24.ヒロイン、脱落。
右手に持った長い髪状のかつらを、机に置く。
両耳には星のイヤリングがされていて、きらきら輝いて見える。
髪型やその顔つきはさっきまでとはまるで違う、どこからどう見てもニュースでみた小早川李音そのものだった。
「しかし驚いたな。外すのを忘れていたとはいえ、まさか気づかれるなんて」
そういう会長の声は、海で聞いた時の声とまったく同じ。
これが本当の会長の声なのだと、あらためて痛感する。
明かしたからなのか、どこか口調も違っていて、柔らかかったものに男らしさが加わったような気がした。
「人のことを嗅ぎまわる人は、あまり好かれないと思うけど?」
「失礼ね。あなたに心配されるほどじゃないわ」
「でもびっくりしましたよ~まさか、会長が男だったなんて」
九十九が言うと、会長は困ったように笑う。
その笑みはやはり、いつもみてきた会長そのものだった。
「僕の実家が芸能事務所でね。外見がいいからって、父親からアイドルデビューを強制されてさ。本当、酷い話だよな」
「まあ……確かに会長かっこいい、っすから気持ちはわからなくもない、です……」
「君までそんなことをいうとは……正直僕は、芸能界に全然興味ないんだ。むしろアイドルごときにワーキャー言う女子たちの気持ちが、何が魅力で何がいいのかわからなかったんだ」
か、会長って、男になるとド直球に言うんだな……一応ここにいるこいつらも女子なんだが……
なんか、初めて彼の本音が聞けてるとはいえ、聞いていいものなのか分からないな……
「そんな僕に、親父から提案されたんだ。女装をしろ。女子の趣味趣向をより理解すれば、いずれ花開く時が来るはずだと……今思えば、無茶苦茶な話だけどな」
「な、なるほど……じゃあその声は……」
「このチョーカー、変声機になってるんだよ。宝石の部分がボタンになっていてね、ここを押せば……君達がよく知る、小早川三星の出来上がり」
おお、すげえ! 会長の声が変わった!!
つーことは、海で聞いたのは会長の素の声だったってことか……
きっと水で、変声機がおかしくなったのだろう。
つまり俺が触ったのも胸パッド的な奴で、本物の胸ではなくて……
【しかし見事だな、小早川殿! 見事なまでに女性を演じきってしまうとは! 実にあっぱれだや!】
「嘘をついていたことに変わりはない……騙すような真似をして、すまない。ありすから聞いていれば、話しておいてもよかったのだけど」
「親しいとは聞いていたけど、まさか彼女は知っていたの? あなたの事情のことは」
「始めたのは大学からだからな。中学の頃に、素の姿で会っているんだよ。元々勘が鋭い子だから隠しきれないと思って、事前に話しておいたんだ」
ようやく合点が言った気がする。
だから彼女は、関わるなと釘を刺したんだ。
男だと、知っていたから。
……なんだ、やっぱりいい人じゃん。あいつ。
「こんなこと、言うのはあれだけど……もう少し、みんなには黙っておいてくれないか。小早川三星として、まだやることがあるんだ」
「もちろん、いうつもりないっすよ。正体不明のアイドル、ってヒーローみたいでかっこいいじゃないっすか」
「……許して、くれるのかい?」
「会長は、困っている人を助けたり、いつも優しく声をかけてくれた。たとえ会長が男だとわかっても、あの優しさや強さは会長そのものだって思うんです。どんな姿でも、会長は会長。何にも変わりません。だから俺は、あなたが男であることを受け入れます。きっとみんなも、受け入れてくれますよ」
会長が男。
その答えにたどり着くのに、時間はかかった。
輝夜が渡してくれた写真や、今まで感じていた違和感が合致してようやくたどり着いた答え。
それでも、ショックを受けていない。
本当のことを知れて、今はすごく安心している。
知るのが怖かった、隣にいていいのか不安だった。
それはたぶん、憧れの先まで俺自身がえがいてなかったからなんだな……
「……そう、それがあなたの答えなのね。上杉君」
輝夜の声がする。
そういえばこいつらとはこれで終わり、になってしまうのだろうか。
会長とくっつくことが目的だった協力関係。
これで終わりにするには少し寂しいような、やっと解放されてうれしいような……なぜか複雑だ。
とはいえこいつらのおかげで、自分の気持ちがわかったんだ。お礼は言わねぇとな。
「つーわけだ、三人とも。悪いけど、これで俺達の関係は……」
「解消、な~んて言わないよね?」
すると九十九が、すっとポケットから何かをくすねる。
それが携帯だとわかった時には遅く、慣れた手つきで捜査を進めていき……
「連絡先、交換するの忘れてたと思ってさ。最近ネタに行き詰ってるんだよねぇ〜てわけで、少しくらい手伝ってよ」
「は?」
【そうだぞ、上杉! 吾輩と契りを結んだではないか! 吾輩の国から逃げようだなんて、そんなこと絶対にさせんぞよ!】
「は??」
「困ったときは、助け合う。あなたがそう言ったのよ。あなたにはもう少し、付き合ってもらおうかしら」
「は???」
腕を組む輝夜、意地悪そうにほくそ笑む九十九、そして不満そうにほっぺを膨らます野神。
三人の女性の目が、俺に向く。
みんながみんな、断らないよねと言わんばかりの圧を感じる。
これは……もしかして、もしかする……のか?
「君も、大変だね」
会長の笑う声がする。
どうやら俺とこいつらの関係は、まだ終わりそうにないらしい……
(つづく!!!)
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