はいいよね、たくさんの人に囲まれていて……君を見ていると、羨ましいよ。私とは、大違い……」
「な、何言ってるんすか。そういう会長だって、色々な人に好かれまくってるじゃないっすか」
「それは小早川三星として、だろう? 直江李音として接してくれる人なんて、一人もいないんだ……ありすがいてくれなきゃ、僕はどうなっていたか……」
な、なんか雲行きが怪しいな。
恐る恐る会長の顔を覗き込もうと、そうっと近づいてみる。
すると会長はがしっと俺の手を握ってきて……
「誤解しないでほしいんだ上杉君。僕は女装趣味があるわけでも、やましい気持ちがあるわけでもない。仕方なく女装をしているんだ! ずっと騙していたことは謝る……だから僕を、友達として接してくれないだろうか!? じゃないと僕は、僕は……!」
心なしか、手が震えている気がする。
その震えのおかげで、彼の一人称が僕になっていることに気付けていた。
ずっと、不安だったのだろうか。
例えアイドルになるためとはいえ、女性として過ごしていたんだ。味方が多いわけがない。
かっこいい、みんなの憧れていた会長でも、悩んだり不安だったりするんだな……
「もちろん大歓迎っすよ。まあ、俺でよければですけど」
今からでも遅くない。
きっと、彼とはこれからもうまくやっていける。
今までと何も変わっちゃいない、俺が好きだったのは会長そのものだったのだからー
「ありがとう上杉君! せっかくの記念だ、酒を一杯飲みかわそう!」
「はい! いただきます!」
「あ、ちょっ! 李音ダメ! ただでさえ弱いのに、そんな強い酒飲んだら……!」
湯浅先輩の声が聞こえる。
口に入れた瞬間、苦いようななんともいえない味が広がる。
あれ、なんだこれ……頭がガンガンする……
思考回路がぐるぐる回る中、俺の意識は暗闇の中に消えた。
‰
「これでよし、っと……二人は車に乗せたわ。タクシー呼んであるから、あんた達も帰りなさい」
ありすが、バツが悪そうに言う。
タクシーの中、二人が気持ちよさそうに寝ているのを横目で見ながら彼女―輝夜聡寧はため息をついた。
来るつもりはなかった、飲み会。
彼とは隣にもなれなかったし、正面で話すことしかなかった。
こんな飲み会無駄足だったと、改めて思う。
すっかり日も落ちて暗い夜。普通なら、男である彼が送るはずだったのに……
「……迂闊だったわ、上杉にまで迷惑かけちゃうなんて」
「大丈夫じゃないですか? なんだかんだ上杉も楽しんでましたし。本当にお酒弱いんですね、会長って」
「ほんと、匂いだけすぐ酔って暴走するのどうにかならないかしら……」
「……あれは事故。しょうがない。上杉もわかってくれる」
「ま、荷がおりたんでしょーね。四年も女のフリしてたし……じゃ、あたしは二人を送って帰るから。あんた達も、気をつけて帰……」
「湯浅ありす。あなた、どういうつもり?」
ありすの言葉に、覆いかぶさるように彼女の声が重なる。
乗ろうとした体を止め、ありすはゆっくりと振り返る。
聡寧の瞳は、いつになくまっすぐ見つめていた。
まるで、怒っているかのように。
そんな彼女を予想していたかのように、ありすもその瞳を見つめ返すように向き合う。
「第一印象ゲームの質問、覚えてないとはいわせないわ。あなた、なぜ彼を選んだの? 例え直江李音を嫌に思っていたとしても、話したこともない彼を選ぶはずがない。あなた……彼と何をしたの?」
「別に? あたしがどーしようと関係ないじゃない。こいつが李音に相応しいかどうか、見極めただけ。輝夜さんこそ、やけに李音について知りたがっていたけど、その理由は? 少しでも彼の弱みを握って、上杉に諦めさせたかったから……とかじゃないの?」
彼女の言葉に、何も言い返せない自分がいる。
認めたくないと、ずっと目を逸らしてきた。
自分の気持ちを隠すように、彼に協力をすると嘘を言って。
本当はそんなこと、微塵も思っていないのに。
「自分のことを振った腹いせに、自分を好きにさせようと彼の矛先を変えようとした。李音が男だったこともあって、運よくその目標は見事に達成されたってわけ。よかったわね、おめでとう」
「……何が、言いたいの」
「あら、わからないの? そう思っている人間が、あんたの他にもいるってこと」
「………っ」
「モタモタしてると、とられちゃうわよ? 自分の味方のはずだった協力者……とかにね」
にやりとたくらむように、ありすが笑う。
その言葉を残して、彼女はタクシーに乗り込んだ。
一台の車がゆっくり発進する。遅れたように、もう一台のタクシーが彼女達のそばに止まって……
「上杉、一人しかいない。手を離しちゃうと、どこか行っちゃう」
「……千彩まで、何を言ってるの」
「私は手を離さない。離したくない。上杉と、一緒にいたいから」
こんなに千彩が話すのは、いつ以来だろうか。
芯のこもった言葉と、決意に満ちた表情が彼女の心を揺らす。
「聡寧、言ったよね。告白するつもりはないって。待ってるだけでいいの? 自分から何も行動しなくても、本当に振り向くと思ってる?」
車に乗り込もうとした灯織の目が、聡寧を向く。
その目を見ることができず、彼女は目線をそらす。
「聡寧がその気なら、僕は止めないよ。でも僕、もう君の肩を持つのはやめるね。だって僕も、上杉のこと好きだから」
またも聞き捨てならない声が、聞こえる。
ばっと顔を上げると、灯織も千彩も彼女をまっすぐ見つめていて……
「ごめんね、聡寧。こんなつもりじゃなかったんだけど……君がいつまでもなにもしないの見てたら、じれったくなっちゃった。でも、仕方ないよね。こうでもいわなきゃ、君はなにもしないでしょ?」
「灯織……あなた、本当に……」
「お互い、悔いのないようにしようね」
後部座席に、二人が乗る。
2台のタクシーはゆっくりと走っていった。
一人、聡寧を残して。
「……上杉君。あなたって人は……どこまで……」
つぶやく一言は誰に届くわけでもなく、暗闇の中へ消える。
星が満点に輝く中、彼女は一人空を見上げることしかできなかったー……
(つづく・・・)
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