第八話

「……それで、この子が未来からやってきたお前たちの娘というわけか」

「はい、父上」


 次の休日、エルネスタは早速ハイデマリーを連れて父の許を訪ねていた。

 慎重な父のことだ。あるいはエルネスタの正気を疑うかもしれないと心配していたが、彼は首筋の痣や魔力の気配をひとしきり確かめた後、意外とあっさり頷いてみせた。


「なるほど、髪や目の色は中将殿と同じだが、顔立ちはお前の小さな頃にそっくりだな」

「未来のおじいさまも、よく同じことをおっしゃってマリーの頭を撫でてくださいました」

「……君のおじいさまは、君に優しかったか?」

「はい! マリーはおじいさまが大好きです!」


 孫の笑顔を前に、父はまんざらでもなさそうな顔をしてみせた。


「そうかそうか。マリーは良い子だな。よし、今すぐメイドに美味しいお菓子を用意させよう」


 そう言って、ベルを鳴らしてメイドを呼びつけ、ハイデマリーを別室へ連れて行かせる。

 ちらと父の様子を窺い、エルネスタは驚愕した。

 ごくごく薄い微笑とはいえ、彼が笑っているところを見たのはいつぶりだろうか。

 エルネスタにとっては厳格な父親だったが、孫には実に甘い『おじいさま』のようだ。


「どうした、エルナ。私の顔に何かついているか」

「い、いえ。なんでもありませんわ……」


 父の意外な一面に驚いたものの、それを口にする勇気はないエルネスタである。

 こほんと咳払いを一つ落とし、本題に移ることとする。


「それで、マリーのことですが。父上なら、時空を操る魔術について何かご存じないかと……」


 魔術省には魔術に関連する膨大な量の書物を所蔵する書庫があるが、二等魔術師であるエルネスタはすべての書物を閲覧する権限がない。そのため、一等魔術師であり魔術師団長でもある父ならばあるいは――と期待していたが、返事ははかばかしくなかった。


「残念ながら、トルンメル家や時空操作に関しての記述のほとんどは、魔術によって不可視化されている。僅かに残った記録も、トルンメルの家系図や功績などごく一部のみだ」

「そうですか……。お力添え、ありがとうございました」


 当代一の魔術師である父ですら読めないというのなら、書物にかけられた魔術はよほど強力なものなのだろう。

 思わず落胆したが、せっかく調べてくれた父の手前、それを顔に出すわけにもいかない。


「マリーを未来からこの時代に送り込んだ者がいるということは、時空を操作する魔術は完全に失われたわけではないということ。私のほうでも引き続き調査を行いますので、父上も何らかの手がかりを見つけたら、すぐにお知らせください」


 そうは言ったものの、先ほどの父の言葉を聞く限り、望みは薄いように思われた。

 あるいは、このままハイデマリーがこの時代に残る可能性を考えておいたほうがいいのかもしれない。

 少なくともエルネスタにはハイデマリーを育てる覚悟があったし、ヴィンフリートだって、頼る者のいない子供を放り出すような真似はしないだろう。


「それでは、そろそろお暇いたしますわ」


 父にお辞儀をし、エルネスタは別室にいるであろうハイデマリーを迎えに行くため、ドアノブに手をかけた。


「エルナ――」


 背中から声をかけられ、振り向けば、父が何か言いたげにエルネスタのほうを見ている。

 何か言い忘れたことでもあったのだろうか。


「何でしょう、父上」

「いや……。お前、中将殿とはうまくやっているのか?」


 本当に言いたかったことを呑み込み、別の話題でごまかしたかのような雰囲気だった。

 しかし、口下手な父が言い淀むことは珍しくもなかったため、エルネスタは特に気にすることもなく微笑む。


「ご心配には及びません。とてもよくしていただいております」

「そうか。それならいいのだが」


 寡黙な父なりに、四度も婚約破棄されようやく嫁いだ娘のことを心配してくれていたのだろう。

 

「父上もぜひ、今度ヴァレンシュタイン邸へいらしてください。ヴィンフリートさまもマリーも喜びますわ」


 そう言って、エルネスタは今度こそ部屋を後にしたのだった。



 

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