12.あどけない君は仮面の下で
ゆっくりと日が落ちてゆく。
劣ることがないセミの鳴き声が、流れてくる汗の量を増やしている気がして仕方ない。
聴こえてくる太鼓の音に、人の笑い声。
これでもかというほど、楽しそうなのが声や雰囲気だけで伝わってくる。
【や、やはり混んでいるな……人間というものは祭り如きで浮かれおって……!】
声が若干震えているように聞こえる。
隣にいるのは言うまでもなく、ラビット将軍のぬいぐるみを持った野神だ。
輝夜の作戦通り、俺はこいつと会長がいるであろう夏祭りに来ている。
大学に近い街で行われていることもあってか、割と来てる人も見慣れた人が多く、老若男女とわず賑わっている。
昔から近所の祭りとかに行ってた俺にとっては、この人の多さは想定内の範囲ではあるが……
「野神……今なら帰ってもいいんだぞ?」
【な、何を言うか馬鹿者! このラビット将軍が敵に背を向けていいわけがあるまい!】
「どっちにしろ、この人ごみの中でそいつを持ち歩くのは危険すぎると思うんだが……」
野神千彩は、ぬいぐるみを介した状態でしか話せない。
おそらく彼女らの会話から察するに、夏祭りにさえ行ったことがないのだろう。
こういう時に限って九十九も輝夜もいないとは……薄情にもほどがある。
ここは……俺一人でなんとかするしかない!
「野神、ちょっとここで待っててくれ」
そう言って俺は、とある店へ小走りで向かう。
一分もたたないうちに戻ると、買ったものをそっと彼女に渡した。
「俺のバックでけぇからさ、これにラビット将軍入れろよ。かわりにこのお面、使えば少しはマシになるだろ」
それは出店に売っていた、どこぞの戦隊キャラクターのお面。
これを被れば相手の目を見て直接話すこともないし、お祭りの場であることから人に怪しまれることもない。
我ながら、超いい提案だと自画自賛したくなる。
さすがに肌身離さず持っているラビット将軍を手放すことができるのかはわからないが……
そんなことを思っている中、彼女は素早く俺の手からお面を取る。
頼んだとばかりに無言でラビット将軍を押しつけ、俺が受け取ったのを確認するが否や、
[世のため人のため、悪を名乗る者には鉄槌をくらわす! お祭り戦隊、オマツリジャー! 見参!!]
と低く、キリッと引き締まった声でポーズをジャーンと決めて見せた。
これも彼女の作ったキャラ、なのだろうか。
ラビット将軍とはまったく違う声で、とても同じ野神とは思えなかった。
「オマツリジャーって……弱そうなヒーローだな」
[ありがとう上杉少年。君のおかげで、世界に平穏が訪れた!]
俺の言葉なんて聞いてもないように、彼女が走り出す。
顔さえ見なきゃ、人混みも平気なのだろうか。
お面越しではあるものの、色々な屋台を見つけていく彼女の姿は上機嫌にみえた。
[おお、少年! 焼きそばがあるぞ! 買ってきてくれたまえ!]
「……お前さ、苦手なのはわかるけど逃げてばっかじゃ意味なくね?」
[ヒーローに説教とは、いい度胸だな! だが断る!]
「国を守るヒーロー様がそんなんじゃ、国民たちも安心して国に住めねぇだろ?」
戦隊モノのお面が、何を生意気なことをとばかりにこちらを睨んでいる気がする。
自分でも、何を言ってるんだろうと思うことは否めないが……
俺にはやらねばならないことがある。
無論、こいつと直で話せるようになること、だ。
輝夜達が言うには、野神千彩本人との話が会長とのコミュニケーションにもつながるという。
そのためには彼女が俺に対しての苦手意識をなくしてもらわないことには、意味がない。
恐るな、上杉稀羅。これも全ては、会長と親密に話せるようになるため……!
「ヒーローっつーのはみんなが憧れる存在だろ? かっこいいところ、見せてほしいけどなぁ」
俺が言うと、彼女は顔を上げる。
お面で彼女の目を見ることはできないが、心なしかじっと見つめられているような気がした。
すると彼女はこくりとうなずき、ポケットに入っていた小銭入れを取り一目散に走り出す。
背丈やお面の甲斐もあって子供だと思ったのか、店員さんが優しく対応しているのがみえて……
[少年! みろ! 焼きそばだ! ちゃんと買えたぞ!]
「おお、やればできるじゃん」
[次は金魚をとってきてやるぞ! わたしに怖いものなどないということをみせてやる! さあ、続きたまえ少年!!]
「あ、おい! 走るならちゃんと前向いて……」
俺が注意する間も無く、彼女の小さい体は何かとぶつかる。
やっちまったと気づいた時には、もう遅かった。
慌てて彼女の元へ駆け寄りながら、ぶつかった人へ頭を下げる。
「す、すみません!! 大丈夫ですか!」
「いえ、こちらこそすみませ……あれ、上杉君?」
聞き慣れた声に、ぱっと顔を上げる。
ぶつかった人は紛れもなく、会長だった。
メガネに帽子をしているのは、変装用なのだろうか。
髪を一つに縛っていて、ぶつかった相手でもある野神に優しく大丈夫かと声をかけてくれる。
それでも野神は恥ずかしいのか、俺の後ろに隠れるようにしがみついてきたけど。
いやぁ……変装してもかっけぇなぁ。会長は。
隠しきれない美貌っつーか……
にしてもまさか本当に会えるとは!
「奇遇だね、こんなところで会えるなんて」
「え?! ええ、まあ……会長もお祭りにくるんですね?」
「せっかくの夏休みだからね。そうだ上杉君、せっかくだから、一緒にやらないかい?」
そういう彼女のそばに、射的屋があることに気づく。
これは……会長に、俺のかっこいい場面をみせる絶好のチャンスなのでは!?
やっていいか聞こうと野神の方を振り向く。
そんな俺に気づいていないのか、彼女はじーっと何か一点を見つめていた。
気のせい、だろうか。服を掴んでいる力が強まってるような……
「じ、じゃあ会長、勝負しませんか! どっちがでかいの落とせるか!」
そういいながら、店の人に二百円渡す。
ゆっくりとコルクを詰め、狙いを定める。
……よし、ここだ!!!
引き金を引き、コルクがまっすぐ飛ぶ。
運良くそれは、俺の狙っていたものにあたり、ゆっくり下へ落ちていき……
「よっしゃ!! あったり!」
「へぇ。やるね、上杉君」
そう言いながら、彼女は俺の横で銃を構える。
腕を台の上におき脇を締めながら、肩と頬を使って銃を固定する。
さながら、狩人のような目で目が離せない。
……こんなに至近距離で会長を見れるなんて、なんてラッキーなのだろう。
星の形をしたイヤリング、かわいいなぁ。
綺麗な肌の色だ、少しだけ見える右肩にはほくろもある。
そういえば、休みの日でもチョーカーをつけてるんだなぁ。
見かけるときはいつも同じ柄のものだし……
……っていかん! こんなに見つめてたら、変態じゃねえか!!
そんな俺の心情なんてつゆしらず、会長は片目を瞑りながら引き金をひく。
真っ直ぐ、勢いよく飛んだコルクが違うものを撃ち落とした。
「か、会長すげぇ!! かっこいい!!」
「す、すまない、勝負といわれてつい本気を出してしまった……じゃあ、私はこれで。お祭り、楽しんで」
そういいながら会長は、どこかへ行ってしまう。
会長がいなくなるのを確認していると、野神がひょっこり顔を出した。
[追わないのか、少年。彼女の調査をするのが、私達の目的だろう]
「そうだけど……さ。やっぱ遊びに来てるとこに、水を差すわけにはいかねえだろ」
[都合のいい言い訳だな]
「あ、そーだこれ、お前にやるよ。行きたがってたとはいえ、付き合わせちまっただろ? その礼」
そう言って、狙っていたものをそっと彼女に渡す。
ラビット将軍に似た、ねこのぬいぐるみだ。
苦手な人混みの中だというのに今日ここにこいつがいるのは、そもそも俺のせいだ。
直接話すため、とはいうものの彼女だけを頑張らせて俺だけはなんもしない……なんてことはできない。
だから、彼女の頑張りに見合うようなお礼がしたかったんだが……いいのがあってよかった。
すると野神はさっと仮面を外し、たった一瞬でねこのぬいぐるみをばっと前面にだしてみせる。
《どうせなら、白馬の王子様につかまりたかったにゃんっ。まっ、でもよかったにゃん。やぁっと退屈じゃなくなるし。ありがとにゃんっ》
すると彼女はラビット将軍でも、オマツリジャーでもないキャラをまた演じ出す。
彼女が出す声は一人一人どれも違っていて、まるで別の人のようでー……
「………あなた、変わってるね」
聞き慣れない声がして、はっと我にかえる。
誰だろうときょろきょろ見渡しても、俺を知ってそうな人はいない。
空耳か? と思ったその時、くいくいっと上着の裾を引っ張られてー
「………花火、みたいから……お話、しよ」
ちらりと覗き込むように彼女の瞳が、俺をみている。
それがラビット将軍でも、オマツリジャーでもネコの声でもなく、野神の声だとわかるのに時間がかかった。
くりくりした大きな瞳は、ビー玉みたいに綺麗に澄んでいる。
ああ……これが、野神千彩なんだな……
「いい場所を知ってるんだ、俺から離れるなよ」
(つづく!!)
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