兆し -truth-
21.嵐の前の静けさ
バイブの振動が、ベットを揺らす。
重い体をおこしながら、携帯のアラームを止める。
あんなに楽しくバタバタしていた夏休みも終わり、9月も中頃。ようやく後期が始まろうとしている。
なん、つーか……色々あったなぁ。
あれから俺は本当に会長に会いに行かなかったし、輝夜達とも連絡さえとっていない。
だから湯浅先輩とのことも、なーんも言ってないんだが……
どーせ今日にでも、毎回のごとく捕まるんだろうけど……気まずいったらねぇよなぁ。
ため息をつきながら、階段をあくび混じりで降りてゆく。
「稀羅ぁ~聞いてくれよ~母さんがひどいんだ~」
リビングに入るが否や、半泣き状態の父さんがスーツの上着を羽織りながら言う。
また何かあったのかと若干嫌気がさしつつ、台所に目線を配る。
そこにはいつも通り、母さんが朝食の準備をしていただけだった。
「あら稀羅、おはよ~。あのねっ、今年のイケメン王者がきまったんですって! さっきお母さんみたんだけど、それがまあかっこよくて! 今からまた言うと思うから、早く座って座って!」
朝ご飯を運びながら、母さんがにこやかに笑う。
早く早くと椅子までひいてくれるものだから、仕方なくその席に腰掛けた。
「母さんが朝からずっとこうなんだ……酷いと思わないか? 稀羅。パパというものがありながら……」
「何言ってるのよぉ、世界で一番イケメンなのはパパに決まってるじゃなぁい❤︎」
「ほ、ほんとかい!?」
「もっちろん、パパは殿堂入りのかっこよさよ❤︎」
「ああ、なんて愛おしい……! 愛しているよ、マイハニー!」
「やだパパったらぁ❤︎」
あーあ、また始まったよ。
正直、これが日常茶飯事として馴染んでしまっていることが恐ろしい。
他人から見たら仲がいい夫婦、で片付けられる俺の両親はとんでもないほどのバカップルだ。
結婚記念日は毎年のようにデートに行くし、誕生日も息子すらもほっぽりだして帰ってこないほどだ。
とはいえ自分も同様に大事にされており、なんでもない日を初めて歩いた記念日とか、初めて友達を連れた日とかでこれでもかというほどプレゼントをもらうが。
父さんとあーだこーだやるのは別にいい。
ただ、同じ感覚で年頃の息子にキスやらハグやらを迫ってくることだけは流石にやめてほしい……
『この後、はえあるイケメン王者に輝いた直江さんが生出演します! お見逃しなく!!』
あ、これか。母さんが言ってたやつは。
毎年やってるのだろうが、興味がない俺には全く記憶にない。
そもそもどういう判断基準で、どういう選ばれ方をしているのかも謎だ。
ミーハーな母さんは、こういう話題には敏感で、パパの息子だから負けてない、とかで幼い頃はこれに出されそうにもなったような……
『さあ、こちらにいますのが直江李音(なおえ りおん)さんです! おめでとうございます!』
『はじめまして、直江李音と申します。こんな賞をいただけて本当に光栄です。ありがとうございます』
端正な顔立ち、すらりと伸びた手足、整えられた茶髪。
その声を聞いた瞬間、何かがざわついた。
初めて聞く名前、初めてみるはずの知らない人。
なのに、既視感だけが募ってゆく。
根拠はない。だが、俺はこの声を知っている気がする……
「稀羅〜バイブが鳴ってるわよ〜アラーム止めてないんじゃない?」
母の声に、ようやく我に返る。
ぱっと自分の携帯をみると、アラームではなく電話の着信だった。
着信主は、輝夜だった。
あいつから来るなんて、もはや初めて……に近いんじゃないだろうか。
どうにか心を落ち着かせながら、ゆっくりと通話ボタンを押す。
「も、もしもし?」
『上杉君、聞きたいことがあるの。今からメールで写真を送るわ。この耳飾り、見覚えがある?』
俺の言葉なんて求めてないとばかりに、淡々と話す。
何だろうと思い、電話をつなげながら自分のメールを確認する。
そこに添付されていたのは、星型のイヤリングだった。
綺麗に作られた、黄色のもの。
これは……確か会長が夏祭りの時にしていたのと、同じ……
「……これ、なら会長がやっているのをみたことがある、けど……」
『…………やっぱり……』
そうつぶやく輝夜の声は、俺の答えがわかっていたかのように聞こえる。
続きを聞きたくても、既視感とうまく言葉が出てこない。
沈黙がしばらく続く中、ようやく輝夜の声が聞こえた。
『上杉君。あなたは、小早川三星が好き?』
その言葉にまた、どきりとする。
彼女の言葉に惑わされ、湯浅先輩に確信をつかれて、彼女に会わなくなって。
この気持ちがなんなのか、たくさん考えてきた。
何度も、何度も。
その中で、もしかしたらそうなんじゃないかと腑に落ちた答えがある。
それに、今抱いているこの既視感。
考えれば考えるほど、辻褄があっていく気がする。
もしかしたら、あの人はー……
『もし本当に好きだというのなら、私はこれ以上あなたの協力はできない。わかったの、彼女の本性が』
「……輝夜」
『午後十二時、もう一度連絡する。あなたにその覚悟があるなら、自分の目で確かめてほしい。もうすでにわかってるはずよ、あなた自身も』
そういうと、彼女は素早く通話を切ってしまう。
切られた後も、しばらく俺はその音が耳に残ったままだった……
(つづく・・・)
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