第12話 メイドの日


ある日。

吉瑞に、可愛い菫ちゃんを見せびらかす、という名目で家に呼ばれた榊は、いつも通りにチャイムを鳴らした。

(あいつすみちゃんに何やってんだ)

若干イラつきかけたところでドアが開く。

出て来たのは、黒と白のクラシカルなタイプのメイド服姿の菫。ふわりと、白いフリルのエプロンと下ろされた艷やかな黒い髪が揺れた。

「うお!すみちゃんどうした、その格好。メイド服?」

あまりの光景に、榊は二度見する。菫は恥ずかしそうに顔を反らした。

「ええと。吉瑞さんです。家にあったから着てみて、って」

「この家どうなってんだよ……」

「くらしかるなろんぐたいぷのデザインだそうです」

「棒が過ぎるだろその台詞」

真っ赤な顔の菫を見て、榊は笑い出す。奥から吉瑞がやって来る。

「見た!?めっちゃ可愛いよね、菫ちゃん!似合うー!」

ますます顔を赤くして俯く菫を、吉瑞がギュッと抱き締めた。榊は少しばかり面白くなさそうな顔になる。それを見て、吉瑞はますます笑った。

「そんな顔しない!とっておきがあるから。菫ちゃん、私戻ってるねー」

吉瑞はさっさと引っ込んで行く。ようやく玄関に入り、後ろ手でドアを閉めた榊に、菫がす、と近付く。

「ん?」

「……おかえりなさいませ、晃次郎さま」

上目使いの目は、恥ずかしさで潤んでいる。榊は理解が追いつかず、一瞬目を丸くした。菫は直ぐ目を逸らす。逃げようとする恋人の腰を、我に返った榊は素早く抱き寄せる。真っ赤になった彼女の耳に、囁いた。

「ご主人様、じゃないんだ?」

「名前、嫌でしたか?」

「嫌な訳ないだろ。……すげー似合ってる。この格好で外出るなよ」

焦るような榊の声に、菫は小さく笑う。

「出る訳ないです。私は晃次郎さまにしか仕えません」

「可愛すぎて調子狂うわ……吉瑞のやつ、とっておきってこれかよ。あいつが用意したとか癪だけど、まずは写真撮るか」

「晃さんが一番張り切り出しましたね」

榊の手が離れ、菫がやや呆れた表情で彼を見る。

「いきなり可愛い恋人のメイド服姿なんて見せられてみろ。今一番俺の理性頑張ってるから」

溜息をつく榊に、菫は声を出して笑った。


その後、菫にコーヒーとクッキーを振る舞われ、榊は恋人の全ての所作に目を奪われていた。それを、大分長いこと吉瑞にからかわれることになったのはまた別の話。

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