第14話 アリーシャの成長

再び、宴は一昼夜に及んだ。


結局、フェリシラ様とは一度も話すことはなかった。


その間に医者が呼ばれ、すぐに治療が始まった。


「いやぁ、ライル君のおかげだ。君におかげでフェリシラは救われた」


……本当にそうなのかな?


治療を選んでくれたことはとても嬉しい。


だけど、たとえ回復しても、ベイドと結婚してしまうと思うと複雑な気分だ。


ベイドの醜悪な顔が脳裏にちらつく。


「いえ、僕は別に……」


僕はこの場から逃げたかった。


「はっはっはっ。謙遜をするな。君との再会がなければ、フェリシラはあのままだったさ。さあ、君も飲み給え!!」


ドバドバと注がれるワインを見て、僕はため息をついた。


これから先、僕は公爵家とは関わりにならないほうがいいだろう。


……。


しばらくして、僕はアリーシャを連れて、いつもの宿屋に戻った。


こっそり、逃げるように……。


帰り道……。


食べ疲れてしまったのか、寝てしまったアリーシャを背負いながら、これからのことを考えていた。


コンテストでは優勝をすることが出来た。


きっと、買い取りの話も進めることが出来るだろう。


そうなれば、武具を修繕して、資金も十分に貯められる。


……お金が溜まったら……ここを離れよう。


出来れば、フェリシラ様の結婚式が始まる前に……。


嫌な現実はなるべく見たくないもんな。


「それでいいよな? アリーシャ」

「むにゃむにゃ……もう食べられません」


なんて、ありきたりな寝言を……。


しかし、それにしても……すごく重くなっていないか?


背負った時も違和感を感じたけど……。


成長している?


いや、公爵家にいたのはたった三日間だ。


さすがに成長を感じるほどは大きくはならないだろう。


だけど……。


背負っている手が痛くなりだしてきた。


これは……無理かもしれない。


「やっと……辿り着いた……ん?」


いつもの宿屋……だよな?


なんだ、これ?


『獣人、大歓迎』


こんな看板、あったっけ?


宿屋の扉を開けると……


いつもの女性がスタスタと走って向かってきた。


そういえば、宿賃を追加で払っていなかったな……。


もしかして、怒っているかな?


「あの、すみません。すぐにお金を払い……」


「アリーシャちゃん!! 会いたかったよぉ。はぁぁぁ。この寝顔……本当に天使だわぁ」


……この人、随分と変わったな。


というか、店の雰囲気も随分と変わったな。


あんなに人がいたのに……。


ガラガラだ。


「あの……アリーシャを寝かせたいので、まとわりつかないでもらえませんか?」


ん?


この人、なんでモジモジしているんだ?


さっさとどいて欲しいんだけど。


「一緒に寝てもいいですか?」


却下だ!!


全く、何を考えているんだか。


「ええええええっ!!」


後ろから不満の声が聞こえてきたが、気にしない。


僕達の部屋は……あれ?


荷物が全て無くなっている。


そうだよな……お金、払っていないもんな。


修復した武具も消え、アリーシャが隠し集めていたお菓子も姿を消していた。


「ちょっと待ってろ。お金を払ってくるからな」


さすがに手の限界を迎えていた。


アリーシャをその辺りの壁に寄りかからせていたら、女性が現れた。


「ちょうど良かった。これを……」


財布を取り出し、お金を払おうとしたら、何故か止められた。


「帰ってくると思っていたので、こちらに部屋を移動しておきましたよ。さすがにずっと、お客様を屋根裏ってわけにはいきませんから。特にアリーシャちゃんを……寝顔、かわいいよぉぉぉ」


この人とはあまり後腐れがない方がいいだろう。


そんな気がする。


案内された部屋は綺麗に整えられていた。


ベッドも二つ置かれ、十分なフリースペースもある。


そこにはすでに武具が置かれ、お菓子もひっそりと隠されていた。


何もそこまで再現は不要なのでは?


とも思うが……


「あの、お金を渡したので帰ってもらえませんか?」

「いけませんか? 朝までアリーシャちゃんの寝顔を見ていては」


……ダメだ。この人。


「出ていって下さい!!」


突き出すように部屋を追い出そうとした。


「あっ!! そういえば、武具屋の旦那さんがライルさんを探していましたよ。ものすごい剣幕で……」


なんだろ?


全く、思い当たる節はない。


だが、その前に……。


目の前の危険を取り除くほうが先だ。


「アリーシャちゃん、ちょっと成長しました?」


うっさい!! 


「出てけ!」


……これで静かになった……。


僕も久しぶりにゆっくり寝られそうだよ……。


さようなら……フェリシラ様。


一筋の涙が流れ……僕は気絶するように床で眠ってしまった。


「親方ぁ。起きて下さい。お腹空いた」


朝か……。


「ああ、すまな……って誰だ!!?」


いや、分かっている。


ただ、信じられないだけだ。


「親方ぁ、よだれの跡が凄いよ。ああ、お腹空いたなぁ」


アリーシャが大きくなっていた。


子供と言えば、子供だが……背伸びすれば大人の仲間入りくらいの大きさだ。


あんなに小さかったのに……。


どうして、急に。


「お腹! 空いた!!」


声も一段と大きいな。


「ああ、すぐに食堂に行こう」


……どう言う事だ?


食堂に獣人がいる。


アリーシャとは別の……。


「あっ!! おはようございます。アリーシャちゃんもおはよう。朝からとてもかわいいわ」


大きくなったことはスルーなんだな。


まぁいいや。


「これはどういう事です?」

「はい? ああ、獣人の方って肉が好きみたいなので、多めにしてしまいました。嫌いですか?」


確かに各テーブルに置かれている食器には大量の肉が山盛りになっている。


「いえ、そうではなくて……」


僕は小さな声で、「獣人がなぜ、いるんですか?」と囁いた。


「ああ!! そういうことですか。私、獣人の虜になってしまったんですよ。よく見たら、ぬいぐるみみたいで可愛いじゃないですか!! もちろん、アリーシャちゃんが一番ですよ!!」


……人って変わるもんなんだな。


「ほら。アリーシャ。食べてもいいぞ」

「うん!! じゃあ、お兄ちゃんにも、これ」


塊から切り分けられた肉から美味しそうに皿の上で湯気を立てていた。


「ありがとう……」


なんか、不思議な気分だ。


「なぁ、アリーシャ。体に何か、異変はないか?」


首を傾げながら、体のあちこちを見たふりをして……


「別に? いただきまぁす」


食べている姿はいつものアリーシャか。


まぁいいか。


獣人の事はよく分からない。


もしかしたら、これが普通なのかもしれない。


あまり深く考えないでおこう……。


それにしても……本当に可愛いなぁ。


「ライルさんが帰ってきているんだって!!?」


急に開けられた扉。


そこには……


「ああ、武具屋の親父さん。おはようございます」

「何を呑気に! ちょっと、店まで来てくれ!」


一体、何事?


「ご飯を食べ終わるまで、お出かけ禁止です!!」


アリーシャ……。


「だそうです」

「ぐぬぬぬぬ」


結局、食べ終わったのは一時間先のことだった。

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