第6話 新たな可能性

夜な夜な聞こえる……。


シュッシュッという音……。


「随分と手慣れているんだな」


実は少し関心していた。


アリーシャには研ぐ才能があるのではないか?


持ち方も変だし、研ぎ方もいまいちだ。


だが、妙にうまい……。


もしかして、違うものを研ぐというのは、すごい経験値を得られるのではないか?


ふと、そんなことを思っていた。


というのも、僕の『研磨』スキルにちょっと限界を感じていたからだ。


剣は研げば研ぐほど、より輝きを増していく。


だが、一定の回数を超えると必ずナマクラになってしまう。


これは剣によって回数のばらつきはあるが、酷いナマクラ剣に最終的にはなってしまう。


そのナマクラになるか、どうかの瀬戸際を極めたいのだが……


「僕には剣を見る目がないからなぁ」


『鍛冶師』スキルがない、決定的な欠陥。


もっとも、利き目はプレミア級でも難しいと聞いたことがあるけど。


僕は興味本位でアリーシャに近づいた。


「なあ。僕にもそれをやらせてくれないか?」

「へ? いいの? 実は手が届かないところが……」


背中か……。


たしかに手は届かないだろうな。


「ああ。じゃあ、横になってくれ」

「はい!!」


えっと……どうやればいいんだ?


アリーシャの右半身は固い鱗のようになっている。


研ぐのは……


「肩からやっていくぞ」

「お願いします」


ゴリッ……ゴリッ……。


あれ?


いい音が出ないな。


ゴリッ……シュッ……


お?


音が少しずつ変化していく。


なんとなく、分かってきたぞ……。


この調子で……。


……。


「親方ぁ。疲れないの?」


ん?


つい、夢中になってしまったな。


「ごめんな。やりだすと止まらなくて。でも、どうだ? すごく綺麗になっただろ?」


数時間で肩周りしか出来なかったけど……


いい出来だ。


肩周りの固い鱗がキレイになくなって……


素肌が見えて……いる?


あれ?


何か、おかしくないか?


「へ?……嘘です。そんなの……嘘です。固く、無くなっています! 親方ぁ、治ってます!!」


僕は砥石を持ちながら、ぼーっと座っていた。


これはどう言う事だ?


研いでたら、病気が治った?


いや、そんな話聞いたこともない。


というか、ありえない。


待て……考えるんだ。


もう一度……もう一度やってみよう。


それで分かるはず。


だけど、一応、違う砥石を使って……


「親方ぁ!! 見てよ!! 見てよ!!」

「ああ、見ているぞ」


少女のアラレもない姿を……。


いや、そうではない。


結局、一晩中……いや、次の日の昼間までひたすら研ぎ続けた。


そして、アリーシャの体から竜鱗病がキレイに無くなってしまった……。


僕はなんてことをしてしまったんだ……


そして、一つの可能性を感じ始めていた。


『研磨』スキルは人にも使える……。


どんな理屈かは分からない。


だけど、アリーシャの喜ぶ姿がすべてを物語っている。


病気を治せるかもしれない……。


しかも、変化はそれだけではなかったんだ。


「すみませんでした!」


しばらく経った日、急に宿屋の女性に謝られた。


正直、何のことか、さっぱりだった。


「あの……頭を上げて下さい。どうしたんですか?」

「すごく申し上げにくいんですが……アリーシャちゃんとご飯を食べさせて下さい!」


へ?


何を言っているんだ、この人は?


っていうか、アリーシャちゃんて……この人の口から初めて聞くな。


「いえ、いえいえ。そうじゃなくて……その……これからは食堂で食べませんか?」

「僕はアリーシャと一緒じゃないと、食べないと言ったと思うんですけど?」


やっぱり、獣人は嫌なのかな?


何度も見ているからか、周りからは無闇に嫌がられることは少なくなったと思っていたんだけど。


「えっと……その、アリーシャちゃんと一緒に食べに来ませんか?」


なん、だと?


「もう一度、お願いできますか?」

「その、アリーシャちゃんを見たいってお客様が多くて……もちろん私も……」


訳が分からないぞ。


アリーシャを見たいって……。


まさか……。


考えてみれば、病がすっかり癒えたアリーシャは完璧な美少女になった。


僕でもアリーシャの仕草に研ぐことを忘れてしまうほどに……


だが、忘れるな。


この女性はアリーシャをどう思っていた?


僕が買い主だと……


他の客もアリーシャを……


「彼女は見世物でもないし、売り物でもありません。残念ですけど、この宿屋から出ていかなければならないようですね」


仕方がないことだ。


だけど、こんな危険な宿屋にアリーシャを置いておくわけにはいかない。


「ちょ、ちょっと待って下さい!! ライルさん!! 誤解!! 誤解なんです!!」


どういうことだ?


本当に訳が分からないぞ。


「アリーシャちゃんが可愛くて、好きになっちゃったんです!!」


……へ?


「それは……獣人に嫌悪感が無くなってことですか?」

「それは分かりません。街中で見るとやっぱり、嫌だなって思います。だけど……」


やっぱり、か。


「アリーシャちゃんは特別なんです。なんというか……私が触れたら、汚してしまうような……そんな感じなんです!!」


全然分からない!


この人はアリーシャに何を見たんだ?


僕にはただの獣人の子供にしか見えないんだけど……


でもまぁ、アリーシャに悪い感情を持たれていないのは嬉しい。


とても嬉しい事だ。


「アリーシャ。これからは、食堂で食べるけど、大丈夫か?」


嫌がるだろうと思った。


今まで、忌み嫌われて、ずっと遠ざけられてきたんだ。


急に相手が態度を変えてきても、困惑するだけだ。


アリーシャはきっと……


「ご飯、おかわりしてもいい?」

「ん?」


「いいですよ!! 全然。なんだったら、無料でもいいです。アリーシャちゃんを見ていられるなら、なんだって、あげちゃいますよ!!」


この人、態度変わり過ぎじゃないか?


「じゃあ、食堂で食べる」

「やったぁ!! じゃあ、お待ちしていますね!!」


……食い気には勝てなかったみたいです。


「……良かったな。アリーシャ」

「はい! お兄ちゃんと会えて、本当に良かった。ありがとうね……ライルお兄ちゃん」


僕はアリーシャの頭をゆっくりとなでた。


「ああ。じゃあ、今日の仕事を始めようか」

「はい!!」


その時は僕は知らなかった。


近くに不穏な影が見え隠れしていることに……


コンテストまではあと数日にまで迫っていた。

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