22.魚の目に水見えず
その日は、やけに浮ついていた。
後期の講義が始まるというのに、どこかみんなうれしいことがあったようにはしゃいでいる。
そんなこと関係ない、とばかりに俺の頭は彼女の言葉でいっぱいだった。
俺の好きが本当かどうか。それ次第で、協力をやめると輝夜は言っていた。
その言葉の真意は、今でもよくわからない。
だが、あの時と今では何かが違う。
きっとそれは、彼女達に出会ってたくさんのことを経験し、気持ちの整理をつけたから。
かといってこの答えが正しいのか、自分にはよくわからないがー……
「稀羅……大変なことが起こったぞ……」
聞き慣れた声がして、げっと思ってしまう。
顔を上げるとそこにいたのは、案の定北斗だ。
ゆらゆらとやってくる彼の体はわなわな震えていて、何かあったことがすぐにわかる。
やれやれ、めんどくさい奴に見つかったな……
「なんだ北斗、また女の子にでも振られたのか? 悪いが慰める暇はねぇぞ」
「そんなくだらないことではない。聞いて驚くな、オレ達の青春が脅かされそうになっているんだぞ」
「はぁ?」
「どうやら何も知らないようだな。こいつをみろ」
言うが否や、北斗が自分の携帯を差し出す。
よく見るとそれは、今朝見ていたニュースに映っていたあのイケメン王者の人だった。
「あー、ニュースでやってたやつじゃん。直江李音だっけか。こいつがどーかしたのか?」
「オレの調査によればこの男が、杓璃大学芸能音楽コース、アイドル専攻に通う生徒だということが判明した」
「ふうん……え? ここ!? ってことはみんなが話してるのって……」
「無論、こいつの話題だろうな。今朝からSNSも、校内の女子全員もそのことしか話していないというのに……呑気な奴だな」
言われてみれば、基本的に浮ついてんのは女子だったような……
「わかるか、稀羅。このままではこの男にオレの人気がかっさらわれてしまう! 今すぐに芸能音楽学科に行って確かめるぞ。この男を完膚なきまでつぶさねば、オレの青春が訪れない……!」
「いや、その人をどーかしたところでお前に青春が訪れるとこはねぇから」
俺が言っても、北斗は話を聞くつもりはないといわんばかりにわなわな震えている。
しかしまあ驚きだ。こんなにも早く有名人が出るとは。
一年の時は卒業した後にデビューしたり、その人がここ出身と知ることが少なくはなかったが……
在学時にデビューすることもあるんだなあ。まさにエリート、ってとこか……
「奴の情報を手に入れ、オレが奴よりもかっこよく魅力があると知らしめる。ちなみに昴にも、知り合いがいるという芸能科に連絡をしてもらっている」
「お前なぁ……昴が女子受けいいからってあいつを巻き込むなよ」
「稀羅も芸能音楽学科に知り合いはいないのか? 些細な情報で構わないぞ」
知り合い、ねえ。
いたとしても、こいつのために聞くのはなんだか癪に障るんだよなぁ……
あーあ。北斗を見てるとこんなに悩んでいる自分が馬鹿らしくなる。
俺もこいつみたいになれたらなぁ……
「北斗、お待たせ。あれ、稀羅もいたんだ。お疲れ」
「昴~お人よしが過ぎるぞ~? こんな奴に耳を貸すなよ」
「おいこんな奴となんだ、こんな奴とは」
「あ、あはは……ニュースになってた人のこと、だけどさ。知り合いに聞いたんだけど……芸能科にそんな人はいないって……」
「「は???」」
俺と北斗の声が、重なる。
そんなことが、あるのだろうか。
ありえないとばかりに北斗はすぐに携帯で検索をする。
そこには、彼のホームページとともに色々な情報が開示されていた。
「そんなはずはない。現にここに書いてあるぞ、杓璃大学と。同じ大学が県外にあるとでも?」
「それは分からないけど……この人が誰で、何者なのか。あっちじゃ逆に騒ぎになってるみたい」
「……誰も知らない、アイドル……」
「それでなんだけど。稀羅、会長も芸能学科だったよな? 何か聞いたことあるか?」
北斗と昴の視線が、向く。
小早川三星。俺がずっと、ずっと好きだった人。
俺はあの人をずっと見てきた。
輝夜が言っていた、本性がわかったと。
直江李音。初めてみるはずの、知らないの男。
それなのに横顔も声も、そして笑い方もどこかで見たことが、会ったことがある。
名前も存在も、誰一人知られていない。
まさかー……いや、そうだとしたらー……
と同時に携帯が振動し、一通のメールが届く。
宛名は輝夜からで、中にはメッセージと写真だけが送られてきて……
「そうか……そうだったんだな………」
「稀羅?」
「悪い北斗、昴。俺、行かなきゃ……」
「おい、稀羅。どこに……」
声をかける北斗の声も、俺の耳には届かない。
『真実は生徒会室に』
その文と一緒に添付されていたのは、会長がしていた星のアクセサリー。
それを耳にはめた、「直江李音」の姿だったー
(つづく!!!)
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