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03話

「あの男の教師、怪しくない？」

「そう？　必要なことを話しているだけだと思うけど」

「前も二人きりで話していたのよね」

　まあ、仮に興味を持っていたとしてもなにもおかしな話ではない。

　魅力があるからどうしたって人は集まるものだ、あたし達もそれだ。

　ストーカーなどといった悪質、異常なことをしていなければ自由だ。

　なにより先生が困ったような顔をしていないというのが問題がないことの証明となっている、装っているだけだったら……いや、それでもあたし達にはどうしようもないよね。

「自分が恋をしているからってなんでもかんでもそういう風に見たら駄目だよ、あたし達が鯉田先生にとって迷惑な存在になってしまうから」

「恋ではないけどね、でも、あんたの言う通りよ」

「うん、だから戻ろ？　教室でゆっくりしようよ」

　なにかが間違って仮に動くとしてもそれは本人に頼まれてからだ、そうでもなければエゴでしかなくなる。

　言うことを聞いてくれている現在はいいがもっと気持ちが強くなって言うことを聞いてくれなくなったらあたしは付いていけなくなる。

　言葉で説得は無理だろうから距離を作るのかな？　それともいつものと同じで結局断れないまま付き合うことになるのだろうか。

「鯉田先生に特別な相手がいてくれた方がよかったのかもしれないわね」

「さ、流石にそれは極端過ぎじゃない？」

　結局上手くいかないで終わるならなにも始まらない方がいいという考えなのか。

　あたしは前にも言ったように動いた結果のものではないと満足できないから無理なので彼女がどう選択をしてもやめはしない。

　ただ、先生や彼女のためにもさっさと動いて応援する側に回った方がいいと考える自分もいるのだ。

「でも、どうしたって教師と生徒ということで一緒にいられる時間は少ないのよ？　だというのに担任ということで毎日絶対に顔を見ることができてしまう、期待をしてしまうじゃない」

「それをモチベーションにすればいいんじゃないかな、いい方向に考えようよ」

「まあ、マイナス思考をしてもメリットなんかないしね」

　今日からやるか、ちなみにこのこともちゃんと彼女には言っておいた、こちらの席から自分の席に戻ろうとした際に「それなら見ておくわ」と言った。

　といっても動くのはお仕事が終わった後にするつもりだからそれは無理だ、流石にそこまでは付き合っていられないだろう。

　というわけでそのこともちゃんと言って放課後は校門のところでずっと待っていることにした、何故かは何時に帰るのかが分からないからだ。

　教室でずっと待っていた結果結局会えませんでした、では話にならない。

「あんたまさか待つつもり？」

「うん」

「それなら私は帰るわ、明日どうなったかを教えてちょうだい」

「分かった、また明日ね」

　にやにやしてしまうからなどと気にせずに本を持ってきておけばよかった。

　そもそも楽しいからそうなるわけで、なんにも恥ずかしいことではない。

　だというのにいちいち気にして、はぁ、これではこっちのことだって……。

「暇だ……」

　やっぱりまだまだ時間もあるから教室に戻ろう、それで寝て過ごすのだ。

　会えなかったら会えなかったでどうにもならないことだったということで片づければいい。

　先生を待ったのだから動いた結果……と言えないこともないはずだ。

「馬鹿だなぁ」

　窮屈なのに他の誰よりも積極的にこの場所に残っているのだから。

「桒原さん？　大丈夫ですか？」

「鯉田先生、今日は何時にこの学校を出ますか」

　あたしが言うのもなんだがなにをしているのだろうか、あんまり自由な時間がないと聞いたことがあるが毎日必ずというわけではないのか。

　先生がなにをやっているのかなんてなにも知らない、やらなければならないことがどれぐらいあるのかだってそうだ。

　だから期待をしていたはずなのに大丈夫なのかと心配になる……のと同時に、欲に任せて矛盾めいたことをした。

「多分、十九時半頃ですね」

「一緒に帰りたいです」

「え、でも、夜ということで危ないですよ」

「無理なら無理でいいです、だけど大丈夫ということなら……はい」

　先生は黙った、いや、それだけではなく教室から出て行った。

　これはあたしが求めていたものだ、動いた結果がこれなら満足できる。

　そのはずなのに、別に告白をしたわけでもないのに地味にダメージを受けて動くことができないでいた。

　出てきた眠気に任せてぎりぎりまで寝た。

　なんだろう、完璧には寝られていないのか自然と完全下校時刻前には起きるようになっているらしい。

　暗闇に敏感……なんてのもあるかもしれないね、とりあえず荷物を持って外へ。

　冬だったらこの失恋をしたみたいな状態の頭を冷たさがなんとかしてくれたがそれも期待できない。

　だが、別に季節が悪いわけではないからゆっくりと家に向けて歩いた。

「おぇ、なにも言わずに目の前から消えられるって一番最悪なそれじゃない」

「んー、だけど直接無理とかいわれるよりはよかったんじゃないかなって」

　直接言われるのと同じぐらいの拒絶だ、もう期待できる状態ではなくなったから気楽だった。

　すぐに動けなかった……動く気になれなかったのは想定外だったけどね、仮にそうだとしてもあそこは意地になって動かなければならなかった。

　結局頭の中だけの話かよと呆れてしまう。

「な、なんか怖くなってきたわ」

「まあ、あたしの場合はって話だから、あなたや他の子が動いた場合どうなるのかは誰にも分からないよ」

　少し物足りなかったから母作のお弁当を食べたうえに購買で購入してきた焼きそばパンをもしゃもしゃと食べていた。

　あ、やけ食いをしているわけではないよ？　そこそこ巨体ということもあってお腹が空くのだ。

「桒原さんを見つけたよっ」

　え、なんだなんだ、別になにも悪いことはしていないぞ。

　今日はお絵かきなんかもせずに授業に集中、休み時間なんかにもこうして騒がすに廊下で過ごしていたというのに。

「この後の体育で絶対に負けたくないんだ、だから桒原さんも協力して！」

「ちなみに負けたらどうなるの？」

「負けたら違うグループの子達に飲み物を奢らなければならなくなる！」

　負けたら奢りとかあるあるだよな、したことはないが、うん。

　作られた世界とはいってもなにもかもが非現実、現実ではありえないことをしているというわけではないからあの作品にもそういう話があった。

　残念ながら主人公の男の子は全ての勝負で負けて奢ったり荷物を持ったりしていたが、現実でもあんなにずっと負け続けるなんてことはできるのだろうか？

「あんたそれ、自分から出したわけじゃないわよね？」

「うっ……」

「はぁ、変な争いに桒原を巻き込まないの、大体、一緒のチームになれるかどうかも分からないじゃない」

「だけど先生はみんなと組ませようとするでしょ？」

「だからって時間的にも全員が全員組めるというわけじゃないわ、悪いことは言わないから謝ってなしということにしておきなさい」

　こちらも奢らなければならないなんてことにならなければあたしにできることはやる、最初に言っていたように運動神経抜群というわけではないがそもそも授業ということでできる範囲で真面目にやらなければならない。

　勝ち負けを気にしてぴりぴりとするのはなるべく避けたいものの、どうしたってスポーツをやれば勝手にそうなってしまうのだから仕方がないという見方もできる。

「それが無理なんだよ、もう本気になっちゃっていてね」

「飲み物程度で本気になるってどういうことよ」

「ペットボトルとかじゃなくて映える飲み物を……さ」

　否定するつもりもない、そんな権利もない。

　でも、勝てるかどうかも分からないのにそういう条件を出してしまうのは危険だ、今回のこれでもうやめようとなってくれればいいが。

「生える？　あ、映えるか、なんか最近は写真を撮って投稿したりするんでしょ？」

「そうそう、まあ、その飲み物には私も興味があるから仮に奢ることになってもそこまでじゃないんだけど……なんというか負けたくないじゃん？」

「馬鹿、勝手に桒原を巻き込むな」

「く、桒原さんにも払わせようとしているわけじゃないから、ねっ？　お願い！」

　もう一度言うが体育という授業である関係上、やるしかないのだ。

「あたしはあたしにできる範囲で頑張るよ、だけどこれからはあんまりそういうのをしないようにね」

「うんっ、ありがとうっ」

　あ、だけどこんなにご飯を食べておいて大丈夫なのかな。

　すぐに横っ腹が痛くなったりとか……や、悪い方に考えるのはやめよう。

　あの子が来る前からゆっくりしていたのもあって割とすぐに着替えて移動をすることになった。

　今日は外でソフトボールだ、つまり先週までやっていたバドミントンはもうできないということでなんか寂しいな。

　あれは中々に楽しかった、範囲も狭かったから一応ペアの相手に迷惑をかけずに済んだと思う。

　もちろん本格度が違うからこういう感想になるのだろうが、うん、ぎすぎすしなくて済んでよかった。

　しかしソフトボールか、ソフトボール球ではないにしても枝で打って物を破壊した過去を思い出して微妙な気分になる。

　飛距離的に校舎の窓ガラスを割ってしまうなんてことは無理、でも、他の子にぶつけてしまったりしたらどうしようと不安だった。

「ぐは……」

「あっ、ご、ごめんなさいっ」

　だけど結果はあたしが破壊――ではなくぶつけられただけだったからよかった。

　ちなみにグループの子達がかなりばらばらになったせいでどちらが勝ちなのかどうかも分からなくなってあの約束はなしになったらしい、みんなでお出かけして美味しい飲み物を飲んだということも翌日に教えてくれた。

「ぷふ、昨日のあんたの顔を思い出してすぐに……ふふふ」

「酷いよ、あれ結構痛かったんだから」

「くく……あ、まあ、特に怪我もなくてよかったわ」

「笑ってからだと適当に感じるけど……ありがと」

　もっと鍛えようと決めた。

「く、桒原さん」

「んー……え゛」

　どうしてこうなった、確かに先程まであの子がいたはずなのに気づけば先生に変わってしまっている。

　作戦……ではないよな、そんなことをしても意味はないし自分のために動かなければ変だ。

　それなら偶然こうなったというだけ……え、怖いんだけど。

「この前、答えもせずに出て行ってすみませんでした」

「からかおうとしたわけではないです」

「はい、分かっていますよ」

　分からないままでいい、これはあたしにとって嬉しいことだとは言えない。

　喜べないのではなく本当に困っているのだ、だってもう終わった話だ。

　あれからも毎日担任とその生徒ということで顔を合わせていたのに一週間が経過したタイミングで触れる意味が分からない。

　考えに考え抜いてやっとはっきり迷惑だと言えるようになったということならいいことだとは言えるが。

「お仕事を頑張って終わらせようとしたのですが間に合いませんでした」

「鯉田先生が悪いわけではないです、ん……？　あ、母から電話がかかってきたのでこれで失礼します」

「……はい」

　廊下に出て応答ボタンを押す、できれば学校でスマホをあまり使いたくはないがこうなってしまっては仕方がない。

「うん、分かった、じゃあお醤油と卵を買って帰るね、じゃあね」

　どうせスーパーに行かなければならないならついでにお菓子も買って帰ろう、読書後なんかに食べられたら最高だ。

　荷物は持ってきたからそのまま階段を下りて～としようとしたときのこと、未だに教室から先生が出てこなくて気になったがいちいち覗いたりはせずに下りて外へ。

　学校からスーパーまでは距離がないからすぐに着いて目当ての物を買うことができた、クラスメイトの子と遭遇して挨拶をしたがそれ以外ではなにもない。

　でも、最近はちょこちょこと使っていたのもあってお醤油と卵だけしか買えなかったのは痛かった、返してもらってからわざわざまたスーパーへ～なんてほどではないし……。

「ただいま、頼まれた物を買ってきたよ」

「おかえり、それとありがとね」

「うん、じゃあ部屋に、ぐは、なんであたしは引っ張られたんだ……」

　言いたいことがあるなら言葉で呼び止めるべきだ。

「あんたなにかあったね？　さ、ちゃんと言いな」

「別になにもないよ、その証拠に帰宅時間が早いでしょ？」

「隠しているだけじゃなくて？　というか親にぐらい話してよ」

「なにもないから言わないだけだよ、とにかく部屋に行くからね」

　部屋に戻っても本を読みたいという欲がなくなってかわりに走りに行くことに、適当に寝転んでおくよりは間違いなくいいから気にしないで走り始めた。

　途中にある公園に寄って高鉄棒で遊んだりなんかもした、中学のときにはよくこのルートで走っていたのになにをやっていたのかと後悔した。

　すぐに疲れるわけではないがそれでもあの頃よりも確実に体力が衰えている、女の子が投げてきた球を避け切れなかったのも問題だ。

「はっ……はっ……」

　やるときは一気にやるタイプだからどんどんと走っていたら真っ暗になってしまったぐらい。

　走るときに邪魔だからとスマホを置いてきたのが失敗だった、というか平日の放課後から走ればこうなると分かっているのに馬鹿だ。

　幸い、細道ばかりというわけではないから車なんかが走っているのもあって一人にならなかったのはよかったと言える。

「や、やっと学校近くまで戻ってこられた……」

　鍛えるために走るのと怖さから逃げるために走るのとでは消費するものが違ってぼろぼろだった。

「桒原さんっ」

「ぎゃあ！？」

　気絶とまではいかなくても驚きすぎて倒れたよね、なんで今日に限って早いのか。

　とりあえずこのままでは無様過ぎて情けないから立ち上がる、落ちているのかは分からないがぱんぱんと叩いて汚れを落とした。

「もう二十時を過ぎていますよ、なにかがあるなら仕方がありませんがなにもないなら外にいたら駄目です」

「といっても高校生ですよ？　それにあたしはこんな身長です――」

「そんなの関係ありません」

「小学生とか中学生に対して言うならともかく高校生に言うのは違いますよ、街に行けばいくらでも生徒は遊んでいると思います」

　律儀に守っている人間はいない。

「はぁ、とにかくなにもないなら早く帰った方がいいですよ、それでは」

　受け持っている生徒がなにかに巻き込まれると面倒くさいからか。

　このまま直進するのが一番近いが先生がいるから違うルートから帰ることにした。

　教師に目の前で本気でため息をつかれたのは初めてだ、まあ、微妙だ。

「こらかな！　あんたなにやってるの！」

「ごめん」

　家に着いてもこれで萎えた、

　汗もかいていたがお風呂に入る気にもなれなくて部屋の床で寝た、流石に起きたらシャワーを浴びたが。

　顔を出したりはせずに荷物を持って家をあとにする、母が悪いわけではないから気にしないでほしい。

「あ……」

　初めて翌日に持ち込んだ形になるのかと学校に着いてから気づいた。

　こういうことがあるから上手く片づけておきたかった、そのまま持ち込むと大抵悪い展開になる。

　ただこんなことで言い争いに、喧嘩になんてのはあほらしいからあの子が来てくれたときは頑張って隠した。

「あれ、あんたお弁当は？」

「忘れちゃってね。だから気にせずに食べて、あたしは歩いてくるから」

「へえ、分かったわ」

　いらいら……は違うか、そわそわも違う、なんとも言えない気持ちが悪い状態だ。

　授業がないならこのまま走りに行きたいぐらい、久しぶりに無理をして走った結果筋肉痛にはなっているが酷くはないからそうだ。

　だったら歩いている場合ではないか、それに学校でも走ることはできる。

　靴に履き替えて外へ、一応軽く準備運動をしてからくるくるグラウンドを走り回ることにした。

　残念だったのは雨が降ってきたということ、軽いからと甘く見ていたら強くなって結構濡れてしまったということだ。

　でも、タオルを持っているから濡れたまま過ごして風邪を引くなんてこともない、ついでに走ったことで多少はよくなったから朝よりも気持ちよく過ごせる。

「風邪を引くんじゃないわよ、あんたがいないと困るんだからね」

「はは、足を使えなくなっちゃうよね」

「そう、だからちゃんと来なさい」

「大丈夫だよ、そういうことに関しては任せてよ」

　大きかったり運動をしているのがいいのか最後に風邪を引いたのはいつなのか状態なのだから。

　だから今回も大丈夫、そして実際に翌日も元気に登校ができた。