7.人生山もありゃぁ谷もある

しとしとと降り注ぐ雨が、窓の外で何度も音が鳴る。

どんよりとした空模様のせいか、みんなどこか沈んでいるようで、嫌~な空気を醸し出している。

そんな中、俺は一人……


「ほい、北斗っ。これ欲しがってたワックス、安売りしてたから買ってきたんだよ~遠慮せずにほら、受け取れって♪」


場違いなくらい、ご機嫌だった。


6月に入り、梅雨入りかとも言われている現在、俺の心はすっかり晴れ模様だ。

いつもなら雨なんて、とか思ってるのに……


「……稀羅……さっきから何なんだ、そのリア充溢れる笑顔は……正直に言って気持ち悪いぞ……」 


「こら北斗、そんなこと言うなって。でも、稀羅がそんなに上機嫌なのは珍しいな。何かあったのか?」


「ふっふっふっ……よくぞ聞いてくれたな昴!! なんとだなぁ! あの会長に名前を覚えてもらったんだよぉ!」


もうすぐ夏が始まるという今日この頃、俺ー上杉稀羅に遅めの春がやってきた。

というのも、奴等の計画でゴミ拾いをし、それが会長の目に留まってくれたおかげなのだが。

今までは遠目で見てることしかできなかった俺が、会話だけでなく名前まで覚えてもらって……こんなに嬉しいことはない……


「へぇ、よかったじゃないか。機嫌がいい理由に、納得がいったよ」 


「たかが名前を覚えてもらったくらいで、よくもそんなに喜べるな……お前は」


「いまだかつて彼女できねぇ北斗にだけは言われたくねぇっつの! いやぁ、それにしてもよく頑張ったよなぁ……俺……」


昨日のことなのに、思い出すだけで自分のやったことに達成感を感じる。

それだけ会長と会話したのも、目を合わせたのも、認識されたのも初めての出来事だったからだ。

あの時の会長の笑顔……めっちゃ素敵だったなぁ……


「……それで、どういう風の吹き回しなんだ? オレ達が何を言っても行動しなかったお前が、会長の元に自ら動くとは」


浮かれていた自分に突如、現実が重くのしかかってきたきがする。

確かに一番会長への思いを知っているのは誰でもない、ここにいる二人だ。

その分、なにもしなかった自分のことを知っているのも彼等で……


「い、いやぁ、なんか気が向いたー……的な?」


「オレが口説こうとした時しかとめなかったお前が、何かなしに動くとは思えん。はっ! まさか協力者がいるのか? 女か! それは女なのか!?」


「い、いねぇって。つか女だって決めつけんなよ」


「いいや、お前のことだから会長目当てに女を手玉に取ってもおかしくない。どこの誰なんだ、独り身か? 学科は? 何年生だ?」


俺のことなんだと思ってるんだ、こいつは……

嘘が苦手な俺にとって、このまま嘘をつき続けるほうが苦痛だ。

こいつに言うとめんどくさいことになりそうだと思ってはいたが……ここまで言われちゃ仕方ねぇ。腹くくるか……


「この前、告白されたっつったろ? そいつが会長好きだってこと、勘づいてさ。嘘の告白したお詫びに、手伝わせてくれって言われて」


「へぇ、そんなことあったんだ。それって僕達の知ってる人か?」


「ん~……どうだろ。確か、輝夜聡寧と九十九灯織、あと野神千彩っつー人だけど?」


どうせ知らないだろうと思って普通に彼女たちの名前を連ねた、だけだった。

その名前を聞いた途端、えっと昴が声を上げる。

反応が一番わかりやすかったのは、無論北斗だった。


「輝夜聡寧に九十九灯織、おまけに野神千彩だと……? お前というやつは、いったい何をどうしたらそこと繋がるんだ!? うらやましい……うらやましすぎるぞ……!」 


「え、あいつらそんな有名人なの?」


「無論、この大学で付き合いたい女子ランキングトップテンにランクインしている方々だ」


「そんなランキング初耳なんだが?」


「女の子たちと話してる時によく話題に出るけど……そんな人の告白を断ったなんて、ある意味すごいよ、稀羅は……」


マジか……そんなにすごい奴だったとは……

まあ確かに輝夜は俺でさえ知ってるような奴だったしなあ、こいつらが驚くのも無理ないってことか……


そんなことを考えている中、携帯のバイブが振動する。

ちらりと見るとそれはあの輝夜からで……


「あー……噂をすればお呼び出しが……悪い。今日、昼別で食べるわ」


「ん、わかった。確か五コマ目一緒だったよな? また話聞かせてくれよ」


「お前、それは嫌味か? 嫌味なのか? お前にその気がないのならオレに紹介しろ。そして連絡先をよこせ。今、すぐ」


「やめとけ。関わると、ろくな目に合わねぇぞ」


二人にじゃあといいながら、そそくさ歩いていく。

北斗の悲痛な叫びが聞こえてくるような気がして、なだめてくれている昴に感謝しつつ、俺は密かにため息をついたのだった。




「へぇ、じゃあうまくいったんだ? よかったじゃん、順調で」


サンドイッチを片手に持ちながら、彼女がお疲れと声をかける。

その日の昼休みー俺は言うまでもなく、彼女達に呼び出された。


いつもと違ってお昼時間ということもあってなのか、人気がない屋上につながる階段で食べている。

雨が降ってなきゃ、屋上で食べたりしたんだろうが……まあそんなことは置いといて、だ。


階段の踊り場に座る俺の隣には九十九、階段の一段下に輝夜が座っている。

つまり俺の周りを女子が囲っていると言うなんとも言い難い状況になっており……これがまた気まずいのなんの……

こんなとこ、北斗に見られたら大変なことになるんだろうなぁ……


「全然よくないわよ。小早川三星がきてからの彼の腑抜け具合……みてるだけでため息が出てきたわ」


「そ、そこまで言わなくてもいいだろ別に……」


「でもそれって、作戦は成功したってことじゃん。上杉って意外とやるね、少し見直したよ」


褒められてるのか貶されてるのか、九十九が意地悪そうに笑う。

俺がはあ、と曖昧な返答をすると、こほんとわざとらしく輝夜が咳払いをして見せた。


「とにかく、あんな調子じゃまともに会話にさえならないわ。あなたには少し、話すことから始めた方が良さそうね」


よくわからないことを言いながら、彼女は急に立ち上がる。

ゆっくり階段を降り、下の方から俺達を人差し指で指すと……


「上杉君、野神千彩の心を開いて見せなさい」


といってみせた。


「野神って……あのぬいぐるみの……」


「小早川三星と親密になるためにも、あなたには彼女と普通に話せるようになってもらうわ」


やけに強引な繋げ方だな。

確かにラビット将軍としか話したことないけど……


「あの子は私達にしか直接話したりすることがないの。いい練習になるでしょ?」


「そ、それはわかったが……あの野神と話せるってお前らどういう関係なんだ? 一人だけ学年別だよな?」


「あ~高校の時の後輩なんだよ~ちなみに、あのぬいぐるみ話法は僕が発案したんだ~いやぁ、我ながらいい名案生み出したよ〜」


ふうんと適当に相槌をしながら、改めて野神を浮かべてしまう。

はたして本当にうまくいくのだろうか?

というかそもそも、それが会長と話せることに繋がるのかどうか……


「じゃあ、私はこれから仕事だから。いつもの部屋にあの子を呼んでおくわ」


「がんばってね~上杉~」 


「ちょっ、ちょっと待てよ! まだ話は……」


俺が言うよりも先に、彼女は振り返りもせずに階段を降りてゆく。

なんだか終始怒っているように見えたのは、気のせいなのだろうか。

仕事……とか言ってたけど、例のモデルかなにかか?

よくよく考えれば、あいつのこと何も知らないんだよな……まあ別に知らなくていいけど……


「そうだ、上杉。ちなみにごほーこく。僕も聡寧も、あの子と仲良くなるの一学期丸々かかりました~」 


にこにこ笑顔で浮かべながら、じゃあと手を振ってゆく。

彼女の笑顔がどこか悪魔の笑みに見えた俺は、マジかと一人で呟くしかなかったー……


(つづく!!)

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