08話
「す、好きだって言ってくれたわけですしこのまましてしまってもいいですよねっ」
側でぶつぶつと呟く声が聞こえてきて目が覚めた。
どうしよう、このまま寝たふりを続けた方がいい方に傾くだろうか? 昨日は不機嫌のまま寝てしまったから普通に声をかけるよりはその方がいいのかもしれない。
ただ、多分この感じだとやろうとしているのはキスだろうから背を向けてぶつぶつと呟いている間に歯を磨いて戻ってきた。
それから彼女の正面に移動をして唇に唇をくっつける、初めてにしてはそんなに悪くないキスができたと思う。
まあ? ベテランさんなんかに比べたらクソもいいところだと思うけど。
「おはよう」
「おはようございます」
「朝ご飯を作るよ、ちょっと待ってて」
調理を始めて少ししてから「ひゃあ!?」と大声を出したので振り返ってみたらひっくり返っていて驚いた、大きな声よりもなんでそうなるのとツッコミたくなることだと言える。
それでもこちらの方が優先されることだからとにかく作ってひっくり返ったままの彼女の前にお茶碗などを持って行った。
「さ、食べよう」
「そ、それっ」
「ご飯だよ、食べよう」
いただきますと挨拶をしてから食べ始めた自分、けど、この反応を見るにやろうとしていたのはキスではなかったのだろうか? 期待していたのとは違ったからここまで驚いている可能性がある。
うーん、ただもうやってしまったものはどうしようもないからな、と。
「……こんなに私が困っているのにご飯を食べるなんて酷いですよ」
「求めているのかなーって思ってね」
「……でも、自分からした場合とされた場合では違いますよね?」
「あ、ちゃんとみさとがぶつぶつ呟いている間に歯を磨いてきたからね?」
「そういうことが言いたいのではありません」
とりあえず冷めてしまう前に食べてよと言ったらちゃんと言うことを聞いてくれてよかった。
待っているよりも自分の方からしてしまった方が気楽なのだ、許してほしい。
「ごちそうさまでした、洗い物をやるから食べ終えたら持ってきて」
「はい」
二人分しかないということで洗い物はすぐに終わったから課題をやることにした、分からないところはこの優秀な人に聞けばいいからなにも困らない。
とはいえずっとそれと睨めっこをしていると疲れてしまうからある程度のところでやめて本を読んでいた彼女に意識を向けた。
「みさと、もう一回言うけどみさとのことが好きなんだ」
「嬉しいです、ありがとうございます」
「だからそろそろベッドで一緒に寝るとかやってもいいと思うんだ」
「……はっきりとする前からしてくれていても私は構いませんでしたけどね」
「流石にそれはね、でも、もう遠慮をしたりとかしないから」
こういうことがしたいなどと言っておきながら結局相手のことを求めていたのは彼女だけだ、自分の方はそれができていなかったからこれからは変えていく。
「あたしのでよければお弁当とかを作りたいんだけど、どう?」
「いいんですか? それなら私がかなさんのお弁当を作りたいです」
「ありがたいけど教師なんだし大変じゃない?」
「大丈夫です、なので作らせてください」
そうか、それなら母からも作ってもらってお昼休みをもっと贅沢な時間に~なんてのもいいかもしれない。
食材費がどれぐらいになるのかが分からないからあまりわがままは言えないものの悪い気持ちになるようなことはないと断言することができる。
「あとはそうだね……一緒に登下校とかデートなんかは気軽にできないからどうしようか」
「一週間に最低でも一日は泊まってほしいです」
「はは、みさとがいいならそうさせてもらうよ」
その場合は土曜日がいいな、翌日も休みというのが大きい。
平日だと彼女が帰ってくる時間が確定しているわけではないし、仮に少し早く帰ってきたとしてもゆっくりはできない、だから土曜がいい。
「それと先程のことに関係していることなんですけど」
「キス?」
「……不意打ちでしたりするのはやめてください、心臓に物凄く負担がかかります」
「でも、あのまま寝ていたらあたしはされていたんだよね? その場合はあたしの心臓に負担がかかっていたと思うけど」
「かなさんは違いますよ、あの後だってすぐにご飯を作っていたじゃないですか」
事実その通りだから彼女が勝手に言っているだけとはならない、これはいいようで悪いことのような気がする。
どきどきしたりすることがなくなってしまったらどうなるのか、どきどきできるまで過激なことを求めかねない。
欲望に正直な人間である自分の場合はそうなるのだ、恋人を積極的に涙目にしたいだなんて悪趣味はないからコントロールをしなければすぐに駄目になりそうだ。
「絶対に内側で私のことを笑っていましたよね、こっちがどれだけ困っていたのかなんて分かってくれていませんよね」
「そんなことはないよ、笑ったりするわけがない」
「でも、なにをしているんだこいつ的な目で――ち、近いですよ?」
「本当に笑ってなんかいないよ、それに自覚していなかっただけで心臓が暴れていたかもしれないよ? だからもう一回して確かめてみようよ」
なにを言っているのか。
「さ、先程ご飯を食べましたっ」
「あたしもそうだよ、だけど気になるなら歯を磨いてからにする?」
物すごい速さでぶんぶんぶんと頷かれてしまって止めることはできなかった、すぐに目の前から彼女が消える。
あと仮にどきどきしなくたってあんなことを短時間で何回もするのは違うだろう、つまり既に後悔をしていた。
「み、磨いてきました」
「触ってみて、ほら、どきどきしているでしょ?」
「……本当ですね、先程の私と同じぐらいかもしれません」
「うん、だから通常通りなんてことはありえないよ」
そういうことにして朝から変な時間になるのはなんとか回避することができた。
本の内容が気になるだろうからと読書に戻ってもらい、こちらは床に寝転んで待っていただけなのに慌てた心臓を落ち着かせていく。
「本当にありがとう」
「え? あ、ごめんなさい、本に集中していて聞こえませんでした」
「なんでもないよ、さてと、ちゃんと両親に報告でもしてくるかな」
ついでに走って内を奇麗にするのもいいかもしれない、あの子の家に行くのは明日かな。
でも、なにを勘違いしたのかこちらの腕を掴んで「行かないでください」と言ってきている彼女がいる、このまま連れて行ってしまってもいいのだろうか?
「聞いてもらえなくて拗ねているというわけじゃないよ?」
「……単純に行ってほしくないだけです」
「と言われてもなぁ、これまでも毎日顔を見せていたわけだからさ」
一応自分の娘なわけだからいきなり来なくなったら心配になるだろう、いや、心配してほしい。
「……大人としてそろそろ行かないといけませんよね」
「あーまあ堂々とやるためには必要なことかもね」
「それなら行きます、少し待っていてください」
父はともかく母はどういう反応をするのか、ここで待ったと言われてもすぐに変えられはしない。
あたしの家までは変装した状態で行くことに決めたらしく普段の自分みたいな髪型になっていた。
「入るよ」
「はい」
さあ、どうなる。
「おかえ……はは、やっと連れてきたんだ」
「うん、そろそろって話し合いをしてさ」
「あれ、鯉田先生って髪が長かったような……あ、そういうことか」
とりあえず二人で話したいとかなんとかでリビングから消えた、階段を上る音は聞こえてこなかったから客間で話していると思う。
意外にも自由になってしまったため父を探すことにした自分、が、どうやらいまは家にいないみたいだった。
どうせなら父にだってちゃんとどうなっているかを話したかったもののいないなら仕方がない、わざわざ帰ってきてもらうのも違うだろうからね。
「話は終わったからもう大丈夫だよ」
「え、あ、いいの?」
「ちゃんと隠し通せるならね」
「分かった、じゃあまた明日も行くから」
「うん」
少し弱った感じの彼女の腕を掴んで外に出る、依然として暑いがやらなければならないことができたから気にならない。
ただまあ本来なら色々とやる前に報告をした方がよかったことには変わらない、これからはちゃんとしていこうと思う。
「勇気を出して一緒に来てくれてありがとう」
「……かなさんのお母さんは怖いです」
「え、やっぱりなにか言われたの?」
こちらに言ってこなかったのは言い争いを避けるためか、だけどそれならこちらに自由に言ってくれた方がましだった。
彼女は巻き込まれた側でしかないしね、結局受け入れたのなら同罪だということでもきっかけを作ったのはこちらなのだからそうするべきだ。
「どこまでやったのかを答えるまで出ることができませんでした」
「あ、そういうこと。はは、こんなことは初めてだからね」
「でも、初恋ではないですよね?」
「初恋だよ、簡単に好きになったりはしないよ」
「そうなんですか? 少し意外です」
意外……まあ、高校生になるまでの自分は知らないわけだから仕方がないか。
暑いから走るのをやめて彼女の家に移動した、この家は少し窓を開けているだけで十分涼しいから落ち着く。
「一つかなさんにしてもらいたいことがあるんです、私みたいに髪を伸ばしてほしいんですよね」
「一回だけ伸ばしたことがあるけど大変でやめたんだよね、でも、みさとがそう言うならまた伸ばすのもいいかもしれない」
すぐにどうこうなるわけではないがこうして一緒に過ごしている間に伸びてくれることだろう、あとはその伸び切ったときにもまだこの関係でいられているのかどうかが大切になってくる。
仮になにかがあって側に彼女がいなかったとしたら長い髪を切って失恋~みたいにしても――よくない、そうならないように願っておこう。
「みさとはそのままでいてね」
「自分で言うのもおかしいですけど気に入っていますからね」
「髪のことだけじゃないよ? みさとらしく側にいてほしいんだよ」
「はい、私は私ですから」
いいところを増やしていこう、それで身長以外のことでも求めてもらえるようになりたい。
こっちのことを静かに見ていた彼女によろしくと言うといい笑みを浮かべて「こちらこそよろしくお願いします」と言ってくれたのだった。
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