15.思いと笑みを、帽子に覆って
「ごきげんよう、お嬢様方。私伊達北斗と申します、もしよければお時間を……」
「えぇ、何この人。きもちわるぅい! あっちいこ〜」
どこかで悲鳴じみた声が聞こえる。
ああ、また懲りずにやってるな、あいつ。
なんてことを思っていると同時に、「お待たせしました〜」と店員さんが笑いかけてくれる。
彼のことを眺め見ながらも、俺はどーもと店員から飲み物を受け取った。
海に来て、小一時間が経った頃。
俺は今、海の家に避難している。
つった足もようやく感覚が戻ってきたようで、頼まれた飲み物を買っているのだが。
正直、起こったことに関してはいまだよくわかっていない。
あれから会長の姿はめっきり見なくなったし……
まあ、考えてもしょーがないか。
問題はこのことを、九十九達に話すべきなのか……
「九十九~お待たせ。炭酸でよかったよ……な……」
飲み物を二人分運びながら、ふと足を止める。
先に椅子で待っていると言った彼女の机の上には、スケッチブックが広げられていた。
何も躊躇なく、真っ白なキャンバスにすらすらと鉛筆でものが描かれてゆく。
だんだんと形になってゆくそれは、海で口説きまくっているどこかの誰かさんにそっくりで……
「……それ、北斗……?」
「おっと、いたんだ。盗み見とは、関心しないぞ?」
俺の存在に気づいた彼女は、すぐにキャンバスを隠してしまう。
それでも微かに見える絵のうまさは、一眼見ただけで誰かわかるくらい上手だった。
「いやぁ、つい筆が進んじゃって。あんな絵に描くような残念なイケメン、本当にいるんだね。なかなかいないよ? 漫画にいたら、絶対うけるね」
「そうかぁ?」
「変わった人だからこそ、愛着が持てる……漫画には、そういうキャラはうってつけなんだよ」
確かに変人度で言ったら、あいつみたいなキャラが漫画とかにいてもおかしくはないかもしれんが……
正直一緒にいる俺としては、あんなキャラいても好きにはならねぇと思うが……
にしても漫画、か……
「九十九って絵描くのもうまいんだな〜北斗にはみえねーくらい美化されてるし。九十九ってなんでもできそーだし、いっそのこと自分で漫画とかもいけるんじゃね!?」
「…………それ、本気で言ってる?」
俺が最後まで言おうとする前に、彼女が遮る。
どういう意味かと問いただそうとするも、彼女の顔はどこか暗く、とても悲しそうに見えて……
この顔を見るのは、初めてではない。
確かあれは、サークル視察の時ー……
「みんな、そう言うんだよね。なんでもできる、いつも完璧だって。確かに一通り出来はするけど、ただ器用なだけ。なんでもできる人間なんて、存在するのは漫画やアニメの世界だけだよ」
「……九十九?」
「なんで僕が、海に行くことを聡寧が知ってたと思う? 毎年来てるからだよ、ネタを探しにね」
「ネタってなんの……」
「僕、芸術デザイン総合学科の創作コースなんだよ。漫画家やイラストレーターを目指す人が多いとこ」
そういうと彼女は隠していたキャンパスを、俺にそっと渡してくる。
見てもいいのかと躊躇しながらも受け取ると、中には色々なスケッチが書いてあった。
漫画コース、とだけあって、かっこいいイケメンやかわいい美少女がたくさん書かれている。
段々とめくっていくうちに、見慣れた名前とキャラクターがいて……
「これって、野神が持ってるラビット将軍……? オマツリジャーににゃこ姫……どれもあいつが演じてた設定だ……まさかあいつが言ってた、作ってくれた設定って……」
「お察しの通り、彼女が演じているのは僕が考えた設定だよ。なんもひねりもない、安直なネーミングばかりでごめんね」
やっと合点がいった。
だから野神は、演じることしかできないといっていたのか。
心のどこかで、思っていた。
スポーツに武道。なんでもできていた彼女は、同じ人間とは思えないくらいすごい。
なのに自慢しようと一切しない。
そんな彼女が、どうも引っかかっていたがー
「僕さ、漫画家志望なのにストーリーとか、肝心な才能がないんだよ。設定とか全然。今日の君や友達を見て、何か書けないかなーとかって思ったんだけど……」
九十九の笑顔が、いつにもまして暗く辛そうに見える。
そんな彼女の姿に、どうしようもなく心が締め付けられた俺はー……
「ストーリーな~確かに難しそうだよなあ。俺だったら絶対無理だわ」
彼女はぱっとこちらを振り向く。
その表情はどこかびっくりしたような、信じられないような顔で……
「君……何も思わないの? ……何言ってんだこいつ、とか……嘘つくな、とか……」
「俺をなんだと思ってんだよ。むしろ合点がいったぜ。お前、時々無理して笑ってるから」
「………え……」
「才能があるとかないとか決めつけるには早いんじゃねぇか? 好きなことやってんなら、別にいいじゃん」
淡々と話せるのは、本心からそう思っている意味はない予定をもらうからだろうか。
こいつらはみんなそうだ。苦しく、辛いはずなのにそれを顔に出さない。
しかも、こんな俺に付き合ってさえくれている。
俺だけよくしてもらうなんてこと、あっていいわけないよな。
「どーせだしさ、実際にいる奴をモデルに物語を展開していったらいいんじゃね? あいつとか面白そうだし。なんなら輝夜とか野神とか、いかにも漫画にいそうじゃん」
自分でいいながら、彼女たちが漫画の世界に行ったらどうなるかを想像すると笑ってしまう。
野神が言っていた設定を考えた彼女は、まんまな名前でもちゃんとあることだけはわかる。
だからこそその設定や、夢を諦めるのはもったいない気がして……
「まあそういうわけだから、さ……九十九、あんまり抱えすぎんなよ」
そう言うと俺は、じゃあと一言言いながら走り出す。
結局俺はあったことを九十九に話すことも、会長と会うこともなく、嵐のような一日はこうして幕を閉じたのだったー……
‰
『もしもし、灯織? 今帰ってるところなんだけど、そっちはもう終わったの?』
声が、する。
仕事が終わってすぐなのだろうか、彼女の周りから色々な声が聞こえてくる。
かけたのは自分なのに、相手が聡寧だということを忘れてしまいそうなくらい頭が回らない。
そんな自分に気づいてないようにと飲み物をかき混ぜながら、ん〜と曖昧な返事をしてみせた。
「終わった、って言っていいのかな? 上杉が溺れてる子を助けて、足つっちゃったんだけど、それを会長が助けてくれたんだよ。いやぁ、かっこよかったなぁ。まあ今じゃ姿見えなくなっちゃったけど」
『はぁ? なによそれ………なんで教えてくれないのよ』
「教えても仕事中でしょ。なに? もしかして、助けてあげるとこ、みたかった?」
からかうようにいう彼女の問いに、聡寧は答えない。
いつものことだ。自分の都合が悪くなると、黙るか顔を逸らす。
上杉稀羅は小早川三星が好き。
彼の手伝いと称して、彼女は近づくことに成功した。
あわよくば自分のよさを、認めてもらうために。
そんな親友を厄介に思いつつも、辛いながらも想い続ける一途さを羨ましく思っていた。
思っていた……のに……
「ねえ聡寧、本当にこのままでいいの? 何もしないままで。やっぱりもう一度告白したりしない?」
『……嫌よ。私からは彼になんて、二度と告白なんてしない。きめたの、私を好きって言わせてみせるって……そのためにも小早川三星の尻尾を掴んでみせる。だから、頼りにしてるわよ。灯織』
そう言う彼女の声は、まっすぐで強い。
言い切ってしまう彼女の存在はどこか頼もしくて、同い年なのにとても遠い存在のように見えて。
やっぱ強いな、聡寧は。
わかっていたことながらも、その姿勢に痛いほど痛感する。
深いため息をつく彼女の視線は、口説き続ける北斗を止めにいった稀羅に向いていてー……
「……あーあー、こんな漫画みたいな展開、自分にはないって思ってたんだけどなー……頼りにしてる、かぁ……聡寧……上杉が好きな人が他にもいるって知ったら……怒るのかな……?」
小さくか細いその声は、波の音でかき消える。
彼女ー灯織は、想いを押し殺すように帽子を深く被り直したのだったー……
(つづく・・・)
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