06話
「これ、ばれませんか?」
「大丈夫です、かなさんは長い髪でも似合いますね」
「みさとは短髪だと違和感がすごいです」
「普段は長いですからね、さ、行きましょうか」
付き合っているわけではないがイケない関係になってから初めてのお出かけだ。
私服で外にいるのに走っていないと違和感があるがまあ今日はそんなことよりも隣を歩いている彼女が気になる。
「今日は少し暑いですね、かなさんは大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ、気になるならお店に入ります?」
「んー」
「焦らなくて最後まで付き合うので大丈夫ですよ、でも、寄りたいところがあったら遠慮をしないで言ってくださいね」
日曜ということもあって沢山の人が歩いている、二人きりになる時間というのは全くない。
それでも身長はそのままでも普段とは全く違う姿になっているからばれることはない、というかばれては困る。
「敬語はいらないです」
「それならみさとも――分かったよ」
「あと、あそこのお店に寄ってもいいですか?」
「大丈夫だよ、行こう」
喫茶店か、二つの意味で初めてだ。
とはいえ、普通にしていれば悪目立ちしてしまうなんてこともないから特に緊張もしていなかった、ちなみに彼女と出かけるということについてもだ。
なんか家で自由にやっている時間の方がやばい気がする、〇〇していいかと聞くと断らずに受け入れてしまうから抑えるのに苦労する。
「私はアイスコーヒーにします、かなさんはどうします?」
「あ、それなら同じやつで」
「分かりました」
もう七月になる、だから冷たい飲み物はどんな種類であろうとよく効く。
走った後なんかにはぬるい飲み物の方が体にいいがどうしても誘惑に負けてしまうときの方が多い。
「ふぅ、今日はそわそわします」
「もしかしてそれって」
「はい、だって本当はいけないことをしているんですからね」
それなのによくいきなり休日のお昼にお出かけしてみようとなったな。
あたしはずっと家でしか遊べない関係でも別によかった、彼女といられればそれでいいからだ。
だけどこの感じだと彼女的にはそれだけでは物足りないということか、だから勇気を出して出てきたことになるとそういうことなのか。
「でも、私はかなさんと仲良くなりたいです」
「はは、ありがとう」
「違いますよ、それはこちらが言わなければいけないことなんです。ありがとうございます」
ただ、何故かその割には少し不満そうな顔をしているのが気になった。
まだ始まったばかりで今日なにかミスをしてしまったというわけではない、となると、今日以外の日でやらかしてしまったことになるのだろうか。
誘われれば家に行ったし、返信だってちゃんとした、……分からないぞ。
「……てっきり私にだけしてくれていると思っていたんですけどね、かなり痛いですが抱きしめてくれたわけですし……誰だってそうなれば期待してしまうと思いますけどね」
ま、まじかぁ、それならあの子が言っていたように本気で嫉妬していたのかぁ。
でも、それから数度会っておいて言うのはいまってどういうことなのだろうか? 我慢をしようとしたものの我慢ができなかったということなのかな。
いや、そんなことはよくてどうすればいい、あの子が求めてくれるのは普通にありがたいことだから彼女だけにするよなんて言えないぞ。
だってあの時間がなくなったらきっとあの子は来なくなる、クラスでは友達といるような様子もないがあたしといる価値がなくなるのだ。
「ごめん、あれだけは許してくれないかな」
「……適当だったんですか?」
「あれもこれもそれもと求めてしまうような人間性なんだよ、それにあれはあの子とゆっくりお喋りをするためでもあるんだ」
禁止ということならもうこうして会うのはやめる、変装をしようがリスクがあることには変わらないし、なにかがあった場合に困るのは彼女だからだ。
きっとあたしが一方的に無理やりやったと言っても信じてもらえない、だからそのきっかけを作らないようにするのだ。
「もうやめにしよう、これで帰るよ」
「えっ」
「最初からお仕事的に無理だったんだよ、お金、ここに置いておくので後はよろしくお願いします」
って、終わりにしようって終わらせたいのは複数の人間に対して同じようなことをしていることを知った向こうの方だよな。
まあいいや、まだまだ時間はあるから走りに行こう。
あまり意味のない携帯や財布を持っていただけだったからそのまま行こうとしたものの揺れて邪魔だったから置いていくことにした。
だが、何故か外に出た瞬間に来ていたみさとに抱きしめられて固まる。
「嫌です、終わりにしたくないです」
「あ、ちょ、痛い痛い痛い」
「……別にあのことならそのままでもいいですからこのままがいいです」
「あ、じゃあみさとも走りませんか? 仲間が欲しかったんですよね」
すぐに敵扱いして勝ってやる! と燃える自分だがこうなれば普通に戻る、お喋りしながら危険のない場所を走るのも楽しくていい。
「えっ、わ、私、絶対にかなさんに付いていけませんっ」
「いいからいいから、ちゃんと合わせるから行こうよ」
「その前に終わらないと言ってからにしてください」
「いいからいいから、さあほら荷物を置いて行きましょー」
というかどっちにしろ彼女の荷物はこの家にある、つまりどんなことになろうと、先程みたいなことになろうとここに来なければならなかったのだ。
そういう点ではあたしの選択は少し意地悪だったかもしれないと気づき反省した、それでもそれとこれとは別というやつで走るのはやめない。
「ありがとね」
「……本当は怒っています」
「それでいいよ」
年上なのだからもっと強気な態度でもいいぐらいだ。
すぐには無理でも七月が始まって終わる頃にはなんとかしてほしいところだった。
「あっつ……」
七月になってからは分かりやすく影響を受けている、現実逃避をして勉強もせずにこうして出てきているあたしに罰かってぐらいには汗をかいていた。
いつもならなにも感じない、あっても自動販売機があるなー程度で終わらせられるそれにも負けて水を買って飲むことになった。
「こんにちは、今日は暑いね」
「あっ……どうも」
この子はいつも涼しい顔で抜いて行く子だ、わざとしているようにしか思えないようになったぐらいには意地悪だった。
今日も暑いねなどと言っているくせに涼しそうな顔をしている、馬鹿にされているわけではないと分かっていても引っかかる。
「あなたがいつも走るところを走ってくれていて助かるよ、モチベーションになるからね」
「……でも、すぐに抜かれますから意味はないんじゃないですか?」
くそ、こんな発言をしている時点で敗北している、あたしはこの人には勝てない。
「ううん、そんなことはないよ、それに今日も元気でいてくれているということを確認できて嬉しいかな」
「走るのが好きなんです」
「いいね、でも、部活に入っていないのがもったいないね」
「失敗をしたら迷惑をかけてしまいますから、それじゃあこれで失礼します」
もっと頑張ろう、それであの人におっと思ってほしい。
それと卒業までになんとかできればいいぐらいのレベルではあるがもっと早く帰ることができるようになりたかった。
放課後になったら速攻で出て母が帰宅する時間までに満足できるだけ走って帰るというのが理想だ。
「ただいま」
まあ、現段階でもご飯を作って完成させられるぐらいの余裕はあるけど……。
あれだ、余裕があっても寂しいのだ、母のことを考えないのであれば母が帰宅してから作るのが一番だと言える。
「あ」
インターホンが鳴って玄関に向かうと鳴らしたのはあの子だというのが分かった、だけど何故か怖い顔をしていて家に上げたくなかった。
それでも玄関のところでずっと喋るわけにはいかないから上がってもらって飲み物も渡す、この家に彼女が来たのはこれで二回目だ。
「私がなんのためにここに来たか、あんたは分かるわよね?」
「今日は足を貸していなかったから?」
「そうそう、あんたの足は素晴らしいんだから毎日貸しなさい――じゃないわよっ」
「わっ、びっくりした……」
「私の方がびっくりしたわよっ、鯉田先生と上手くいっていたんじゃなかったのっ」
ん? ああ、これは勘違いをされているのか、こんなことは初めてですぐに答えることができなかった。
彼女からしたらこれは悪く見えたのだろう、こちらの腕を掴んで「ちゃんと言いなさい」と興奮気味だ。
「あの人は走るときのライバルなんだ、一度も勝てたことがないんだけどね」
「……どうせいつものように隠しているだけよね」
「違うよ、あの人とは本当にそう」
誘って足を使ってもらって落ち着いてもらう、やはり価値があるのかすぐに使ってくれてよかった。
「大体ね、あんたには鯉田先生と私がいればいいのよ、全員と仲良くしようとか考えているなら私は止めるわ」
「はは、それいつものあたしを見ていてよく言えるね?」
「冗談じゃないから、本命には勝てなくても他の人間には勝ちたいじゃない」
「気にしてくれているなら嬉しいよ」
他の子にこうして甘えていたら嫌だってことはないが自分のは必要ないでしょと言いたくなるかもしれない、当たり前になっていてそれぐらいに変わったのだ。
休み時間とかみさとと約束をしていない休日とかなら自由に頼ってくれればいい、彼女と過ごせるのであれば家からだって喜んで出る。
「つか、よく学校のときは我慢できるわね、休日とかの距離が近い分、辛くない?」
「そうでもないかな、一緒にいられるときは甘えられるからさ」
「甘えるねえ、抱きしめた程度で満足していそうよね」
「ふ、普通そうじゃない? キスとかしていたら自分が怖くなっちゃうよ」
「勇気を出しなさい、そうしてやっと身長に見合うようになるわ」
そうか、なら次のときにやってみよう……とはならない。
あとはこちらが甘えている時間よりみさとが甘えてきている時間の方が多いため、どちらかと言えば向こうから踏み込んでくるのを待っているのもある。
最初だけやってくれればあとはこちらが全部やる、別に勇気がないわけではないのだから。
逃げたい、いますぐにでも走り出したい、でも、逃げられない。
あたしの前だけにではなく全員の前には紙がある、見える範囲で確認をしてみると一生懸命に書き込んでいる。
だが自分の手は止まったままだ、何故かは覚えたはずの問題が吹き飛んでしまったからだった。
走ったり部屋の掃除をしたり母の手伝いをしたりと現実逃避をし過ぎた結果がここにある、いや、単純に勉強時間が少なすぎたのも影響しているのかもしれない。
それでもなんとかと、逃げきれないならとなんとか回答欄を埋めたが今回ばかりは赤点になってもなんらおかしくはなかった。
「あんた顔色悪いわよ? もう終わりだけど保健室に寄ってから帰った方がいいんじゃない?」
「これは自業自得だからいいよ、ちょっと走ってくる」
「それ、私も参加していい?」
「いいよ、それなら一緒に走ろう」
馬鹿だった、赤点なんか取ったらみさとと一緒にいられる時間が減るというのになにをしているのか。
なにかしたいことがあるなら嫌なことでも我慢をしなければならない、逃避し続けていいことなどなにもない。
で、そうやって分かっていたはずなのに結果はこれだ、話にならないね。
「体育の時間以外で走るのはかなり久しぶりだからお手柔らかにね」
「大丈夫だよ、行こう」
「ええ」
一人で黙々と走るよりはよっぽどいい、彼女は本当に自分にとっていいことばかりをしてくれている。
なんでだろう、本来なら同じ人を狙っているということで敵視されてもおかしくはないのに全くそんな気配がない。
それともこれも作戦? こちらが完璧に信用したところでずばっとやるつもりなのだろうか。
このままではいられないから聞いてみた。
「私があんたといたいから、それだけでしかないわ」
「そうなんだ?」
「うん」
彼女だって四月からいまみたいに甘えてきていたわけではなかった、だから四月に動いた自分の影響でこうなっているということか。
うーん、緊張しているときなんかに大丈夫だよなどと何回も言ったのはあるが逆に言えばそれぐらいしかない、それだというのに気に入っているのはもしかしたら自分の足に恋をしている可能性がある。
本命の人、みさととは付き合えないから次へと行動して、なんてね。
「あ、いつもの人――う、うん?」
「話しかけないで」
「うん、自分からは話しかけないよ」
でも、なんでこんな顔をするんだ。
これが恋をしている顔ならみさとといるときの自分はどんな感じなのか、いちいち鏡なんかを見ないから分からない、変になっていなければいいんだけどと少し不安になった。
「あの人との話を聞いたときは特になにも感じなかった、でも、あの子の彼氏のふりをしたという話を聞いたときは違ったわ」
「お世話になっていたからそれぐらいならって受け入れたんだけど」
余計なことまで言って黙ってしまった時間もあったがきっとあのありがとうに悪い気持ちは含まれていなかったと思う。
願望だと指摘されてもここは変わらない、強くなれるところならとことん強いままでいられる。
「あんたそれやめなさいよ、私にもお世話になったからってことでしているんでしょうけど」
「いや、単純にあれはあなたといたいからだよ?」
「馬鹿、だからそういうのをやめなさいって言ってんの。仮に本当にそう思っているんだとしても内に隠したままにしておきなさい」
「でも、実際にそうならちゃんと言いたいよ、あたしだったら自分といたいからって言ってもらえたら嬉しいけど」
だってそうしないと言えなくなってしまうのだ、実際に過去の自分がそういう経験をしているから今回は同じようにしない。
「もう点滅しているから――ちょっとっ」
「あんたが改めない限りは一緒にいるのをやめるわっ」
えぇ、なんでそうなる。
結局この日から一緒にいられなくなって、言い争いにならなくても離れ離れになってしまった。
テストが終わっても、赤点がないと分かっても、みさとと過ごせていてもどこか落ち着かなかった。
だけど絶対に止まったりはしない、自分がこんなことになっていても関係ないとばかりに前に進んでいく。
となればすぐに夏休みになる、高校に入学して初めての夏休みということで入学前は友達と楽しく遊ぶと決めていたはずなのにそれもできそうになかった。
「……もしもし?」
「かなさん、夏休みは私の家に来てくれませんか?」
「ずっとですか、それとも一日だけですか」
「ずっとです」
いまの状態でみさとを頼るのは危険だ、でも、自分の家にいたくなかったから受け入れることにした。
母に説明をすると「ちゃんとお手伝いをしなよ」と言われたので頷いてから出る、別に行き来することになっても構わないが地味に面倒くさいからしっかり荷物をチェックしてから外に出た。
夜というのもあってお昼ほど酷いわけではなかった、だから汗をかいたりなんかもせずにみさとの家に着いた。
「来てくれてありがとうございます」
「いえ、誘ってくれてありがとうございます」
「かなさん」
「……分かったよ、迷惑をかけると思うけどよろしくね」
「はい、大丈夫ですよ」
そこまで広い場所ではないから隅に座って膝に顔を埋める、今日だけはこうすることを許してほしい。
明日から上手くやる、いつも通りの自分になる。
「かなさん、顔を上げてください」
「今日は――……みさとは温かいね」
昔の不貞腐れていた自分が母にこうされたときも似たような反応になっていた、信用している人の体温というのはそういう効果があるらしい。
甘えてくれるのを待つのではなく素直に甘えればよかったのか、一人で微妙に抱え込んでなんとか片づけようとしたのが今回の失敗と言えるかもしれない。
「先程お風呂に入りましたからね、ゆっくり過ごせるようにちゃんとしてあなたを待っていました」
「ごめん、最近は変な感じで」
「謝らなくていいですよ、私だってお友達に離れられたら同じようになります」
話を聞いてもらっていたのになにをしていたのか。
「だけどいまは――」
「大丈夫、いまので落ち着けたよ」
「……止めてくれてありがとうございました、いまかなり痛いことを言おうとしていたので」
「あ、ちょっと気になるから教えて?」
「い、嫌ですよっ、なんで私だけが恥ずかしい思いを味わわなければならないのですか!」
別にそんなことはないと思うけどなぁと怒った顔で顔を赤くしている彼女を見て言いたくなったものの頑張って我慢をしたのだった。
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