第9話 節分
今日は節分だ。
私も晃さんも休みだから、買い物をして晃さんの部屋で夕飯の恵方巻きを一緒に作る。豆も用意した。
日が落ちる前に、豆を外へ撒く。
「何か……雑なのが多いな」
窓から少し顔を出して、晃さんが呟く。節分は普段分かりにくいモノも、割と分かりやすく視えることが多い。晃さんには雑に視えているみたいだけど。
「雑……というか、不完全ですね。指の欠けてる手だけとか、大きい足だけとか、人の手が生えてる布とか」
幽霊かと言うと、感覚だけで言えばモノノケとか妖怪に近そうな。三階の高さにあるこの空を、それらはただ通り過ぎて行く。
「まあ、今日ってそういう日だもんな」
事もなげに言って、晃さんが豆を掴む。私も豆を手に取り、彼を見上げる。私の視えている日常を誰かと普通に共有し、過ごせる日が来るとは考えていなかった。言葉や話を選ばなくて良い。多少は私のままで過ごしても気にせずいられることが、こんなに心地良いとは思わなかった。
「ん?どうした」
晃さんが私を向いたから、黙って首を横に振る。私たちは窓に並んだ。
「鬼は外、福は内!」
きちんと決まりの文言を言って、二人で豆を投げる。瞬間、部屋が少し明るくなった気がした。空気も良いような。晃さんと顔を見合わせる。
「……流石。現代まで続くほどの伝統や習わしは、馬鹿に出来ねぇなあ」
「外にいたモノも、居なくなりましたね」
晃さんが笑って窓を閉める。作った恵方巻きを黙って食べて、おまけで作ったロールケーキを出し、しばらくのんびりする。
「休みで良かったぜ。節分の夜に外にいるとか、面倒の予感しかしないからな」
「毎年節分てどうしてたんですか?」
「仕事が無けりゃ家に居た。節目はな、いろいろ出るし、視るから面倒なんだ。菫は?」
「私も極力家に居ましたね。最悪引っ張られるので。悪い日で無いのは分かるんですけど、少し危ないんです」
厄払いの日に死にかけるとか、笑えないけと。ぐいと手を引かれて、私は座る晃さんに横抱きに抱えられる。暖かい。
「今年はどう?」
晃さんがにやっと笑う。
「晃さんと過ごせて、嬉しいですよ。今までで一番安心した節分です」
言ったら、顔に手を当てて私から逸らす。何で。
「晃さん?」
顔から手を外した晃さんに、強い力で抱き締められる。身体がより近付いて、手首も掴まれて、動いても更に強く握られて離れられない。ドキドキしてるのが聞こえるかもしれなくて、恥ずかしかった。
「……可愛すぎ」
「え!?」
見れば、何か悩むような気難しい顔をしている。うーん……。
「晃さん。離れないので、少し手緩めてください」
「ん?」
少しだけ身を起こして、晃さんの頬に一瞬口付ける。もう少し、と思っても、晃さんの暖かい手に少し引かれて、もたれるように落ちてしまった。呆気に取られた顔をしていて、ちょっと可笑しい。
「私も。私から、その、キスしたいと思っているんですよ。本当に、幸せなんですからね」
顔が熱くなって、もうダメだと思った。晃さんは、屈託なく笑う。
「参った。降参だ」
「え?」
また抱き締められる。包み込むみたいに優しく、でも動けないくらい強く。晃さんを見上げることしか出来ない。されるまま、髪を優しく梳かれる。
「しばらく離さねぇから。言葉じゃ足りないからな。俺も幸せだ」
優しい目で笑う晃さんが綺麗で、目を逸らす。でも直ぐ、顎をくいと持ち上げられた。
「俺だけ見てくれ」
嬉しさと恥ずかしさで、涙目になる。
「先越されたけど、今からは俺の番だから」
にやっと笑う彼に、少し嫌な予感がする。
その後は本当にしばらく離してもらえなくて、首や額や頬、あちこちに口付けを落とされた。
綺麗だし何だか少し悔しいような気がするけど、晃さんに同じことしたらどんな顔をするか見てみたくなったから、今度やってみようと思う。……出来るかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます