3
夜、冬の寒空の下寝るのはさすがに辛いので、私は一旦自室へと引き上げた。天使は寂しそうだったが、寒がりであるからか「人間は寒くては死んでしまうからな」と家へ戻してくれた。
どうすれば彼を、地獄のような雲の上の生活から引き出すことができるのだろう。それか彼のあの性格を直すことが。彼の生真面目で仕事熱心な気持ちが、彼の周りの怠惰を加速させ、彼自身をどんどんと追い込む。負の連鎖を、雲の上に関係のない私が断ち切ってやらなければいけないと、どこからか義務感が湧いてくる。明日はそれを考える一日にしよう、と思いながら、私は眠りに落ちた。
* * *
次の日。私は朝、いつもより早く起きて、カイロと温かいお湯を持って庭へ向かった。
「おはよう天使。寝られた?」
「ああ、人間。いや……『ねられた』というのが何か分からないのだが、地球は夜の空が綺麗なのだな」
「……明るくなるまでずっと見てたの?」
「ああ。段々と空が白くなっていって、桃色になって、青くなって……綺麗だった」
「はあ……」
天使は眠らなくても大丈夫なのだろうと算段をつけ、話を変えようと咳払いをする。
「そう、あんたに渡そうと思って。寒かったでしょう」
「雲の上に比べれば、全然だ」
「そうだろうけど! はい、ほら」
無理やり私がカイロを渡すと、天使はぽかんとして私を見た。
「なんだ? これは」
「カイロ」
「……『かいろ』?」
「あーそっか使い方も分かんないよなあ……ちょっと貸して」
「あ、ああ」
私がカイロを開封してちょっと振ったり揉んだりすると、カイロは少し温かくなる。
「はい。段々熱くなってくるから気をつけて」
「……これが、熱く?」
「うん」
「こんな小さな袋が……」
天使はわくわくした目でカイロを見つめる。こんなにでかい図体をしているというのに、地球のことは全く知らない。まるで子供の好奇心のそれだ。
「ああ、本当だ。温かくなってきた」
「どう?」
「温かい……」
天使はほっとしたように顔を綻ばせる。羽に温かいものが触れなければ大丈夫なようだ。
「あと、これ」
「この筒はなんだ?」
「水筒。飲み物を入れるの」
「ふむ……」
私が水筒の蓋を開けて渡すと、天使はまたぽかんとした。
「あー……口にその銀のところをつけて、ゆっくりこうやって傾けて」
天使は物を食べなくても生きられるのか、と関心しながら、この調子では全部を手取り足取り教えなければならなそうだとも思った。面倒だが、まあ彼は落ちてきてすぐの、言わば赤子も同然。そのくらいしてあげなければ。拾ってきた私の責任だ。
そうやって義務感を覚えている自分に驚く。今まで、自分で考えるのが面倒で人に流されて生きてきた。わざわざ面倒事に頭を突っ込むことだってそもそもなかったのだ。ちょっとだけ、成長しているのかもしれない。
「人間! すごいなこれは、体が温かくなる」
「そっか、よかったよ」
顔が綻ぶ。しばらくは、こいつに振り回されるのも楽しいかもしれない。
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