6. 仲が良くない人と二人きりになるときまずいyone

木々が、風で揺れている。

はらはら舞う一枚の葉は、その場にあった空き缶へひらり落ちてゆく。

その空き缶をトングで拾い、袋に入れては少し移動して、を繰り返す……


「………最悪」


俺が横で普通にしているのにも関わらず、彼女ー輝夜聡寧は木の下で高みの見物をしながらいかにも不機嫌そうな声を上げた。


作戦当日。早朝にも関わらず、俺はそこらへんに落ちているゴミを拾っている。

もちろん、会長達がこないかも気にしつつ、だ。

たまぁに携帯見たりして、気持ちを和らげてはいるが……ずっとしたくもないことをやるってのもきついもんだぜ……


「なんなのよ、あの子達は……揃いも揃って見え見えの嘘吐いて……」


「本当に用事かもしれねぇだろ? 一人もこねぇと思ってたわ」


「あそこまで言われちゃ、来ないわけにもいかないでしょう」


責任を問われた側の3人のうち、ここにいるのはまさかの輝夜一人だ。

他の二人は外せない用事が、とかで断られたらしい。

まあ、予想通りの展開っちゃ展開だが。


正直輝夜がきたことは意外だ、一番最初にやるわけないと言っていたし。

来てくれた……まではよかったんだが……


「……ていうか、少しは拾えよ。何しにきたんだよ、お前」


「決まってるでしょ、あなたの監視よ。小早川三星がきた瞬間に逃げられないようにね」


「あー、そうかよ」


彼女が何もしない中、落ちている空き缶やペットボトルを拾ってゆく。

成り行きで始めたとはいえ、大学敷地内は結構ごみで散乱していた。

正直、俺もその辺にごみを捨ててしまっていた経験があったりするわけで、あんまり文句は言えないんだが。

こういうことを生徒会長としてやってる、ってことだよなぁ……


「……ねえ、あなたは彼女のどこを好きになったの?」


しばらく無言が続く中、ふいに彼女が口を開く。

それでも視線は俺には向かず、どこか違うとこをみているようだが。


「それ、今必要な情報か?」


「退屈なの。話すくらい、拾いながらでもできるでしょ」


「つっても、そんな聞かれるほどのもんじゃねーよ。俺の友人がここのオープンキャンパスに行くってきいて。それで俺も来てたんだが、途中ではぐれてさ」


今でも、あの日のことは忘れない。

それは高校時代の友人と共にここに来た時、慣れない大学ということもあってなのか、ものの見事に迷子になってしまっていた。

高校3年にもなって恥ずかしい。


携帯の充電も切れてて、ろくに連絡もとれなくて、一人彷徨うことしかできなかったっけ。

そんな時、あの人はー……


『君、高校生だね。友達とはぐれたのかな? 私でよければ探すの、手伝ってあげようか』


あの時から会長は何も変わっていない。

優しくて、かっこよくて、一瞬で俺の憧れ的存在になった。

その時は緊張しすぎて、何を話していたか今では全く覚えていないんだが。

あの時会長と出会っていたから、俺は志望校の候補ですらなかったこの大学にきて……


「そんなこんなで、助けてくれたのが今の会長だったって話だよ」


「……単純なのね。彼女は毎年生徒会に所属していたのよ。あなたを助けたのは生徒会としてのボランティアにすぎないわ」


「そうだとしても、俺にとってはヒーローみたいに思えたんだよ。お前にはそう思えるような相手、いねーの?」


「ヒーロー……? あなた、それ……」


風の音が、俺の声を消してしまうかのように強く吹く。

あまりの強さに顔を背け彼女をちらりと横目で盗み見ると、彼女のそばには風で飛ばされたであろう空き缶のゴミが落ちていた。

どうせ拾わないんだろうと思って、立ちあがろうとしたが、何を思ったのか彼女は今まで組んでいた右手を、真っ直ぐゴミに手を伸ばしだしー……


「……った! なによ、人がせっかく拾ってあげようと思ったのに……」


小さな悲鳴と共に、その右手をすぐ引っ込める。

よくみると指から血が出ていて、拾った時に切ったのかと推測できる。

やれやれ、面倒なお嬢様だな。こりゃ……


「かせよ、右手」


「はぁ? なんであなたなんかに」


「指、切ったんだろ? 絆創膏持ってたから、貼ってやるって言ってんの。ほら」


自分の指と俺が差し出す絆創膏を、輝夜は交互にみる。

納得がいっていないのか、不服そうな顔をしながら俺に右手を差し出す。

そっと触れた彼女の右手は綺麗なほどに白く、意外にも小さくてー………


「おや? 君達、早いね」


ん……? この声、どこかで……?

咄嗟にぱっと振り返る。

長く伸びた茶色の髪が風ではらはら靡く。

首元についたチョーカーが、太陽に反射するようにきらりと輝き……


「か、かかかかか会長!!!?」


その姿に、思わず彼女の手を離す。

寸分違わず俺は、直角に頭を下げた。


「おおおおはようございます!」


「おはよう。また会ったね」


やばいやばい、会長だ。本物だ。

まさか、本当に会えるとは! 


「三星、知り合い?」


「ああ、以前講義前に会って……そういえば、名前聞いてなかったね」  


「ううう上杉稀羅! 教養学科2年3組っす!」


「二年生か。あ、彼女は湯浅(ゆあさ)ありすと言って、生徒会の風紀委員なんだ」


高めのツインテールが、ゆらりと揺れる。

吊り目のせいか若干睨まれる気もしなくもなくもないが、彼女は俺に浅く会釈してくれる。

風紀委員っつーことは、じゃあ会長と仲がいいってことか……羨ましい……

ってそんなこと今はどうでもいいだろ!!


「ところで君は、こんな所で何をしているんだい?」


「あー、いや、そのぉ、ゴミが散らかってて、それを拾っててたっつーか……」


「そうだったのか。最近、不法投棄が多くて困っていたんだ。一人でも気にしてくれるだけ嬉しいよ、ありがとう上杉君」


そういうと会長は、湯浅先輩と共に校舎の中へ入ってゆく。

去り際、彼女はくすりと笑っていて……


「……あの笑顔は反則だろぉぉぉ、ちくしょぉぉぉ!」


「あなた、キモすぎ」


「うっせーな! それより聞いたか!? 上杉君って呼んだぞ! あの会長が! これでクリアも同然じゃね!?」


「はいはい、わかったから」


嬉しすぎて顔がにやけてしまうのがわかる。

何もしなくていいと思っていたのに、人ってのは単純だ。好きな人に覚えてもらえただけで、すげー舞い上がっちまう。

そんな俺に呆れているのか、輝夜ははぁと深いため息をつき……


「それ、ちゃんと捨てておいて。絆創膏、ありがと」


と無愛想に去ってしまった。

彼女がなぜ不機嫌なのか、今の俺にはどうだっていい。

会長と話せた、名前を呼ばれた。それだけが俺の、その日1日のテンションを高めてくれたのだったー


(つづく!!)

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