第5話 親方
「さあ、今日から仕事をやってもらうぞ」
「はい! 親方!」
ん?
今、なんて言ったんだ?
「親方って何?」
「人の所で働く時、一番偉い人をそう呼べって……変ですか?」
えっと……。
そんな上目遣いをされると何も言えなくなるんだよな。
まぁ、いいか。
親方……ちょっと、いい響きだったりもするし。
「変ではないんだけど……ちょっと、僕には分不相応というか……まだ早いと言うか」
「ん?」
この子に説明は止めておくか。
親方という呼び方は名工でなければならない……。
僕はまだまだ遠い先の話だと思っていたから。
「えっと、じゃあ、外ではライルお兄ちゃんって呼ぶことにします」
外はお兄ちゃんで、宿屋では親方?
なんか、逆じゃないか?
そんな気もするが……。
「じゃあ、行こうか」
「はい!!」
街中を獣人を連れて歩くのは、やはり相当変なようだ。
道行く人が全員が怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
「お兄ちゃん……もうちょっと離れて歩こうか?」
この子も色々と感じ取っているんだな。
だけど……
「気にしなくていいよ。ほら、危ないから僕の手を掴むといいよ」
僕は手を伸ばした。
「えっと……」
アリーシャは遠慮しがちに、僕の手を掴んだ。
「ありがとう、お兄ちゃん」
ぼそっと言った声は聞こえたけど、返事はしなかった。
泣いていることに気づいたから。
偶然に出会った子だけど、僕はこの子と何も変わらないんだ。
必死になって、生きていかないと……
武具屋『ブーセル』の看板が見えてきた。
「ここでお仕事?」
「ああ。ここからたくさんの武具を宿屋に運ぶんだ。重いけど、やれるか?」
実際は一抹の不安があった。
こんなに小さな体の子供に持てるのか?
「おう、来たか……って、獣人を入れるんじゃねぇよ! ほれ、あっち行け!!」
ここも一緒か。
「じゃあ、裏の武具を持っていきますね」
「勝手にしろ。それと獣人をまた表から入れたら、二度と武具は売らねぇぞ」
……。
「分かりました。ああ、それと……」
僕は一本の剣を差し出した。
アリーシャが寝てから、研いだボロ剣だ。
「なんだ?」
「これを買い取ってもらうことって出来ませんか?」
研いだだけのものだけど、それなりには出来はいいと思う。
前のように高値がつくといいな。
「ダメだ!! うちは買い取りは止めたんだ。他を当たってくれ!」
「そんな……見て下さい! ほら!!」
まさかの反応に僕は混乱してしまった。
ここで売れなかったら、僕の夢が……工房がどんどんと遠のいてしまう。
「ダメだ!! ダメだ!! なんと言われようと、買い取りはしない!! それに持っていったボロい剣だろ? 見なくても分かる。あれは何をやっても、売れるものじゃねぇよ。さあ、帰った!!」
……ダメか。
どうしよう……。
「お兄ちゃん、どうしたの?」
「ああ、ちょっと生活費が……って、すごいな!!」
あの量の武具を一人で背負っている。
これでもかって入った袋を……
しかも、表情に一切に曇りがない。
「アリーシャ。大丈夫なのか?」
「ん? これで全部なの? 私、もっと持てるよ!」
獣人の力というものは凄いんだな。
この子はまだ、子供だろ?
大人になったら、どうなるんだ?
アリーシャが大人か。
すごく美人になりそうだよな。
……いや、考えるのはやめよう。
一緒に居づらくなるだけだ。
「帰ろうか」
「うん。また、手を繋いでもいい?」
僕は頷いて、手を差し出した。
嬉しそうに握る手は小さかった。
……この子を守るためにも売り先を考えないと。
宿屋に戻り、荷物を置く。
「ちょっと、欲張りすぎたかな?」
部屋の半分近くを荷物が占領してしまった。
まぁ、作業をする場所は大したスペースを必要としないからいいけど……
これでは寝るところがないぞ。
コンテストが終わるまでは、部屋が空きそうにもないって言ってたしなぁ……。
「すまないけど、しばらくは狭い部屋で我慢してくれ」
「大丈夫だよ。えっと……親方と一緒なら……」
だから、上目遣いはやめてくれ。
こっちがドキッとしてしまう。
「まずはこの一本の剣を売りに行こう」
「はい!」
とは言ったものの……
ない! 買い取ってくれる店がない!!
武具屋は大通りに行けば、軒を連ねるようにあるのに……。
「ほう、なかなかいいものですね?」
きたっ!
ついに来たぞ。
最後の一件でやっと、この感触。
これで……美味しいご飯が食べられるな……
「だけど、申し訳ありませんが、うちでは買えませんね」
……そんな。
僕は薄々思っていた。
ウォーカー領の武具屋が実は変わっているのではないか、と。
やっぱり、領主の息子っていうのがあったから買い取ってくれたのかもしれないな。
「分かりました……」
「ちょっとお待ち下さい。その剣は本当にいい物だと思います。どうです? コンテストに参加されては?」
いや……
「僕の腕ではとても……」
「それは分かりませんが……貴方が研いで、ここまで仕上げたのでしょ? いい所まで行くと思いますよ」
そうなのかな?
僕にはまだ、剣の良し悪しは分からない。
それには『鍛冶師』スキルを持って、熟練した人しか無理だ。
もしくは『鑑定』スキルと言うやつがあれば……
でも、僕にはまだまだ……
「コンテストで小さな賞でも取れたなら、買い取りは喜んでさせてもらいますよ!」
光明が見えた。
やってやる!!
いや、やるしかないんだ。
僕は急いで宿屋に戻った。
そして、一心不乱に武具を研ぎ始めた。
極めるんだ。
この短い時間の間に……なんとか、ものにしないと……
「親方ぁ」
「おお、ごめんな。つい、夢中になっちゃって。先に寝ててもいいんだぞ」
やっぱり、子供には夜ふかしは辛いみたいだ。
「あの……親方? 頼みがあるんですけど……」
「砥石が欲しいって?」
僕はちょっとニヤッとしてしまった。
もしかして、僕の作業を見ているうちに鍛冶に興味が湧いたりしちゃったのかな?
そうだよな。
やっぱり、鍛冶は最高だよな。
うんうん。
「大事に使うんだよ」
コンテストを出るために僕は貴重な金貨で最高級の砥石をいくつか買った。
今はそれを使っているので、アリーシャに渡したのは家を出ていく時に手にしていたものだ。
古く、幼少の頃から使い込んだ愛用品。
だが、さすがに使うのも難しいほど、すり減っていた。
まぁ、初心者にはちょうどいいだろう……。
「……って、なにやってんだ?」
「えっと……削らないと動かなくなっちゃうの」
アリーシャが研いでいたのは、自分の体でした。
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