20.Majiでオチちゃう0秒前

静かな静寂の中、がたん、がたんと音が鳴る。

ゆっくりと上がっていく感覚は久しぶりすぎて、なかなかに慣れないものがある。

だんだんと露わになってくる空は赤く、綺麗に澄んでいて……


「結構景色みえるのね。大学はあの辺りかしら、割と綺麗じゃない」


彼女―湯浅先輩が、窓を眺めみながら言う。

俺、上杉稀羅は現在、ゴンドラの中にいた。


ここのショッピングモールには、上の階に子供用に併設された目玉の観覧車がある。

正直小さい子供をつれた親子しか、乗ってはいけない乗り物のような気もするが……彼女がここを指定するものだから断ることもできず。

ちょうど夕日が見える時間帯のせいか、観覧車越しに見える景色が趣深く感じられる。

正直今の俺には、景色どころではなかったが。


「そ、それで先輩、試すってのは……」


「第一問、三星の学科は?」


俺の言葉に、耳を傾けようともしない。

外に目を向けているように見えるも、彼女はじろりとこちらを睨んだかのように見えた。


「えっ、と、芸能音楽学科、です」


「正解。三星の好きな食べ物は?」


「あー……洋食?」


「……間違ってはないけど、ざっくりね。じゃあ、誕生日は?」


「………え?」


「誕生日がいつかって聞いてるの。好きな人のくらい、分かって当然よね?」


そういうものなのか、なんて思いながら一生懸命思考を巡らす。

会長の誕生日……意識したこともなかった。

好きな人のぐらい覚えていて当然、なんて言われても俺にはその知識がなくて……


「………すみません、わかりません」


「やっぱり、そんなことだろうと思ったわ。あんた、本当にあの子が好きなの?」


うぐっ……こ、心が痛い……

輝夜にも同じようなことを言われた手前、何も言い返せねぇ……


「はっきり言わせてもらうけど、あの子がいいって子は嫌というほどたくさんいるの。友人や仲間として好きな人。憧れや尊敬として好きな人……色んな人がいたわ。誰かと一緒にいるのは嫌、自分のものにしたい、誰に何を言われてもしつこい人だって……それに比べて第三者に言われて動くようなあんたの思いは中途半端。わかるでしょ?」


彼女の言葉一つ一つが、まるで針のように突き刺してくる。

会長の周りには、たくさんの人がいた。

そりゃあんなに優しく、人望も厚い人だ。親しまれるのも無理はない。


そんな会長に俺は、近づくことも話しかけることもしなかった。

言われても仕方ない、ってことだな……


「……でも、正直驚いたわ。あの子に直接じゃなくて、あたしに聞いてくるなんて。他の人達は怖がって近づこうともしないのに」


彼女が言っているのは、おそらく輝夜達のことだろうか。

生徒会につてがある、最初はそう言っていた。

それがまさか、誰しも怖がる風紀委員長だとはさすがに予想できない。

ほんと、いろんな意味で肝が据わってるよな……輝夜達って。


「先輩と会長ってどういう関係、なんですか?」


「三星とは中学が同じなの。どこで仕入れたのかは知らないけど、あの輝夜さんが頼みに来たのは意外だったわ。ま、言いに来たのは九十九さんだったけど」


「なんかすみません……俺のせいで……でもよく協力してくれましたね?」


俺が聞くと、彼女はうぐっと顔をこわばらせる。

何か聞いちゃいけないことだったか、と後から後悔する。

何を言われるか正直びくびくしていたが、彼女が言葉にしたのは意外な一言だった。


「………たのよ」


「え? なんすか?」


「だからっ、欲しかったのよ!! 協力したら、カフェの無料券くれるって言ったから!!」


カッと目を吊り上げながら、その声がゴンドラ内に響き渡る。

怒っているように見えた彼女の頬は、心なしかかなり赤くなっていて……


「……っぷ、ははは! 先輩、それはさすがにチョロすぎ……ははっ」


「わ、笑わないでよ!! 九十九さん、すごい交渉術だったんだから!!」


「確かにあいつならやりかねませんけど、それで釣られる先輩もどうかと……」


「いっ、言わないでよ! 自分が一番わかってるんだから!」


思い切り笑ってしまったことに、もはや後悔もない。

やはり彼女も普通の女の子と同じだ。

人並みに照れたりもするし、笑ったりもする。

みんな、外からの彼女しか知ろうとしないだけなんだ。


「先輩って、思ったより親しみやすい人だったんすね。なんつーか、そっちの方がいいです」


思ったことを素直に言ったつもりだった。

ぎょっとしたように、彼女の顔がこちらをむく。

初めてちゃんと目があった気がする。

薔薇のように真っ赤な瞳は、とても綺麗にみえて……


「な、ななな何よ急に! 何が言いたいのよ!?」


「ほら、めっちゃ怖いって言われてるじゃないっすか? 話してみると全然そうじゃないっていうか……ちゃんと笑ったり、照れたりするんだなって」


「ばばばバカじゃないの!? そんなの、当たり前でしょ!?」


「それもそうっすね、すんません。でも、正直勿体無いっすよ。そういう顔、もっと外でも出せばいいのに」


人は誰しも、外見からのイメージで見てしまいがちだ。

それを今日一日、痛いほど思い知らされた。


無邪気に楽しんだり、悔しんだり、笑ったり。

俺のために色々教えてくれて、聞いてくれた人なんだ。ただの怖い人、なわけないよな。


「……勝負は俺の負け。ですよね。約束通り、夏休みが終わるまで会長には会わないことにします。色々ありがとうございました」


「は、はぁ? 随分と潔いのね? 好きじゃないって認めたってことかしら」


「それはまだわかんないっすけど……もう少し、自分で考えてみます」


そう言いながら、じゃっと観覧車を後にする。

夕陽が、眩しい。

空を仰ぎながら俺は一人、ゲームセンターを後にしたのだった。






がたん、がたんと音が鳴り響く。

彼女の向かいの席は空き、静かな空間や時間が広がっている。

さっきまでいた彼はすぐに降りてしまい、自分を思ってか先に行ってしまった。

おそらく、他人に誤解されないように。


「なによ……なんなのよ、あいつ……そっちの方がいいとか、なんで、あんな……っ!」


本来なら自分も降りるつもりだった。

この顔が他人に見られたくなくて、収まる気もしなくて、ついそのまま居座ってしまったのだ。


体全体が、お湯に浸かっているかのように熱い。

あんな単純な褒め言葉で、こんな感情を抱くのは初めてだ。

今までみな、自分を怖いと言って避けてきた。

彼が、まっすぐ自分をみていたから。一人の女の子として見てくれたから……


同時に、携帯の音が鳴る。

着信主は、彼女がよく知る人物だった。

顔を埋めたまま、ゆっくりと耳へ運ぶ。


「……何? ちょうど別れたところだけど……別にいじめてなんかないわ、むしろあたしがされ……な、なんでもないわよ! バカ!! ってそんなことより、結果はどうだったの?」


電話越しの声が、上擦っているように聞こえる。

わかりやすく興奮しているようだった。

本当は、愚痴の一つや二つこぼしてしまいたかったけど。

珍しくご機嫌な声を聞いてると、彼女も嬉しくなってしまう。

だから、明るくしようと徹した。帰ったら、お祝いしないとね、と。

通話が終わるが否や、彼女は糸が切れたようにはあっとため息をついてー……


「……上杉稀羅……もし……もしあいつが、この真実を知ったら…………って! 何考えてるのよ、あたしはああああ!」


静かな観覧車の中、くしゃくしゃと髪をかきまわす。

こだまするその言葉は彼に届くこともなく、彼女の頬は高揚するばかりだったー……


(つづく!!!)

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