第10話 バレンタイン
バレンタイン。
この日、菫は榊を自分の部屋に招待していた。手作りチョコを振る舞う為だ。
オフホワイトのゆったりしたセーターに、ワインレッドのロングスカート。髪をハーフアップした姿で出迎えた菫を見た榊は、一瞬見惚れる。
「晃さん?」
「可愛い」
ふわりと頭を撫でられ、菫は恥ずかしそうに目を伏せた。
「ありがとうございます。バレンタインですし、部屋に来てもらうので、たまには良いかな……って」
「似合ってるぜ。これからも見たい」
「ど、どうぞ」
照れから少しパタパタと中へ戻る菫を、榊は笑って追った。
「美味しいコーヒーらしいんですよ」
菫は先に、ローテーブルの前に座る榊へドリップコーヒーを淹れる。香ばしい香りが部屋を包んだ。
「これも用意してくれたのか」
「私コーヒー飲まないので、お口に合わなかったら悪いんですけど。お店でおすすめしてもらった物なので、美味しいと思います」
「サンキュー」
当然のように自分の好物を用意してくれた菫に、榊は暖かい気持ちになる。菫はキッチンから、二枚の皿を持って来た。皿の上には、
「生チョコ?」
「はい。ケーキ系と悩んだんですけど、前にチョコケーキ食べてもらったので。家に来てもらえるなら、保存の心配しなくて良い生チョコが良いかなと。こっちがビターで、こっちがミルクの生チョコです」
綺麗ないくつもの正方形に分けられ、ココアパウダーが乗ったそれは、シンプルながら既製品と遜色ない仕上がりになっている。
「美味そう!」
自分の分の紅茶も用意して菫も座ると、榊は笑って菫を見た。
「食べさせて」
「へっ?」
菫は目を丸くする。
「菫が作ったチョコ、菫に食べさせてもらいたい」
理解したのか、菫は頬を赤くする。
「……良いですよ」
菫は榊の隣に座り、スプーンに生チョコを乗せる。
榊に向き直ると、菫は一瞬考えてから口を開く。
「えと。あーんしてください」
「ん」
運んだスプーンから、はくり、と生チョコは榊の口へ消える。
「美味い!やっぱり菫のお菓子は良いな」
笑って言う榊の耳が、僅かに赤い。
「晃さん、耳赤いです」
菫が言えば、少し困ったような顔で笑い、手で顔を覆って菫から顔を逸らす。
「?どうしました?」
「いや、あーんして、まで言ってもらえると思わなかった、ってのと、してもらうとやっぱ嬉しい、ってこと」
聞いた菫の顔が真っ赤になる。
「晃さんが言ったんですよ!」
顔から手を外し、榊は菫を見る。
「おう。だから、今すげー幸せ。ありがとな、菫」
素直に言われてしまい、菫はとりあえず怒りを引っ込める。
「……もう一回、します?」
「してほしい」
嬉しそうな榊の笑顔が綺麗で、菫は少し目を逸した。
チョコを食べ終え、コーヒーを飲む榊の裾を、洗い物から戻って来た菫が少し引く。
「ん?どうした?」
「あの、もう一つ、渡したいんですけど」
「もう一つ?」
不思議そうな顔の榊の唇を、菫が塞ぐ。少しして離れると、榊に残ったのは甘いーー
「チョコ?」
「の、香りのリップです。バレンタインなので。期間限定で売ってたんですよ」
甘い香りでしょう?と、微笑む菫は耳まで赤い。ほんのりと薄紅に色付くルージュを乗せた恋人は新鮮で、榊には更に愛らしく映る。
「何処で覚えてくんの?そういうの」
榊は優しく菫の腰を抱き、引き寄せる。顎をくいと持ち上げて口付けし、ルージュごと、菫を味わうようにその唇を舐めた。
「ーー確かに甘い。これから会う時、つけてきて。食べたいくらい可愛い」
「……毎回はしませんからね」
「じゅーぶん!ありがとな、チョコもコーヒーも。最高のバレンタインだ。菫とゆっくりイチャつけるし」
菫は呆れた目で榊を見上げる。
「一言多いんです、晃さんは」
「嫌?」
「嫌な訳ないじゃないですか。いつもありがとうございます、晃さん」
パッと花が咲いたように笑って、菫は榊に抱きつく。
榊はどうしようもないほどの幸せと共に、愛らしい唯一無二の花を受け止めた。
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