14.その笑みは、雲を掴むように

じりじりと、日差しが照りつけてくる。

打ち寄せる波の音が、ここまで聞こえてくる。

眩しい、なんて思いながら太陽にてをかざしてみせる。


「やはりだ……きてよかった……」


真っ青な海、真っ青な空。辺りは水着の男女が、きゃーきゃーいいながら楽しんでいる。

そんな中、この場所に合わない一張羅のスーツに、きれいにワックスで決められた髪型をした男性が、一人。


「そこのお嬢さん、ご一緒にかき氷でもいかがですか?」


少し離れた場所にいる女子グループに、物怖じせず突っ込んで行く。

どんなに貶されてもめげない彼は、次から次へと声をかけて行っていた。


「………毎度よくやるな、あいつは」


ただいま夏休み真っ最中である俺、上杉稀羅。

会長がいるという大学近くの海にきている。

本来なら調査として、九十九と俺だけで行く……はずだったんだが……


「一緒に行く人がいるっていうから、誰かと思ってたけど……あの人、君とよくいる人だよね?」


「まあ……一応な。悪いな、九十九。悪い奴じゃあねぇんだが」


「びっくりしたよ、初対面でいきなり口説かれるんだもん。君も、変わった人と友達なんだね」


彼の振る舞いをみながらも、俺はぱあっとため息をつく。

なぜあいつに、このことを話してしまったんだろうと後悔する。

こういうところに行かないわけがない奴は、思った以上に食いついてきた。

まあ、俺がいてもいなくてもあいつは変わらず彼女を探しまくるんだろうが……

正直止める気にもならない。

右にも女子、左にも女子、しかも水着という目のやりどころに困るものしかないのだ。居心地が悪いの何の……


「そーだ上杉、みてよこれ。じゃーん、ハイネック水着〜どう? 可愛いでしょ?」


おまけに隣も隣で、躊躇なく水着を俺に見せてくる。

黒色の水着を着ている彼女は、下だけスカートのようになっており、露出が少なめだった。

それでも広がり続ける見慣れない光景に、どうしようもなく目を逸らしてしまい……


「あー、今変なこと考えたでしょ? エッチ~」


「んなことねぇっつの! てか、いちいちみせなくていいから!」


「このパレオ、可愛いよね~聡寧が選んでくれたんだけど、こういうのあんまり着ないから新鮮だよ

~」


「誰も聞いてねぇっつの」


「ちょっと僕、そこまで行ってくるね〜」


麦わら帽子をかぶりながらも、海の水をぱしゃぱしゃ触れてゆく。

つめたぁいと言いながらもどこか楽しそうで、彼女なりにはしゃいでいることがわかった。

しっかしあれだ、本当にここに会長がくるのかぁ?


しかも一緒にいる相手は、あの九十九だ。

輝夜といることが多いせいか、絡むことが多いはずなのに彼女に対して何も知らない。

さて、どーしたもんか……


「ね、上杉も来なよっ。気持ちいいよ、海」


にこやかに笑う彼女に仕方なく立ち上がる。

と、その時だった。


「はぁ……思ったより人が多くて大変だったね。途中から女の子ばかりになっていった気がするけど……」


「気がするも何も、ほとんどが三星目的でしょ。あんたって人が良すぎ。お客さんが多いからって海の家も手伝うとか、夏休みにすることじゃないわよ」


「ごめん、ありす。あとでかき氷奢るから」


聞き覚えのある声に、思い切り振り返ってみる。

そこにいたのは紛れもなく会長だったのだ!


しかも、隣にはあの湯浅先輩もいやがる!!

や、やべぇ! 本当にいた!!!


「つつつ九十九!! 会長! 会長がそこに!!」


「え? あ、ほんとだ。せっかくの海なのに私服なんだね〜おーーい、かいちょ~」


そういうと何故か彼女は俺の腕を掴み、引っ付きながら声をかけようとする。

つまり……俺の腕には彼女の胸が触れられて……


「おおおい! な、何してんだよ!」


「この程度で照れるなんて、君もやっぱり男の子だねぇ〜?」


「か、からかうなよ!! ていうか声かけるな!! 気づかれるだろーが!!」


「あははっ。いいじゃん、減るもんじゃないし」


こいつ……まるで羞恥心ないな……

間一髪、会長には気づかれてはないようだ。

女子ってのは大体こんな感じなのかぁ?

さすがにこのまま絡み続けるのは、俺の理性がまずい!!


「九十九!! もう頼むから、これ着てろ!!」


耐えられなくなった俺は、自分が着ていた黒色の上着を押し付ける。

なぜか彼女はきょとんとしており、着る間あえて目線をそらした。


「え……いいの? 借りちゃって」


「別にいいって、減るもんじゃねーし。早く着ろ」


「……僕、正直人生で彼シャツ経験できるなんて思ってなかったんだけど……」


聞き慣れない言葉が聞こえて、ん? と首を傾げる。

そんな俺に気づいてないように、彼女はどこか嬉しそうに袖を通す。

なんでそんなに笑ってるのか、俺にはよくわからねぇが……


「誰かっ! あの子を助けてっ!! あの子、波に流されて……気がついたらあんなとこに……」


すると、悲鳴に近い声が聞こえる。

目をこしらえてみると、そこには浮き輪を持った男の子が泣いているのがみえた。

心なしか、どんどん遠くなっていくのがわかり……


「九十九、ここで待ってろ」


「えっ、ちょっ、上杉?」


その九十九の声と同時に、俺は走っていた。

一目散に海に飛び込み、クロールでその子の元へ泳いでいく。

こういう時、自分が泳げて助かった。なんて、呑気にも思ってしまう……


「おい! 大丈夫か、坊主!」


「ひっく、おにい、ちゃん………」


「待ってろ、今陸に……」


陸に戻ろうと泳ごうとする途端、つんとしたよつな痛みが足に走る。

まさか、このタイミングでなることがあるだろうか。


ま、まずい………足が、つった……!

このままじゃまずい。この子だけでも助けてやらねぇと……!


「しっかり!! 私に捕まって!」


声が、聞こえる。

男らしい、凛とした声だった。

頼もしい声に従い、その体をしっかり抱きしめる。


会長、だった。

一緒に飛び込んできてくれたのだろうか。


細身で華奢な、会長の体…………

……にしては少し、ゴツゴツしているような……

事態を把握するので精一杯なまま、いつのまにか陸に上がっていて……


「げほっ、ごほっ……た、助かった……」


「大丈夫かい?」


差し出される手、着ているワイシャツからたれる水滴。

どこからどうみても会長であることに、間違いはない。

なのに、声が違う。


男のように低く、凛とした声。

気のせい、だろうか。首にはめてあるチョーカーが、ちかちか点灯している気がする。

濡れている長い黒色の髪の中に、枝毛なのかうっすらと茶色の髪の毛が見えて……


「まったく、無茶なことをするね。まさかまた会うとは……立てる?」


「あ、はい………っとと!」


あまりのことに足の感覚がないことを忘れていた俺は、バランスを崩してしまう。

手を掴んだのも束の間、倒れ込むように会長まで巻き込んでしまい……


「す、すみませ……」


顔を上げ、思わず息を呑む。

右手が胸の方にいってしまっていることに気づいた時は、この世の終わりかと思うくらいどうしようもなかった。

これっていわゆる、ラッキィスケベってやつじゃね!?

早く、早く退かないと!!


いやでも、なんつーか……変だな。

胸にしては感触が思ってた以上に硬い……つーか……九十九の時と、少し違うような……


「ちょっとあんた!! 何してくれてんのよ!」


湯浅先輩の声が聞こえたと同時に、俺は彼女から引き剥がされる。

すみませんと謝ったものの、先輩はべーっと舌を出し、会長を連れさっさと行ってしまう。

何が何だかわからないまま、ふっと視界が暗くなり……


「無謀なことするよね~上杉も」


頭上から、九十九の言葉がきこえる。

かけられていたのはタオルで、意地悪そうに笑いながらもかけてくれたことがわかる。

その子のお母さんらしき人も駆けつけてきて、謝罪と感謝を何度も何度も俺に告げた。

助けたのは会長の方なのに、すでに彼女の姿はなく、いつのまにか湯浅先輩もいない。


「でも、さっきのはかっこよかったかな。意外と男の子だね、君も」


何がどうしてこうなったのか。

自分がやったことに誇りを持ちつつも、気をつけようと後悔しながらふうっと一息ついたのだった。


(つづく・・・)

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