第3話

 スメラギには霊が見える。スメラギの目に、霊は生きている人間と同じ姿に映る。足のない姿で描かれている絵画があるが、スメラギにはきちんと両足が見える。生きた人間と変らない姿のため、一瞥しただけでは霊とは分からない。見分けるコツは足元だ。この世に実体をもたない霊に影はない。

 見えるだけではない。霊の発する声も聞こえるため、会話を交わすことも出来る。鏡子さんの話と、新聞から情報を得た不動産屋の話ではいくつか異なる点があった。自分を殺した犯人を捜し出すため、鏡子さんはこの世にとどまっているという。犯人を捜している間、ついでといっては何だが、鏡子さんには事務を手伝ってもらっている。といっても、死んだ人間が生きた人間相手の探偵稼業を鏡子さんが出来るはずもない。鏡子さんに手伝いを頼んでいるのはスメラギの表稼業の仕事だ。

 スメラギの表稼業は、死者の心残りを解消することだ。稼業というより、家業といった方が正確だ。強い霊能力を持つ皇の家の人間は代々、霊と関わってきた。霊能力と関係があるのだろう、皇の家の人間の髪は生まれつき白い。スメラギが十八歳になった時、今後はお前に任せると父は引退し、今は全国を旅して回る悠々自適の生活を送っている。

 父に押し付けられるような格好で引き継がされた家業だが、特に不満はない。見えるスメラギにとって霊は生きている人間と変わりなく付き合える連中で、友達の頼みをきいてやっているような感覚でいる。幼い子供がさぞかし心残りだろうにと、若くして死んだ母について周囲の人間が言い続けてきたのを耳にしてきたせいで、母の思いをくむような気持ちで心残りを解消してやっている。

 探偵業は副業だ。本業で得た報酬は皇家のものとなる。そこから必要な額を手当てとしてもらっているため、自由になる金が欲しくて探偵業を始めた。本業が本業だけに、副業に普通の職は選択できなかった。本業の依頼があるたびに休んでいては首になる。その点、外での調査が多い探偵は身の自由がきいた。ガードの固い調査対象者の場合には、その辺をうろついている霊に動きを教えてもらうことが出来、仕事の手間が省けた。おかげで、優秀な調査員という称号を戴いた。

 死の訪れは突然だ。どんなに思うがままに生きてきたとしても、心残りのひとつやふたつはある。明日やろうと先延ばしにしたその明日が来る前に死んだり、いつかの未来は訪れなかったり、様々な事情で死者たちはこの世に思いを残す。

 死神の迎えを受け、しぶしぶあの世へむかう死者もいれば、すきをみて逃げ出し、この世に留まる死者もいる。心残りを解消するまではあの世にいけない、いきたくないという訳だ。鏡子さんもこの手で、自分を殺した犯人を捜し出すまではこの世に留まると言っている。

 死神の手を逃れ、この世にとどまる死者の霊は幽鬼となる。時たま人の目に幽霊とみえるのはこの幽鬼である。はじめのうち、自力でどうにか心残りを解消しようとする幽鬼だが、生きていた時のように行動できるはずもない。そこでスメラギを頼ってくる。

 スメラギ自身は死者たちの何でも屋だと認識している。実際、スメラギは恨みをはらす以外の依頼ならば何でも引き受ける。最も多い心残りは人間関係、特に恋愛関係と家族関係が目立つ。思いを告げたいだとか、謝りたいことがあるだとか、感情面での澱を取り払いたい人間が多い。変わった依頼では、どうしてもどこそこのあれというラーメンが食べたいという心残りがあった。

 心残り解消の依頼は、死者本人からだけとは限らない。死んだばかりの死者を連れた死神に、この世での心残りを取り払ってくれと言われることもある。死者をあの世へと連れていくのが死神の仕事だ。だが、この世の未練を残す死者は素直に死神に従ってあの世へと行ってはくれない。逃げ出す者も多く、一旦逃げられてしまうと追うのは難しい。

 死者に逃げられると、首切りにあうのだという。解雇という意味合いではなく、文字通り、首を切られるのだそうだ。獄卒が持つ鎌で首を切られる。首を切られたとしても、死神なので死にはしない。死にはしないが、首が切れると頭部が落ちる。頭を元に戻そうとしても、目は落ちた頭にあり、手は離れた胴体にあるため、動きがちぐはぐになり、簡単には戻せない。そのあたふたした様子を見るのが閻魔王の愉しみなのだそうだ。流血シーンを演出するため、わざわざ血のりを首元に用意したり、首を元に戻すのが面倒なのとで、痛くもなければ死にもしないが、首は切られたくはないと死神はこぼしたことがある。死神とて楽に仕事がしたいため、死者がぐずった場合はスメラギのもとに連れてきて、心残りを解消させるのだ。

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