13.貴女のこえが聞きたくて

ざわめいていた音が、足をすすめるたびに遠く、また遠くなってゆく。

すれ違う人たちの楽しそうな声を聞きながら、俺はゆっくり坂道を歩いていた。


祭りの場所よりはずれた、少し急な上り坂。

辺りもだんだん暗くなるにつれ、人も増えてきており、油断していると一人になってしまいそうだ。

上りながらも俺は、何度も何度も後ろを振り返っていた。

無論、彼女の様子を見るためである。


彼女ー野神千彩は俺についてくるように、後ろをトコトコ歩いていた。

その様子はまるで小さな子供のようで……なんだか歳が離れた妹ができたみたいだな。


「お、ちょーどぴったりだな」


しばらく歩いた先にある、開けた場所。

ちょうど空に、花火が打ち上がり始めた。

赤、青、黄色……カラフルな花が、夜空を彩ってゆく。


「すごい……穴場スポット……」


「綺麗だろ? 友達が女子と来るならここ、って口うるさく言ってたんだよ」


そういえば、今年は約束すらしなかったことを今になって思い出す。

一年前から北斗はあんな感じで、彼女を作ろうと花火が綺麗に見えるところは隅々までチェックしていたっけ。

その影響のおかげなのか、すっかり俺も覚えていたんだが……今回はそれが役に立ったみたいだな。


「………でも、本当にいいの? 会長さん。せっかく会えたのに、ここじゃもう会えない」


「話したいって言ったのはお前だろ? それに、俺もさしで話したかったし」


「………やっぱりあなた、変わってる」


「ぬいぐるみで話すお前の方がよっぽど変わってるっつーの」


鈴を転がすような小さい音。それでも一音一音が汚れ一つなく、透き通っているようで聞きとりやすい。

仮面越しでも、ぬいぐるみ越しでもない。これが彼女の本当の姿なのだと改めて実感する。


初めてみる彼女の横顔はやはりあどけなくて、とてもじゃないが大学生には見え難い。

一心に花火を見てる間も、彼女の胸にはしっかりと猫のぬいぐるみが抱えられていた。


顔にもお面をはめたままだから、てっきり会話も変わらないと思っていたが……これは少し、進歩したって言っても問題なさそうだな。


「それにしても、地声全然違うんだな? ラビット将軍でも、オマツリジャーっぽくもねぇし」


「……そうかな?」


「謙遜すんなって。人と話すため、とは言ってたけどさ。そのキャラになりきるの、うますぎだろ。名前は適当すぎるのはなんともいえねぇが……もしかして、会長と同じ芸能学科で、女優志望だったりするのか?」


今までのことや、この祭りで疑問に思っていたことを、ここぞとばかりに彼女にぶつけてみる。

彼女と過ごして実感させられるのは、その表現力の高さだ。

人前で話すことが苦手な彼女が見出した、特技のようなものなのだろうか。

うちの芸能学科には確か俳優などを目指せる、演劇コースとかもあったはず……

そんな考えを巡らしている俺に、彼女はふるふる首を振った。


「それはない。私、人と話すのが苦手。上杉とも今初めて普通に話せてる」


「あー……それはそうか。なんか悪い」


「私は作られた設定の通りに、キャラクターを演じてるだけ。私じゃない誰かになれば、苦手でも少し話せるから」


気のせいなのか、話しているうちに彼女の表情はどこか暗くなっているようにみえる。

花火を見ていた瞳は抱えられていたぬいぐるみに向けられ、彼女は徐に動かし出す。


「芸術デザイン総合学科、ってあるでしょ? 私、そこの造形コースなの。このラビット将軍は私の初めての作品。私の一番お気に入り」


「えっ、そのぬいぐるみ自作だったのか!? それはそれですげーな……」


「私には人前で演技するのなんてできないし、向いてない……わかるでしょ?」


確かに、あの輝夜や九十九ですらかなり時間がかかったといっていたのを思い出す。

俺も今の今まで、ラビット将軍としての彼女しか知らなかったわけだし。

ぬいぐるみを介して話せないほどの人見知り、なんて演劇をする側にとっては致命傷だ。

ここにいる人以上に人が見に来るだろうし、俺だって普通に緊張してしまってうまくできる気がしない。

だけどー……


「でもお前、才能あるって。ちょっとしか一緒にいなかった俺がいうほどなんだぜ? やればできるだろ。今日だってほら、一人で色々買えたじゃん」


「それは……オマツリジャーがいたから……」


「前にもいったろ? 逃げてばっかじゃ意味ねぇって。人前で演じる人じゃなくても、道はあるじゃん。例えば……そうだな。声優とかさ」


俺が言うと、彼女はえ? と顔を上げる。

くりくりした大きな瞳が、まっすぐ俺に向けられた。


「ほら、アニメとかに声当てる人だよ。メディアにでることもあるけどさ、最近じゃほとんど出ない人とかもいるらしいぜ? 確かうちの大学、転科試験とかあるんだよ。まあこればっかりは進路に関わってくるし、お前次第だけどさ。芸能学科の演劇コースいくのもありなんじゃね?」


「で、でも私……自信ない……」


「じゃあ、自信出るまで俺が練習付き合ってやるよ。それでどーだ?」


彼女を見ていると、昔の自分を思い出す。

夢も、将来もなんもなかった俺は、なんとなくでしか人生を過ごしてばかりだった。

教員という道が見えてきても、教えるのが難しくて向いてないと思って、諦めて。


それでも親や周りの声に励まされ、なんとかここまでやってこれている。

そんな経緯があるからこそ、夢半ばにしている人を見ると放っておけなくてー……


「ま、やるもやらないもお前次第だけどな。そーいやその猫も名前あったりするのか? お前が持ち合わせてる設定、あるだけ教えてくれよ。せっかく話せたんだ、時間がある限りはなそーぜ」


花火が、空を舞う。

明るさで照らされる彼女の瞳は、さっきよりも輝きを増していてー……


「……キャット姫。キャット姫、っていうの。ラビット将軍のお嫁さん候補で、将軍が誰かといると爪を立てるんだよ」


「また安直なネーミングだな……じゃあ浮気しないよう、俺らが見張ってやらねぇとな」


次から次へ、花火が上がってゆく。

少しだけ野神との距離が縮まったような……そんなお祭りだった……






「本当にここまででいいのか? 全然家まで送るのに」


「……ううん、大丈夫……あの、気をつけて」


「おう、またな」


バイクのハンドルを逆に向けながら、エンジンをかけ直す。

片手を上げ、颯爽とハンドルを切ってさっていく彼はあっという間に見えなくなってしまった。


「……バイク、初めて乗ったかも……」


彼女の手にはとってもらった猫と、自分が持ってきたうさぎのぬいぐるみが握られていた。

かわいい2つのぬいぐるみは自分を見守っているかのようにこちらをみている。


「不思議な人だった……聡寧が好きって言ってたの……少し分かったかも……」


初めは、怖い人だと思っていた。

それでも彼はいつも、ぬいぐるみ相手でも話や目を合わせてくれる。

自分がどんなに直接話さなくても、攻める様子もなくてー……


「転科試験のこと……調べてみようかな……? 上杉と次あうの……いつだろう……」


別れたばかりなのに、すぐ会いたくなくなるのはなんでだろう。どうしてこんなに心が動くのだろう。

渦巻く感情の中、彼女は二つのぬいぐるみをただ静かに胸に抱き寄せたのだったー……


(つづく・・・)

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