04話
「は? え、いや……」
教科書をぶち込もうとした際に紙に気づいて見てみたらIDが書かれていた、その上には『鯉田みさと』とも書いてあってきょろきょろしてしまったのが現状だ。
どうしてこうなった、悪戯か? いや、それなら敢えて先生の名字や名前にする必要がない。
それとも色々と見られていて遊ばれているとか? もしそうならその遊びに付き合うところだ。
とにかく学校にいなければならない時間はどうしようもないから放課後になった瞬間にダッシュで帰って登録をしてみた。
「どうしてですか……っと、どうせお仕事があって無理だろうから走りに行こ」
返信を待って時間をつぶすなんてもったいない、それにもう走らないのは無理だ。
あの日のこともあって平日は遠くまでは行ってはいけないというルールができてしまったものの、特に不都合もなかった。
「ふぅ、駄目だ集中できない」
集中せずに走っていると怪我なんかをするかもしれないから結局一時間もしない内に家に帰ることになった、うちだけに……なんて。
父を待って帰宅したらご飯を食べて、もしかしたら長くなるかもしれないから先にお風呂を済ます。
「お母さんお父さん、あたしはもう戻るね」
「おう、おやすみ!」
「おやすみ、ちゃんと掛けて寝なよ?」
「うん、おやすみ」
さて……って、まだまだ時間はあるから読書かな。
悪戯の類ではないとすぐに片づけた自分だがその可能性というのは消えていない、アカウント名は特に制限もなく打ち込むことができるのだからそういうことになる。
だからそれだけに集中をして待っておくのは危険だ、というかもう応援する側になったのに知ることができたところでという話になる。
しかも最後があんなだしさ、なんのためにこんなことをするのか。
「いけないいけない、本を読もう」
お金がないから読了済みの本を読むしかないがそれも気にならない、ちゃんと最初から最後まで読むことで一回目では見落としていた部分に気づけそうだ。
集中して読んでいるはずなのにそういうことがあるんだよね、もしかしなくても残念な集中力……ということなのかなぁ。
「うわっ!?」
マナーモードを解除して置いておいたのが悪かった、普段滅多に鳴らないこの携帯が鳴るとたったそれだけでひっくり返りそうになる。
「謝りたかったから、か、別にそんなのいいのに」
とは思いつつも電話マークをタップして電話をかける、だってこのままだと気持ちが悪い。
「あ、あの、先生……ですか?」
一応偽物だったときのことを考えて鯉田先生とは言わなかった。
「……はい、鯉田みさとです」
「それならよかったです。いやほらっ、悪戯の可能性もありましたから! 鯉田先生の名字や名前を勝手に使っているなら許せないな……って、はい」
変なことをしているわけでもないのにどんどん声が小さくなってしまった、最後の方はちゃんと聞き取れるかどうかも分からないレベルだ。
はぁ、なんか最近は先生にやられている気がする、ただ、こちらも自由にやったわけだから被害者面はできない。
「あと、まだ十九時にもなっていませんが大丈夫なんですか?」
「微妙……ですね」
「なら後でちゃんと付き合いますからお仕事の方を……」
「分かりました、それならまた後でよろしくお願いします」
携帯を置いて今度こそ読書を始める、何故か大好きなことをできているのに心臓は忙しいままだった。
って、何故かではない、先生が変なことをするから心臓が驚いたのだ
「かな入るよ」
「あれ、どうしたの?」
「あんたが大声を出すからでしょ、やっぱりなにかあったんでしょ」
「あ、恥ずかしい写真を撮られていてね、油断しないようにするよ」
「はぁ、じゃあそういうことにしておくよ、おやすみ」
もうこうなってくると教師側にも完全下校時刻を作ってもらいたいぐらいだった。
いつかかってくるか分からないこの状態はやばい、だからって携帯の関係上あの子を頼るわけにもいかない。
それに一応形的には終わったことになっているのに言えるわけがない、今度こそ爆発をするかもしれないからだ。
うーんうーんと唸っている間に時間が経過、少なくとも先生が帰ることのできる時間帯になった。
「きたっ、もしもしっ?」
「お待たせしてしまってすみません」
「いえ、ですが先にご飯を食べてください」
「このままでも……いいですか?」
「このアプリなら電話も料金がかからないですからね、大丈夫ですよ」
いっそうのことこのまま先生の家に行ってしまうのも……いやいや、なにをしようとしているのか。
「あれ、なにか買ってきたんですか?」
「あ、疲れた日や作りたくない日はお弁当を買って帰るんです」
「え、それじゃあ駄目ですよ、あたしが作るので待っていてください」
「え」
嘘をつくのは申し訳ないが母には友達の家に行くと言って家を出た。
先生の家にはすぐに着いて着きましたと言って少し待つ、するとすぐになんとも言えない顔で扉を開けてくれた。
「どの食材を使っていいですか?」
「全部大丈夫ですけど……」
「それなら待っていてください、器具も使わせてもらいますね」
コンビニやスーパーのお弁当も美味しいがあまり食べさせたくなかった。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「それならよかったです、それではあたしはこれで――前にもこんなことがありましたね」
二十時過ぎに外にいたら云々と言ってくれたのは先生なのにこれだった。
「この前はすみませんでした、外にいるあなたを見たらこう……少しいらいらとしてしまいまして……」
「え、えぇ、あれいらいらされていたんですね」
初めていらいらしているところを見られてやったー……なんてことにはならない、ため息だってつかれたからやはり微妙な一件だと言える。
「だ、だって危ないではないですか、桒原さんになにかがあったら嫌なんです」
「あのときだけ……あ、今日もですけど何回もしたりはしませんよ」
「本当ですか? 他の日もいつまでも外にいそうですが」
「ないですよ、なにも目的がないのにいつまでも外にいたりはしません。その証拠がいまのこれです、あたしがそういう人間だったらここには来られていませんよね?」
「……分かりました、とにかくすみませんでした」
謝罪をしてほしくてここに来たわけではない、本当にそろそろ帰っておかないと駄目だ。
でも、地味にこちらの腕を掴む力が強くて痛かったりもするわけで、納得してもらってからではないと……ということで難しい。
「今日はもう危ないので泊まってください」
「冗談……ですよね?」
「いえ、だって危ないですから」
食事や入浴なんかはもう済ませてあるから問題はない……わけではない、友達の家にという話で出てきているからいいのかどうか……。
母親同士で繋がっているというわけではないがリスクがある、今度こそは欲に負けて言うことを聞いたりはしない。
「流石にもう帰ります」
「……桒原さんは私が嫌いなんですか?」
「そんなわけがないじゃないですか、でも、泊まるのはあたし的に駄目です」
連絡先も交換できたのだからこれでやり取りをすればいいと言ったら微妙そうな顔をしながらも頷いてくれたから外へ、なんか最近はこういうことも増えたななどと考えつつ家まで走った。
リビングにいた両親と話してから部屋に戻って寝転ぶ、今日は読書という気分にはならなかったからすぐに寝た。
「かな」
「……自分で起きられるよ」
繰り返しているのもあって目覚ましがなくても起きなければならない時間になったら勝手に起きるようになっている、きっと他の人も保険として設定しているだけでこんなものだろう。
「さっき担任の鯉田先生が来たよ」
「えっ!?」
「はぁ、最近変だったのは鯉田先生が関係していたんだね」
「ち、違う違うっ、相談に乗ってもらっていたんだよっ」
やばいやばい、行動力の塊みたいな人だから変なことをする可能性がある、そうしたら親子揃って先生に迷惑をかけてしまうかもしれないから避けたい。
「ま、嘘だけどね、鯉田先生のことを出したのは画面が点いたときに見てしまったからというだけ」
「へ、変なことはしていないからね? 鯉田先生が悪いわけじゃないから」
「なに一人で慌てているの、私はそんなことよりも娘がちゃんと話してくれなかったことの方が気になるよ」
「こ、これからはちゃんと言うよ、朝からまた冗談を言われても心臓に悪いし」
昨日のいきなり鳴った通知音なんかよりも心臓に悪かった、それと笑っていたがその笑みは本物なのだろうか。
とりあえず泳がしておいてそれっぽいところを目撃してから怒ろうという作戦なのか? ……母ならやりかねない。
「やっぱり悪いことをしているの?」
「違うよっ」
「ははは。はいはい、じゃあお母さんは先に一階に行っているからね」
いまはどうしようもないか、平日ということで制服に着替えて洗面所に移動、顔を洗ったり歯を磨く。
終わってから携帯を見てみると『おはようございます』というそれと『昨日はありがとうございました』と送られてきていた。
やっておいて謝罪をするのは卑怯だから同じように挨拶と食べてもらえて嬉しかったと返しておいた。
「はい、たまには朝ご飯を食べて」
「うん、いただきます」
朝ご飯を食べたのなんて久しぶりだ、でも、お昼休みまで頑張るためには必要なことなのかもしれなかった。
巨体なら尚更そういうことになる、運動をしていなくてもお腹は空いてしまう。
「かなは鯉田先生のことが好きなの?」
「ぶふぅ!? な、なに急に」
なんで今日はこんなに意地悪なのか。
ただ一気に動くのではなくじわりじわりと獲物を追い詰めて行くあたりが母らしいと言える、もっともされている側としたら本当に落ち着かないが。
「だって昨日のあれも本当はお友達のお家じゃなくて鯉田先生のお家に行ってきたんでしょ?」
「す、好きとかじゃなくてコンビニのお弁当で済ませようとしていたからご飯を作ってきただけ……」
ちゃんと言うと口にしてしまったからもう逃げるのは無理だ、つまりここからどれだけ頑張ろうと母のペースからは抜け出せない。
あたしよりも長く生きているというのもあるし、なにより親ということで色々と握っているのもある、駄目だと止められたらどうしようもない。
「え、なんでここではやってくれないの?」
「だって手伝おうとするとすぐに『あっちで休んでおけばいいよ』って受け入れてくれないじゃん」
「そうだった? ま、今度からはあんたにも頼ることにするよ」
食器を流しに持って行ってまた歯を磨いてから家をあとにした。
家にいることが一番疲れる原因になるとは思っていなかった。
「じゃんけん……ぽん! ぐは、負けた……」
「でも、ずっと負け続けるのは無理ね、だからその作品はやりすぎよ」
「だけど意識しなくても半分以上負けることはできると分かったよ」
「つまりあんたは弱過ぎね、じゃんけんでなにかを決めるのはやめておきなさい」
大丈夫、負けたら〇〇ねと盛り上がれるような相手がいない。
気になっていたことを確かめられたからとりあえず終わりにしてあたしの足を使っている彼女の頭を撫で続けることにした。
いや求められたことがあるからしているだけであたしがしたいわけではない。
「あんたって高身長じゃない? だから鯉田先生にしてみたらどう?」
「流石にそんなことをしたら怒られるよ」
「私にはしているのに? 当たり前かもしれないけど露骨に差を作られているわね」
舐めている、子ども扱いをしているとかではないから勘違いをしないでほしい。
それにこうして放課後になっても付き合っている時点で差を作っているわけではないということが分かるはずだが。
「というか家を聞いたときから動いていないけどいいの?」
「まあね」
「あ、あたしが振られて終わったから?」
「別にそれは関係ないわよ、私には私のペースがあるのよ」
そりゃあまあ……そうか。
「あんたの足を味わっておかないともったいないじゃない」
「それなら家に来る? それかもしくはそっちの家に行くのでもいいけど」
「そうね、それなら私の家に来てちょうだい、あの子も待っているから」
ああ、近くまで来てくれるのに触らせてはくれないって一番気になるけどね。
それでも床に直接座っているよりはいい、硬くて痛いのだ。
あとは六月に突入したのもあって雨が降っているのも影響している、彼女の家からの方が自宅までの距離が近いから楽でよかった。
しかしこうなんだ、何故か彼女の家は物凄く落ち着く、もっと仲が良ければ寝転んでいるぐらいだ。
「食べすぎよ」
「にゃ」
「雨だから食べておかないと駄目だって? 前も似たようなことを言っていたわね」
猫を会話している彼女が見られるから? うーん、謎だ。
前にも言ったようにあたし達は四月に出会って一緒に過ごすようになっただけで仲がいいわけではないのにこれだ。
「にゃ~」
「都合が悪いときだけ桒原を頼ろうとするんじゃないわよ、あんたそういうのが一番最悪だからね?」
「……にゃ」
「はあ? あんたもうご飯をあげないからね」
動物の言葉が分かればいいのになって、現実と作られた世界のことをごちゃ混ぜに考えるのは危険だが羨ましくなる。
だけどそれはあくまでいい面しか見ていないからで、悪い面も直視することになったら聞こえない方がいいとわがままな自分が出てくるはずだ。
「この子はね、元人間なのよ」
「え、ははは、そのまま信じたりはしないよ」
「ま、嘘だけどね、あんたの足を借りるわ」
ぐっ、それでも彼女の上で休もうとするのか。
これだけ近い距離にいるのに触れないのは辛い、しかもごろごろ喉を鳴らしているのになんだこの微妙さは。
先生がコンビニのお弁当で済ませようとしていたことよりも気になるかもしれなかった、彼女も少しは協力してくれても……。
「あんたは気にせずに行動しなさい」
「あたし?」
「あんたよ、私のことは気にしなくていいわ」
「振られたんだよ?」
「実際にこの目で見たわけじゃないから分からないわ、それに振られた割には普通すぎて気になるのよ」
それは一瞬でも自分のしたいように行動することができたからだ……ったはずなのになんでか最近は変なことになっている。
前は喧嘩をしたくないからと話した自分だが今回ばかりは言えそうにない。
先生のためなんてのは言い訳で結局自分可愛さで黙ったままでいる。
「頭を撫でなさいよ、もうあんたの足と手がないとやっていられないわ」
「はは、贅沢だね」
「それぐらいの価値があるから自信を持っていいわよ」
それから割とすぐに雨だから帰った方がいいということで家を追い出――出ることになったから今日はゆっくり歩いた、が、途切れるのが嫌だからカッパを着て適当にぶらぶらと走ることにした。
他の人が傘をさして歩いている中、こうして走っているとよく分からない気分になっていく。
逆張り精神、敢えて他の人とは違うことをしているからかもしれない。
まあ、わざと濡れているわけではないし、これで誰かに迷惑をかけているというわけでもないから別に問題はないだろう。
「ただいま」
そうか……って、先程気づけよという話だが少し早めに帰宅したのもあって母すらいないみたいだ。
うーん、だからってなにができるというわけではないから早く帰ってきてほしかった、やっぱりちゃんと顔を見られないと不安になる。
小学校のときなんかは下校時間的にそうなるのが当たり前だったから寂しかったのだ、だけどこればかりは仕方がないわけで。
「ただいま……って、あんたなにやってるの」
「……なにもやっていないよ、お母さんもいなくて寂しかった」
「はは、普段は自分が早く帰ってこないくせに勝手だねぇ」
「いいでしょ、遊びたいときだってあるよ」
「別に悪いなんて言っていないでしょ――あ、そうだ、今日はあんたがご飯を作ってよ、たまにはあんたが作ってくれたご飯が食べたいなぁ」
あ、作って待っておけばよかった。
もうちょっとこう相手のために動けるようになりたい、言われてから気づくのでは話にならない。
「……いいけど味について文句を言ったりしないでよ?」
「言わないよ、だからよろしくお願いします」
先生には作るのに家族には作らないなんて確かに変だ。
なので、自分のできる範囲でやっておいた。
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