16.不器用な彼女との付き合い方。
「ごめんな、稀羅。付き合わせちゃって」
とんとんと教科書を整えながら、昴が罰が悪そうに笑う。
そんな彼を見ながら、書いていた黒板の文字を消していった。
夏休みも中盤、今日は昴と共に大学へきていた。
というのも、課題をこなすためでもある。
お互い苦手科目がありつつも、それが得意なのも双方であることからこうして共に課題をすることも多い。
教員を目指す俺らにとって教え合うことは、未来の練習にもなり、一石二鳥というわけだ。
「何言ってんだよ、俺だってお前に助けられてばっかりだ。おあいこだろ?」
「そう言ってもらえると嬉しいけど……そういえば、夏祭りと海に行ったっていってたけど、どうだったんだ? ちゃんと楽しめた?」
「あー……まあ、な」
「……やっぱり、何かあったのか? 今日の稀羅、ちょっと元気なかったから心配で」
優しい昴の声が、心にぐっとくる。
何かあった、と聞かれて全部吐露してしまえたらどんなに楽だろう。
俺自身、まだ整理がついていない。
ただ、言えることは一つ。
「なんか会長より、野神と九十九の距離が縮まったわ。謎に」
「え、いいことじゃないか。せっかく知り合ったんだから、それくらい」
「はぁぁ〜〜お前は気楽でいいよなぁ~」
「言えないことでもあったのか? まあ、無理には聞かないけど……」
結局俺は、あの時の話を誰にもできていない。
自分で解決しようにも、うまくまとまらないし、どうにもならない。
こうして昴達と関係ないことをしている方が、何も考えずにいられる。
こんなことしてる場合じゃないって、心のどこかではわかってるつもりなのだが……
「……稀羅。職員室に鍵、返してくるから先帰っていいぞ」
「え、それくらい一緒に行くって」
「いいからいいから。そのかわり、一人でかかえこみすぎるなよ?」
手をひらひらさせながら、じゃあと去っていく。
相変わらず、やることがかっこいいよなぁ。あいつは。
そんな背中に感謝しながら、荷物を持ち外へ出る。
と、その時だった。
『ガシャーーン!!』
何かが割れたような、大きな音が鳴り響く。
なんだとすぐ目に入ったのは、家庭科室だった。
認識したのも束の間、謎の匂いが俺の鼻を刺激して……
「………このにおい……まさか……!」
なぜか嫌な予感がして、慌てて向かう。
煙のような、焦げている匂いが強くなってくるたびに鼻をつまんでゆく。
誰がいるかも確認しないまま、俺は勢いよくドアを開け……
「まてまてまて!! 今すぐそれとめろ!!!」
入ってすぐ、稼働していたレンジをけす。
中に入っていたのは案の定、アルミホイルだった。
すでにパチパチ音が立っており、少し煙が出ていたところに水をコップに注いでかける。
タイミングが良かったのか、料理が焦げてるくらいでレンジにも他のものにも影響はなかった。
「あっぶねぇ~間一髪……アルミホイルをレンジに入れたらダメだろ! 危うく火事起きるとこだったんだぞ!!?」
「そ、そんなのどこにも書いてな……って、上杉君!?」
この声に、すごく聞き覚えがある。
そこにいたのはなんともあろうことか、あの輝夜だった。
思えばこうして会うのは夏休み始まって以来、初めてな気がする。
久々に見た彼女の顔は、どこか焦っているようで……
「な、なんであなたがここにいるの?」
「それはこっちのセリフだよ。たまたま課題やってて、帰ろうとしたら嫌な匂いがして……お前こそ、ここで何を……」
そういいながら、改めて周りを見る。
シンクには汚れた容器、床や周りには汁や切った皮が無造作にばらまかれている。
絆創膏だらけの指に、エプロンを身につけていることからこの光景から見てとれるものは……
「お前もしかして、料理作ろうとして失敗した感じか?」
「……………」
俺の問いに、輝夜は何も答えない。
図星ですと言わんばかりに、顔を背けられる。
いつもは余裕綽々な態度が鼻につく彼女だが、今日はやけにおとなしくて……
「……用がないなら今すぐ消えて。あなたの相手をしてあげるほど私は暇じゃないの」
「そ、そこまで言わなくても……もしかして居残り補修か?」
「だったらなんだというの? 悪いけど、あなたに構ってる暇はない。帰って」
いつにもまして、彼女の機嫌が悪い気がする。
いかにも怒ってますとばかりに、彼女はこちらの顔を見ようともしない。
思えばこいつが、夏休みの作戦を立ててくれた。
読者モデルで忙しい中、俺のために時間を割いてくれていたのかもしれない。
それがもし、この補修に繋がっているのだとしたら……こっちとしては申し訳ない。
それに、今まで見たことのない彼女のこの表情……
こんなのみせられたら、黙ってられるわけないよな。
「前、俺言ったよな? お前になんかあったら俺が助けるって」
「……そんなこと、いったかしら」
「一応、料理はできる方なんだよ。お前には結構世話になってるし、その礼だと思って手伝わせてくれよ。な?」
彼女を落ち着かせるように、なるべく優しい声で話す。
それがわかっているのかいないのか、彼女はようやく目を合わせてくれて……
「……そこまでいうなら見せてもらおうじゃない。あなたの、実力を」
あまり納得いってないのか、彼女の頬は少しだけ膨らんでいた。
(つづく!!)
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