3.コンスピラシー・ランコント
紺色の小さめなリュックが、上下に揺れる。
前を歩く彼女―九十九は、軽快にスキップを刻んでいた。
怪しさしかない彼女の後を追うようについていっている自分は、いったい何がしたいんだろうと思わざるを終えない。
全く知らない赤の他人を、好きな人の情報をくれるというだけで行動しているのだ。ちょろすぎるにもほどがある。
これじゃ、北斗のこと言える立場じゃないな……
万が一、これが嘘だった時を考えてちゃんと逃げ道を考えておかねぇと……
「……なあ、なんで大学内に戻ってるんだよ? いい加減、行き先くらい教えてくれてもよくねぇか?」
しびれを切らしたように俺が言うと、彼女はようやく後ろを向いてくれる。
前を見ずに歩いているというのに、彼女の足取りはとても軽く見えた。
「校内の方が警戒されなくて済むかなぁって思ってさ。最初から敵地に向かったら君、逃げちゃうでしょ?」
「別に逃げねぇし……」
「本当に~? 嘘だったらすぐにでも帰ろうと思ってそうな顔してるけど?」
や、やべぇ。バレてる……
なんなんだ、こいつ。味方とか抜かしてるが、色々詳しすぎて怪しさ二倍だろ……
「ま、僕は別にどーでもいいんだけどね~どうしてもってあの人がうるさいから」
「……あの人?」
「お待たせ~聡寧。連れてきたよ~」
どこかで聞いたことある名前、なんて呑気に思ってしまう。
彼女が入った教室には講義室Aで、普段俺でも講義で使っている教室だ。
放課後になると様々な目的で生徒が使っているのを見たことはあるが……
開かれたドアの向こう、教室に入るとー……
「ようやく来た。待ちくたびれたわ」
金色の髪、瑠璃色の瞳。
右足を組み、回転イスに腰かけている彼女の姿に思い出したくもないことがふつふつよみがえってくる。
同時に、やりようのない怒りまで思い出してしまって……
「………輝夜……聡寧……」
「目上の人を呼び捨てするなんて、失礼だとは思わないの? 上杉稀羅君」
クールにも見える彼女の顔は笑み一つなく、俺に怒っていることがうかがえる。
輝夜聡寧。ついこの前、嘘の告白をしてきた張本人だ。
告白されてからまだ二か月たつかたたないっていうのに、こんなにも早く再会するとは思わなかった。
お互いなかったことにしているし、会うことも二度とないと思っていたんだが……
「……なんの真似だよ、俺を嘲笑いに来たのか?」
「灯織から、話は聞いたでしょ。あなたに協力をしようと思った、ただそれだけよ」
どうも信じられないのは、こいつが嘘の告白をしてきたからなのだろうか。
好きでもない人に告白なんて、される側の気持ちを弄んでるも同然だ。
俺はまだしも、もし相手が北斗だったらと思うと……考えるだけでぞっとする。
こんな最低すぎる奴の言うことなんか、信用できるわけ……
「この前のことは、悪かったと思っているわ。好きな人がいるとはいえ、あなたの顔に泥を塗るような真似をして」
俺がずっと黙っていたからか、彼女が顔を少し俯かせながら言う。
その様子から反省していることがうかがえて、ほんの少しだけ話を聞いてやろうという気になってしまう。
「だから、私なりに考えたの。あなたの役に立てること。好きな人がいるなら、せめてそのサポートだけでもできないかって」
「……事情は分かったが……なんで俺の好きな人を知ってるんだよ。俺、名前までは言ってねぇよな?」
「風の噂で聞いちゃったんだよね~君が会長のこと好きって」
今まで黙っていた九十九が、よっと机に尻をかけながらいう。
風の噂で聞くことか? とも思ったが、とりあえずこいつらの話を聞くことにした。
「幸い、小早川三星とは面識があるの。少なくとも、会話すらままならないあなたよりは、ましでしょ?」
「いちいち癪に障る言い方するな……」
「安心して。これでも私、恋愛には苦労したことがないの。あなたと会長がいい感じになれるよう、応援してあげるわ」
すると彼女はすっと立ち上がり、俺に自分の携帯を差し出してくる。
勝ち誇ったような笑みからは、どこも怪しげなものは感じられなかった。
あの時とは、違う。本心で話していると直感した。
性格が悪いと思っていたが……案外優しいところもあるってことなんだろうか……
「……あ、だったら俺にも手伝わせろよ。お前にばかり頼るわけにもいかねぇだろ? 好きな人とか、いねぇの?」
「はぁ? い、いるわけないでしょそんなもの。私を誰だと思っているの」
「うーん……助けられっぱなしってのは後味わりぃんだよなあ……お前は俺を助ける、お前になんかあったら俺もお前を助ける、ってことなら飲んでもいいぜ」
そういいながら、俺は自分の右手を彼女の前に突き出す。
不思議そうに首をかしげる彼女に向かって、反対の手で携帯をかざして見せ……
「一応乗るけど、怪しいと思ったらすぐ抜けるからな」
と言って見せた。
正直、信用するにはまだ早いことなんてわかっている。
ただ俺は、このままの状況を少しでも変えたいと思っていた。
一年しかない、ラストチャンスを棒に振るよりはこいつらの手を借りるのも悪くない。
それに嘘の告白をしてもなお、俺に構おうとするこいつらのことも知れたら、昴や北斗の彼女にでも推薦できるしな。
「……交渉成立。改めてよろしくね、上杉君」
がしりと繋がれた手と、入ってくるお互いの情報。
こうして俺たちは摩訶不思議なことに、もう一度繋がりを持つことになったのだったー
‰
帰りの放送が、音楽とともに鳴っている。
それと同時に彼は姿を消した。
足早に去っていく背中を目で追う。
「……男の人の手って、あんな感じなんだ……」
ふと自分の右手に視線を移しながら、ぽつりとこぼれる。
彼―上杉稀羅の右手のぬくもりが、なぜか消えずに残っていた。
追加された連絡先、差し伸ばされた手……正直、振り払われても同然だと思っていた。
初対面で、悪い印象を植え付けてしまったというのに怪しみながらも、最後は自分の力になると言ってくれた。
それに比べて、自分はー……
「ふうん、聞いてた通り人がいいね~? うまくいってよかったね、聡寧」
「……灯織、まだ帰っていなかったの?」
「あーあー、また面倒なことになりそうだな~なんで嘘なんて言ったの~? 好きな人いないのかって、完全に嘘だって思われてるし」
「……自分がやったことを後悔したってどうにもならないわ。灯織、今すぐあいつに連絡して。みてなさい、上杉稀羅。私を振ったこと、後悔させてみせる……」
輝夜聡寧、彼女は嘘をついている。
本気の告白を、なかったことにすると言う、後には引けない嘘をー……
(つづく・・・)
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