05話
「お、お邪魔します」
「なんですかその言い方……」
先生とのイケない時間は続く。
見ていたわけではないだろうがあの子の真似をして同じようなことを頼んできたから受け入れることにした。
普通の足なのにそこまでの価値があるのか、自分では全く分からない。
「今日嬉しいことがあったんです」
「褒めてもらえたとかですか?」
「それもありますし、教師の中で一番好きだとも言ってもらえました」
「言われる側ではないのではっきりと分かるわけじゃないですけど、それなら確かに嬉しいでしょうね」
一番好き、ね、言ったときの胸中はどんな感じだったのだろうか。
それよりも強い気持ちがあったとしても蓋をして隠していそうだ、友達にはあの子みたいに自分のペースがあるなどと口にして躱していそうでもある。
「あとは最近、ミスをしていないところもそうですね。ただ、こちらの場合は反動がくる場合もあるので油断できませんけど」
「浮かれすぎていなければ大丈夫ですよ」
「学生時代に似たことがあってその後、嫌なことが続いたんですよね……」
学生だった頃もいまと同じように長い髪だったのかな、あたしは短めにしているから楽だが長い髪なら結構大変そうだ。
でも、教師になれるぐらい勉強をしていたということだし、それだけ効率よくやれていたことになる。
「とりあえず私の話はこれで終わりにして、桒原さんのことを教えてください」
「鯉田先生とこうして過ごすとき以外はあの子と過ごしたり授業を受けて帰ったりしているだけですよ」
雨が降り続けているのもあって中々寄り道をしようという気持ちにはならない、あとは走らなければいけないというのもあって最近は残らないようにしている。
少し変わったことと言えば走り終わった後にご飯を作るようになったということだけ、それ以外の時間はあくまでいままで通り変わらない。
「特になにもないです、でも、最近は結構楽しいです」
「そうですか」
「鯉田先生と過ごせるのも大きいんですよ?」
グレーではなくアウトだが欲に正直になるならそういうことになる。
気になる人と過ごせているのにいちいち余計なことを言ったりはしない、そもそも他の生徒的には微妙な件ですよねなどと言ったところで説得力がない。
誘われた瞬間にしゅばばばと走って向かうくせに、ねえ。
「……みさとでいいですよ、
「いいんですか? それじゃあみさとさんで」
だけどさ、こう……先生の方から待ったをかけてくれないと欲望に正直になり過ぎてしまう。
元々〇〇でいいと言われたらそのまま行動をしてしまう自分にとっては嬉しいのと同時に不安になる時間でもあった。
「……よ、呼び捨てでお願いします」
「流石に…………み、みさと」
「は、はい」
い、いや、あたしが先生――彼女に対して積極的になるなら分かるがどうして彼女の方もこうなっているのだろうか? 生徒に一目ぼれなんてこともない……よね?
勝てているのは身長ぐらいで魅力的な子ばかりがいるあの学校でそれならおかしいとしか言いようがない。
「そ、そういえばもう時間的にも帰らなければならないですよねっ」
「あ、今日は泊まってくると言ってあるので、あ、み、みさとが大丈夫ならということになりますが」
落ち着け、こういうのはあたしらしくない。
一つ深呼吸をして彼女をちゃんと見る、なんだか凄く驚いたような顔をしているが悪い方ではないようにと願っておこう。
「泊まって……くれるんですか?」
「あたし、暗いところが苦手なのでその方がありがたいですね」
「そ、それならお風呂に入ってきますっ」
ご飯を作って食べてもらったのだからそのときに入ってもらっておくべきだった。
だって一人だと寂しい、足には彼女の温もりが残っているのにこれではまるで最後のときのようだ。
床に寝転んで真っ白な天井を見る、それだけで判断するなら自分の部屋のように感じるがそうではない。
たったの一度だけ、濡れてしまったから上がらせてもらったときとは違う、お互いが求めてここにいる。
「桒原さん……?」
「みさと、もっと仲良くなりたい」
戻ってきたばかりの彼女を抱きしめた、先程と違ってダイレクトに触れている分、温かった。
「疑われたりしないように学校では近づかないようにするけど、その分、ここにいられているときはこういうことがしたい」
あ、流石に敬語までやめるのはやり過ぎたか、すぐに調子に乗ってしまうのがこちらの悪いところだと言える。
とりあえず抱きしめるのをやめて座ってもらう、家主がずっと立っているのはおかしいし、あまり拭けていなさそうな髪を拭いてあげたかったからだ。
「みさとが嫌じゃないならかなでお願いします」
「か、かなさん、先程のは……」
「冗談じゃないですよ、あなたと仲良くなりたいんです」
冗談なら学校でやっている、そうではないということを分かってほしい。
でも、初めて一緒に帰りたいと誘った日と同じでそれきり喋らなくなってしまったのだった、家だから去られることはなかったけどね。
「桒原さんちょっといい?」
「うん、どうしたの?」
嫌な予感とまではいかなくてもこの子がこうして近づいてくると構えてしまう。
「あ、あのさ、こう……彼氏のふりをしてほしいんだけど」
「またあのグループの子達と衝突しているの? やめておけって言ったのに」
「グループの子達は関係ないよ、今回の相手はお母さんなんだよね」
そう考えると自分の母はそういうことを一切言ってこないなと、でも、勉強云々と同じぐらい彼氏云々とも親なら言ってきそうだとは想像ができる。
なるほど、協力してほしいのは分かったし、あたしにできることならやりたいところだが残念ながらコスプレ趣味なんかはないから道具がない。
流石にこのままの状態で彼氏などと言っても信じてはもらえないだろうから多分無理だ、逆にこのままで通ってしまった方が精神が死ぬ。
「お兄ちゃんの制服があるからさ、それを着てちょっとこう……」
「つまりそれってあたしが男っぽいってことだよね」
みさとが意識してくれているのもそういうところからきているのかもしれない、可愛いや奇麗などと自惚れたことはないが男寄りだと。
そうでもなければあんなことにはならないよなぁ、こうしたちょっとしたことでメンタルがやられるのは久しぶりだ。
「ち、違うよっ、あっ、格好いいのは確かだけど桒原さんは女の子だよ」
「でも、彼氏役をしろって言っているんだよね?」
「無理なら無理でいいけど……」
「まあ、ばれてもいいならやるけど」
「ほんとっ? ありがとう!」
みさとと過ごすのは毎日というわけではないから構わなかった。
放課後になったらすぐに学校をあとにして彼女の家へ、あたしの家と同じでご両親が共働きだからこそできることだった。
「どう?」
「格好いい!」
「お母さんが帰ってくるまで本を読んでいてもいい?」
「いいよ! あ、私はお菓子とかを用意するね」
本を取り出してからなんとなく手鏡で確認をしてみると男の子の制服を着ている以外はまんまあたしだった、当たり前だが。
絶対に上手くいかない、というか学校のときも考えたように上手くいってほしくない、だけどこうではなかったらみさとが興味を持ってくれていなかったということで難しい。
「あ、お母さんが帰ってきた、桒原さん、よろしくお願いします」
「うん」
喋り方を変えたりと一応努力をする、何故ならこの子もあの子のように四月から話しかけてくれてお世話になっていたからだ。
「珍しいわね、あなたが男の子のお友達を連れてくるだなんて」
「ふぅ、それだけじゃなくてこの子は私の彼氏なんだ」
「かれし……あ、お付き合いをしているということなの?」
「お、お母さんが休日になる度にうるさく言ってくるからじゃないよ? もっとずっと前からこの子のことが好きで最近やっと付き合えたの」
ちなみにこの子は女の子としかいないから同性も大丈夫ではない限り、なにも発展しようがない。
でも、毎日毎日楽しそうだ、羨ましく感じるときもあるぐらい。
相手の方から来てくれない限りは一人だからというのが強く影響している、コミュニケーション障害というわけでもないのに何故なのか。
自覚できていないだけで怖いのかな、みさと以外に対しては特にそう感じたこともないのだが。
「桒原かなとと言います、よろしくお願いします」
「あなたはこの子のどこを好きになったの?」
「他の人に優しくできるところですね、それと他の人が嫌がるようなことにも明るく普段通りのままでやれるところがすごいなと、そういうところに惹かれました」
敬語だから喋り方の変化なんか生まれない、なにが努力だよと呆れていた。
「あと、二人きりになると甘えてくれるのも大きいです、学校では見せないそんな一面を独り占めできているのは嬉しいですね」
なーにを言っているのか、毎日やっているのもあって走りたくなってきた。
横に座っている彼女が黙っているのだってなにを言っているのかと呆れているだけだろう、お母さんだって無表情で固まってしまっている。
「なるほど」
「はい」
「それじゃあ邪魔をしても悪いから私は部屋に行っているわね」
「う、うん」
お母さんが出て行って少ししてから我慢ができなくなって理由を作り家を出ようとした。
「く、桒原さん、今日はありがとう」
「お母さん、信じてくれるといいね」
「そうだね」
「じゃあまた明日」
「気を付けて」
って待て、そういえば制服を借りたままだった。
トイレを借りて着替えてさささと家から出る、お喋りが大好きなあの子が黙り気味だったのは間違いなくあたしが余計なことを言ったところからきている。
ただ? もうこんなことはないだろうから気にする必要はない。
あの子にはグループの子達がいてくれるというのもでかい、あたしとまではいかなくてもそれなりに高身長の子がいたのだからそっちに頼めばよかったのにといまさらながらに言いたくなったけどね。
「なに彼氏のふりとか変なことをしてんのよ」
「あたしにもできることだからいいかなって」
「で? 結果はどうだったのよ」
「うーん、とりあえず彼氏ということを認めてくれたみたいだけどどうだろう」
気づいていても大人の対応で気づかなかったふりをしているだけの可能性もある、信じてもらえるといいねと言っておきながらあれだがそっちの方が高そうだ。
「なによそれ、あと気軽に足を貸したりするのはやめなさいよ」
「あなたのだから?」
「そうよ、それにあの人にするべきよ」
もうしているんだよなぁ、なんなら向こうから求めてくるレベルだ。
顔や上半身なんかよりも価値がある……らしい部位だ、下半身だけ売りに出したらいくらで買われるだろうか、なんてね。
「というわけで早速あの空き教室で貸しなさい」
「分かった」
もう床に座るのも慣れた、奇麗かどうかには差があるものの家の床に座るのとそこまで変わらない。
彼女も遠慮なくやってくれるからいい。
「あ、鯉田先生」
「え? あ、本当だ」
学校では近づかないようにしているのにやたらと驚いた顔でこちらを見ていた、たまたま通りかかった場所でこんなことをしていたら気になるか。
説明の方は彼女がしてくれたから助かる、みさともたまたま的なことを吐いて戻っていったからきっと問題にはならない。
「同性同士ならこういうことだって普通のことなのにすごい顔だったわね」
「そのままの流れでキスとかしそうで怖かったんじゃない?」
とはいえ、あたし達がこうしているときに雰囲気がそっち方向に傾くことはない。
お互いに同じ人を意識しているのだから当たり前と言えば当たり前、きっとこれからも変わらない。
だから彼女にはずっとこのままでいてほしかった、変わってほしくないということならこちらも努力をするからこの距離感がいい。
「私達はそういう関係じゃないけどね。でも、あれはただ驚いたというだけの顔ではないわね。ふふふ、面白くなってきたわ」
「あんまり暴走しないようにね」
「大丈夫よ」
お前が言うなって話か、学校では近づかないと決めておいてよかった。
臆せずにはっきりと言ったのもいい、一緒にいたいのに逃げてすれ違いになんてことにならなくて済んでいるからだ。
「ね、抱きしめてもいい?」
「いいよ、温かくていいんでしょ?」
「はぁ、あんたは失格、そういうところをちゃんとできるようになってから鯉田先生と過ごすように」
「ははは、失格かぁ」
「冗談だけどね、なんでもかんでも受け入れるのはやめなさ」
ん? なんか固まってしまった、撫でるのもやめて彼女に集中し始める。
言いたいことがあるならはっきり言ってほしい、察してもらおうとしているのであればやめた方がいい。
最近は結構自信を持って行動ができているが身長と能力が合っているわけではないからそういうことになる。
「もしかしてあれ、あんたにこうされている私に嫉妬していたんじゃないの?」
「えぇ? ないでしょそれは」
「いや、絶対に関係があるわ」
自分から求めてくるぐらいだが生徒に嫉妬なんかするわけがない。
「つまりあんたは私にこうした後に、つまり放課後にあの人と仲良くしていた!」
「え……えー別にそんなことはないけどなー」
「怪しいわね、くすぐって吐かせておこうかしら」
「こ、降参します、ちゃんと全部言うからくすぐらなくていいです」
どっちにしろいつかはやらなければならないことだったのだ、後か先かというだけの話でしかない。
話している最中、いや元々ここにはあたしと彼女しかいなくて彼女にしか意識を向けていなかったが特に怒っているような感じではなかった。
「そうだったのね、なるほどなるほど」
「変なことになっちゃってさ」
「でも、ちゃんと言ってくれなかったのが悲しいわ、前にも言ったように恨んだりしないんだから。私はそのことの方が気になる」
「ごめん。だけどそれは冗談だよね? 無理やり先……あの人へのそれを抑え込んで言ってくれているだけだよね?」
あたしとみさとの話を聞いてさらに隠そうとしている彼女もいそうだ。
いや本当に自由にやっていたあたしが言えることではないが、うん、それこそここにはあたししかいないのだからはっきりと言ってもらいたいところだった。
「冗談じゃないわ、そもそもあんたと過ごした時間の方が長いんだからこうなるのが当たり前だと思うけど」
「いやだってそれとこれとは別でしょ? 本命には勝てないと思ったんだけど」
「あんたのことをあの人と同じぐらい気にしているのかもしれないわ」
「流石に言い過ぎだけどありがたいよ」
いつも通りでいられても求められるかどうかは運だ、幼稚園の頃からこうして話せる子達はいたが長続きしなかった。
小学生のときにできた子は家の場所の関係上で違う中学になったし、中学時代のときにできた友達も違う高校に進学することになって無理になった。
あ、まあ、一週間とか一ヶ月で終わっているわけではないからそれなりに上手くやれてきたわけではあるものの、あたし的には卒業して毎日一緒にいられなくなっても休日になったら遊べるような子を求めているのだ。
って、なんでこんな話になったのか、今日の彼女がおかしいからこうなる。
「もうお昼休みも終わるね」
「今日もありがと、あんたのおかげで休めているわ」
「ううん、一緒にいてもらえるの嬉しいから」
「ならよかったわ、だけどこれからはちゃんと言うこと、いい?」
「うん、言うよ、いらないことまで言うよ」
母にもちゃんと話す、というかあのとき泊まれたのだってそうした結果だ。
「ははは、それでいいわよ」
「うん」
「さてと、午後も頑張りましょ」
しっかり集中をして、放課後になったら走るためにすぐに帰った。
「なっ」
昔の自分ぐらいには戻せていたはずなのに自分と似たような子にあっさりと抜かれて離されて足を止めることになったが。
悔しい、みさとと過ごせるようになって浮かれている場合ではない、試合に出なくても関係ない。
本当のあたしはこれだ、負けず嫌いで同じことをしているときは他者が敵に見えてしまう。
自分の中では唯一得意と言えたこの走るという行為で負けた日なんかにはもうやばい、だけど足を止めたのもあってきっと追いつけないだろうから今回はやめた。
次に遭遇した際に勝てるように、それと怪我をしないように気を付けつつ走りたいだけ走った。
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