1.美少女には毒がありがち

携帯のアラームが、机の上で振動を立てている。

昨日のことを振り返るように見た夢を不快に思いながらも、重たい頭を持ち上げる。


「おはよ、稀羅。少しは寝れたか?」


「お~……まあ、多少は?」


「ならいいけど……ふふっ、頭に手の痕がついてるぞ?」


くすくす笑う昴を横目で見ながらも、手鏡で自分の顔を確認する。

うっすらとついた痕をどうにか消えないものかとも思ったが、俺にはさするのが精いっぱいだった。


上杉稀羅、9月13日生まれの19歳。

ついこの間、大学ニ年生へ進級したばかりである。

月日が経つのはあっという間で、やっと進路の道が明確になってきた気がする。

一年の時は正直本当に関係があるのか、と疑うような基礎ばかりであまり実感がわかなかったが……二年になると、専門的なものも少しずつではあるが増えてくる。

その代わり、勉強がぐんと難しくなったりで大変なんだが。

こうして空きコマの時間を使って体を休めるのも大事ってもんだぜ、うんうん。


「昴、ここの問題なんだが……む、なんだ稀羅。起きていたのか。それで、その後どうなったんだ。話はまだ終わってないというのに、眠りにつくとは……」


「だから、なんもなかったって言ってるだろ? どーせ、女子がふざけてやったお遊びかなんかじゃねーの?」


「いくら遊びでも彼女の心は俺に傾く可能性があると言うことだ。今すぐ名前を言え。稀羅が付き合えないのなら、俺が付き合うまでだ」


「お前には無理だからやめとけ」


向かいの席に腰掛ける北斗は、早くいえとばかりに体ごとこちらに向けてくる。

あの告白以来、こいつはなにかとどうなったのかと進捗を聞いてくる。

俺的にはなかったことにしていたつもりだったのだが、こうもしつこく聞かれると思い出してしまう。


あの時ー呼び出してきたのが輝夜聡寧だと知った時、こんな奴が俺に告白してくるわけはないと直感した。

相手が誰であれ、告白に答えられないのは変わらない俺はど直球に彼女へ想いを伝えた。


「………えっ……と……ごめんなさい、よく聞き取れなかったんだけど。本当に私のこと、知ってるのよね? その上で断っているの?」


今まで綺麗だと思っていた笑みが、崩れていっているような気がする。

口角はあがっているものの、目はまっすぐ俺を睨むように見つめている。

目が笑っていないというのはまさに、このことだろう。

無理に笑みを作っていることが、ばればれだ。

告白に振られてもなお、あくまでも感じがいい風を装うとしているのだろうが……


「さっきもいったろ、あんたのことは知ってるって。その上で断ってんだよ。つーか、無理に笑うくらいなら嘘っぽい笑顔やめれば? 悪いけど俺にはその告白も、嘘っぽく聞こえるんだけど」


先に言っておくが、俺に悪気はない。

昔から嘘をつかれるのが好きじゃないせいか,相手が嘘をついていたり笑顔を作っていたりすると、自然とわかってしまう。

こんなことがわかったって、得することなんてないがな。


「……人がおとなしく聞いていれば、随分ないわれようね」


ものすごく低い声が聞こえる。

彼女は長い髪をかき上げながら、わざとらしく深いため息をついてみせた。


「気付かれていたのなら仕方ないわね。そう、今のは全部演技。ゲームに負けた罰で告白させられたの……ごめんなさいね」


案の定、と言うべきか。

腕を組んだ彼女の顔つきは、別人のように思えた。

声色も優しいものだったのが、見下しているかのようなものに変わってゆく。

その様子をみつつも俺は、あくまでも冷静に話を続けた。


「別に、仮にガチだったとしても答えられなかったから気にしねぇけど」


「一瞬でも美人に告白されるなんて、いい経験になったでしょ? ぬか喜びさせてごめんなさい。私だって乗り気じゃなかったんだけど」


北斗よ、女子なんて所詮、仮面を被って男子を騙すバケモノだ。

美人な奴ほど性格が悪いって言うけど、本当だったんだなぁ。


「今のことは、お互い無かったことにしましょう。好きな人に告白できるといいわね」


そう言った後、彼女は何事もなかったように去っていって……


「にしても、本当一途だよな。仮に本当の告白だったとしても、好きな人がいるで断ってたんだろ?」 


その話を軽くしか知らない昴が、呆れたように言う。

隣でカリカリとノートにメモをしている北斗を眺め見ながら、「まあな」と返した。


「お前の一途さは尊敬に値するが、お前を好きになる女子が一人でも損していると思うと……一人残らずその女子を救ってやらないと……はっ!! 今、誰かに見られていた気がする………!」


「はいはい、いつもの自意識過剰な」


懲りずにきょろきょろ辺りを見回すあたり、北斗はほんとどうしようもない。

はたしてこの先、こんな奴を好きになると言う人が、いると言うのだろうか。

まったく、先が思いやられるぜ……

なんて油断していた時だった。

階段を登る足音が、聞こえる。

周囲にいたであろう女子達が、ざわざわしだすのが目にわかった。

なんだようと後ろを振り返ると、そこに現れたのはー……


「君たち、次の講義始まるよ? ここに残っていて、大丈夫なのかい?」


「せっ、生徒会長!!!」


勢いよく立ち上がったせいか、がたんと大きく音が鳴る。

そんな俺の様子を一瞥しながらも、彼女は変わらない口調で話しかけてきた。


「ここを使いたい人で、待っている人がいたよ。席数が限られているのだから、気をつけて」


「す、すみませんっ、今すぐ片付けます!」


「それと、額に痕をつけるほど休んでいたようだが……体は大丈夫かい? あまり根を詰めすぎてはいけないよ」


はっとして額を塞ぐ。

そんな俺の姿をみて優しく微笑んだかと思うと、彼女は身を翻して行ってしまった。

く、屈辱だ……まさか、まだ消えてなかったとは……


「こんなタイミングよく来るかよ普通……言えよお前ら! 痕消えてねーって! すげーださいじゃねぇか!」


「ギリギリまで寝るからと言ったのはお前だろ?」


「ごめん、忘れてるとは思わなくて……」


真顔で返す北斗に対し、くすくす笑う昴の姿に苛立ちを隠せない。

あまりの納得のいかなさに、思わずぐぬぬと歯を食いしばった。

彼女ー小早川三星こばやかわ みほは、うちの大学の生徒会長だ。

長身かつスレンダーな体型で、勉強も運動もできるTHE・優等生。

凛々しい佇まいや、その物言いから女子に人気があるのだが。


「相変わらずかっこいいよな、小早川会長。さすが、稀羅が好きなだけはあるよ」


「おぉい? それ以上余計なこと言うな。聞こえるだろうが!」


「好き好きいう割にいまだ相手に認識すらされていないとは、どうしようもないヘタレだな。仕方ない、ここはやはりオレが先に口説いて……」


「それだけはぜっってーゆるさねぇから! そんなことしたら二度と合コンセッティングしねぇから!」


彼女にあこがれ、もう二年。

ずっと背中を追い続けてきた。

この大学にきたのも、会長と一緒の大学に行きたくて……


「くっそぉ~! せっかくの初会話がこんな変な顔の時とか……ふざけんじゃねぇぞこんちくしょう!」


「まあまあ稀羅、落ち着けって。大丈夫だって、お前はいつでもかっこいいから」


「ああ。顔だけは、な」


「だけは余計なんだよ!!」


二人にワーワー言いながらも、待っていたであろう人にごめんと小さく返す。

その時は、思いもしなかった。

俺たちの姿をずっと、どこかで見られていたことをー……


(つづく!!)

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