2.狙われた男。

17時を知らせるチャイムが、校内にいても聞こえてくるのがわかる。

沈んでゆく夕陽を一瞥しながらも、よしと重い腰をあげた。


今日は講義もなく、まっすぐ帰れる貴重な日。

昴や北斗はバイトのシフトの都合でいないが、それでも何事もなく平穏に帰れることが俺にとって至福だった。

ま、家に帰ったところでバカップルすぎる両親が待ってるだけなんだが。


にしても、まさかあんなところで会うとはなぁ。

駐輪場に止めたバイクに鍵をさしながら、ヘルメットをかごから取り出しふと考え込む。


小早川三星会長。

女性にしては背が高くて綺麗で、男子よりもかっこよくスマートにきめてくれる人……


ただ次の講義までの時間潰しにとすこぉし寝るつもりだった。

そのつもりがずるずる寝てしまっていたようで……起こしてくれりゃあよかったものの、昴も北斗もそこに関しては優しいのか起きてくるまで待ってくれていた。

ありがたいっちゃありがたい。が、結果怒られることにつながってしまった。

しかも、こんな惨めな姿の時に。


髪のセットも、洋服のアイロンがけも、いつ会ってもいいように何もかも完璧にしていたはず。

なのに……

よりにもよって何であのタイミングで会うんだよ!! 印象最悪じゃねぇかぁ~!!


不良っぽく見えてないだろうか。

悪い印象を、植え付けられてしまったんじゃないだろうか。

くそ、考えてもキリがねえって分かってるのに、嫌なことばっか考えちまう。


あと2年もこの学校にいなくてはいけない俺とは違い、彼女は来年で卒業してしまう。

今年が正真正銘最後のチャンスだと、わかってはいるのだが……


「話しかけることもできねぇとか……オレ、ほんっとダメ男だわ……」


彼女に出会ってから、何年の月日がたつだろうか。

ただ遠くから見ていただけで、何もできていない。

常にみんなの先頭に立つ彼女の背中を、追い続けているだけ。


それだけでいいと、思っていた。

俺が彼女の隣に立つなんて、想像もつかねぇから。

彼女とは違い、俺は見た目にしか取り柄がない名前通りの「残念なイケメン」でしかなくてー……


「お困りのようだね、おにーさん?」


聞き慣れない声が聞こえる。

ん? と思ったのも束の間、何もなかったはずの視界にぬるっと入ってきた人物がいて……


「やあ」


「うおっ!? びっくりした……誰だお前?」


「通りすがりの優しい女の子、とでも言っておこうかな」


涼しげな笑みを浮かべる彼女は頭に帽子をつけていて、そこから肩くらいの短い長さの髪が顔をのぞかせている。

身に纏っている制服はなんとも奇妙なことに、俺の通ってるとこと同じものだった。


「ねえ君、なんか困ってない?」


「はぁ? なんだよ、藪から棒に」


「なんだかお困りのように見えてさ。主に恋愛面について」


まさか、口に出ていたのだろうか。

まったくの初対面なはずなのに、彼女は何かを企んでいるかのようにほくそ笑んでいる。

まるで、弱点を全てこちらは知ってますよとでも言うように。


とはいえ俺も全くの知らない人に口を割るような人間じゃねえ。

例え口に出てたとて、さすがに相手までは知るわけ……


「君、好きだよね? 三星会長のこと」


心臓の鼓動が、急に早くなる。

なぜ、どうしてと焦るほどに汗が頬を伝う。

落ち着け、俺。ここで動揺しては、はいそうですと言ってるも同然だ。

なぜこいつがそのことをかぎつけたのかはわからない。

だが、俺にできることは一つ。冷静に……そんな人知らない素振りをするだけ……


「悪いけど俺は忙しいんだ。お前に付き合ってる暇は……」


「僕、会長と面識あるんだけどさ~他の人よりはよほど詳しいと思うんだ~あの人がどんなものが好きかとか、あの人の好きなタイプとか」


……流されるな、流されるな俺。

この女の言うことなんて、怪しすぎるにもほどがある。

そもそもなんで俺が会長に気があることがばれているのだろう。

こんなのおかしいって、こんなの怪しいってわかってる。

分かっている、はずなのに……


「僕がいれば力になれると思うんだけどなあ~先輩が卒業する前に告白するのも、夢じゃないと思うけど?」


彼女の方を向いてはいけない、心ではわかっているつもりだった。

それでも会長のことを知れるかもしれない。少しは告白へ一歩近づけるかもしれない。

ふつふつと沸き上がってくる可能性に、俺はいてもたってもいられなくなって……


「……お前、何者だよ」


帰ろうとしていた足を止め、顔だけ後ろを振り向いてみせる。

正面から見た彼女の瞳は、不思議なほど黒く澄んでいて……


「おっ、やっとこっちをみたね。杓璃ひょうり大学三年、九十九灯織つくも ともり。君の味方だよ」


帽子のつばをくいっとあげながら、にっと笑う。

彼女―九十九の笑みはどこか、不気味さを感じさせたー……


(つづく!!)

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