第十話

「未来からやってきた娘!?」


 ヴァレンシュタイン邸の応接間にて、これまでのあらましを伝えると、ローレンツは目を丸くして驚いていた。


「ちょっとローレンツ、声が大きいわ……!」


 部屋の扉は念のため閉めていたが、エルネスタは慌てて注意する。

 屋敷の使用人たちにも、ハイデマリーの身元については遠縁の娘と説明しているのだ。彼女の情報がこれ以上広まっては困る。


「あ、す、すみません……。でも、まさか本当にそんなことが可能だなんて……。十年後の未来に時空魔法が存在しているってことですか?」

「私もよくわからないけど、そうでなければマリーがここにいる説明がつかないわ」

「トルンメル家は消滅したはずなのに……。あるいは、密かにその術を受け継いだ者がいる……?」


 ぶつぶつと、ローレンツが呟いている。

 彼もまた魔術師の一員として、消滅したはずの時空魔法を使って過去に送り込まれた人間がいることに、好奇心を刺激されたようだ。


「念のため言っておくけど、マリーのことは他の誰にも言わないでね。あなたなら大丈夫だと思うけど……」


 ローレンツとエルネスタは三年来の付き合いだ。

 エルネスタが魔術省研究棟第一研究室に入った一年後、ローレンツが入室し、そこからずっとよき先輩後輩としてやってきた。

 エルネスタが室長になってからも、彼は実に優秀に副官の役目を務めてくれていたし、友人としてたびたび相談にも乗ってくれた。

 そんな彼がハイデマリーの存在を明らかにするとは思えないが、念のため釘を刺しておく。

 

「当然ですよ! 魔術省のお偉い方にマリーちゃんの存在を知られたら、どんな非道な実験をされるかもわかりませんからね!」

「えっ……。マリー、怖いことされるんですか?」


 ローレンツの迂闊な言葉に、ハイデマリーが表情を曇らせる。

 

「だ、大丈夫よ! ローレンツがちょっと大げさな言い方をしただけだから」

「そ、そうそう。ごめんね、マリーちゃん」


 慌てて否定したが、ハイデマリーの表情は沈んだままだ。

 それもそうだろう。過去に送り込まれて右も左もわからないというのに、更にその身に危険が及ぶかもしれないと聞かされて、不安にならないはずがない。


「マリー、厨房に行ってお菓子を貰っていらっしゃい。今日は特別に、クッキーをあと二枚食べていいわ」

「……! 本当ですか!」


 ハイデマリーの表情が分かりやすく弾む。

 優しく頷いて彼女を送り出したエルネスタは、再びローレンツに向き直った。

 そして、ハイデマリーがここにやってきた経緯を簡単に話す。


「謎の老婆、ですか……」

「ええ。彼女の正体が分からない以上、私がマリーを未来へ帰す方法を探さないといけないんでしょうけど……」


 表情を曇らせると、それだけで事情を察したのだろう。ローレンツが、気遣わしげにエルネスタを見る。


「一度、トルンメル家の屋敷跡を訪ねてみてはどうでしょう? 周辺の住民に聞き込みをしてみたら、何かの痕跡が残っているかも……」

「確かに……! それは考えつかなかったわ」


 トルンメル家の屋敷は既に消滅しているため気にも留めていなかったが、周辺住民や現地の魔術師に聞けば、何か新しい事実がわかるかもしれない。

 もちろん、記憶を消却あるいは置換する魔術が使われている可能性もあるが、それは調べてみなければわからないことだ。


「ありがとう、ローレンツ。今度のお休みに、トルンメル邸の跡地に行ってみるわ」 

「お役に立てて光栄です」


 エルネスタの言葉に、ローレンツは人の良さそうな笑みを浮かべて頷いた。


 

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