第二章




 園崎真希は、目の前に立つ歪ながらも美しい存在に目を奪われていた。

 彼女を襲った怪物と比較すれば、目の前のそれは一種の彫刻のような美しさを放ち、逆に彼女を襲った怪物は粘土を適当に積み上げてかろうじて形は保っている芸術にも満たない姿に見えた。

 しかし、綺麗な薔薇には棘があるように、美しい彫刻というものには大抵並々ならぬドラマや葛藤と呼ばれるものもあるのである。

 それは時に醜くもあり、目の前のそれも、そう言えるものであった。


「おいおい……、俺が美しいのは分かるが、そんなに見とれるんじゃない……」


 その一言で、天国に浮かんでいる天使でも見ていたかのような気持ちだった園崎は、一気にそこから地上へと叩き落とされた気分になった。

 今こいつはなんて言った?、俺が美しいのは分かるが?、うわっ……、こいつはあれか、ナルシストってやつか……。


「今はっきりと醜いものを見たわ……」


 と言ってため息を吐く園崎。


「そうか、あの新人しんとは仕方ない……。元々が重度の変質者ゆえにあぁなったとしか思えん……」


 いや、あんたに言ってんだけど……。

 と、目の前の人狼に言おうとしたがなんとかそれを堪える園崎。

 すると、目の前の人狼は元の人間の姿へと変化した。


「しかし、俺の美しさの前では奴のような下衆な新人しんとも消え去るしかなかったようだ……。さ、邪魔者は消えた、さっさと家に戻れ、また襲われるかもしれないぞ?」


「い、言われなくてもそうするわよ」


 園崎は大我に向かってそう言い放った。

 そして、動こうとしたものの体はこういう時は正直なもので、その足は園崎が思っている以上に震えていた。

 なかなかはじめの一歩を踏み出さず、足が震えているばかりの園崎を見た大我は、思わずため息を吐いた。


「はぁ……、おい!」


「なっ!、何よ!?」


 怖がっているからか、思わず大声を出してしまう園崎。

 そんな園崎の手を、大我はぎゅっと握った。


「あっ……」


 思わず頬を赤くする園崎。

 そんな園崎に対して、大我は相変わらず偉そうな口調で話す。


「ついて行ってやる」


「なんで……」


「俺も男だ、女が震えているのを見て何もしないわけにはいかないからな……」


 そう言うと、大我は園崎の手を引っ張った。

 園崎は落ち着いたのか、ようやくはじめの一歩を踏み出した……。




 真っ暗な夜道を歩く二人。

 昨日から奇妙な光景を目撃している園崎は、いろいろと整理したいと考え、大我に色々と聞いていた。


「さっきの……、私に襲いかかったあれって……」


新人しんとだ」


「しんと?」


「簡単に言えば人類が進化し変貌することとなった化け物の名だ。数年ほど前からこの町では密かに増え続けていて、欲望のままにあのような奇行を行なっていた……」


 園崎は、大我の口から出た人類の進化という言葉を聞いて、少し困惑する。


「あれが……、進化?」


「そうだ、新人しんとは人間の欲望や願い、強い感情が限界を超えることではじめてその進化へと辿り着く。永遠に若くありたい、最高の芸術を生み出したい、大切な人を傷つける者に罰を与えたい……、などの感情を持って新人しんとになった者だっている」


 園崎はその説明を聞いて、わかったようなわかっていないような不思議な感覚でいた。

 だが、そうなると現在進行形で手を引っ張ているこいつもまた新人しんとということになるのだろうか?。

 あの禍々しくもどこか美しさを感じる青い狼男が、新人しんとでないならなんと言うべきなのだ。


「じゃあ……、あなたもそんな感じで新人しんとに?」


 園崎は思い切って大我に問いかけた。

 大我はしばらく黙り込んだ後、ただ一言口にした。


「……分からない」


「分からないって……?」


「物心ついた時から、俺は不完全ながらもこの姿にはなれるようになっていた。それは、大我だって同じだった……」


 なぜか自分の名前を語る男の姿を見て、園崎は思わず、


「大我って……、あなたの事じゃないの?」


 と、問いかけた。

 それに対して、大我は答えた。


「大我は今、俺の中で眠っている」


「それってどういう……」


 大我は急に立ち止まり、そのまま語りだす。


「今の俺は大我ではないということだ……」


「えっ?」


「俺の名は、影下狼我かげもとろうがだ……」


 そう言った男の目は、赤くギラギラした瞳になっていた……。




 長い道を歩き、とうとう園崎の部屋がある学生寮にたどり着いた二人。

 園崎は大我こと狼我のほうへと振り向く。


「ありがとう、着いてきてくれて……。でもしばらくは夜道には慣れないかも……」


 そんな園崎を見て、狼我は少しからかうように、


「ほう?、先程まで強気でいた割には随分と臆病なものだな……」


 と、口にする。

 それにむかついた園崎は、


「うっさいわね!」


 と、思わず大きな声を出した。

 その声に反応したのか、二人の前に一人の女性が現れた。


「あら、誰かと思えば園崎じゃないか……!」


「あっ、椿さん……」


 園崎は、その顔を見て彼女の名を口にした。


「一体こんな遅くまでどこいっていたんだい!、昨日も帰ってこないと思ったら学校に来てるって言うし……」


「いやぁ……、そのぉ……」


 椿に詰め寄られて、どう返そうかと悩む園崎。

 起こったことを言おうにも、あまりにも非現実的であるがゆえにからかっていると思われるし、かと言って適当な嘘をつくのもまた状況的に悪い……。

 どうしようかと悩んでいた時、その後ろにいた狼我が口を開いた。


「そこの麗しき女……」


「は?」


 椿は、自分に向けて放たれた言葉に思わずそう返してしまう。

 そんなことは関係なしに、狼我は話し出す。


「すまない、実は昨日この女は突発的な貧血に襲われてしまってな、看病をするために家に預けてしまっていた」


「ていうかあんた誰?」


「ろ、……大我だ」


 一瞬自身の名前を言おうとするもそれをやめて、大我の名を口にする狼我。

 椿はその狼我の身なりをじろじろ眺めて、一度園崎のほうへと顔をずらしてから、再度狼我を見た。


「もしかしてだけど、この子に変なことしてないわよね?」


 それを聞いた園崎は、首を横に激しく振った。

 そして狼我は、


「悪いがこんな可愛げのない女と寝る気はない。今日は痴漢から逃げているのを助けていただけだ」


 と、言い放つ。


(ある意味間違いではないけど……、てか可愛げないってどういうことだぁ?)


 と、思わず心の中で突っ込みを入れる園崎。

 一方で椿は、何となく事情を把握したようで、一回ため息を吐いた。


「そう、色々と助けてくれてたわけね……。まぁそういうことなら許してあげるわ。あんたも若いんだから、こんなところでぶらぶらしないで早く帰んなよ?」


 そう言われた狼我は、


「あぁ、俺は昔から美女の命令には従う男だ、ここは早々に引き下がろう……」


 と言って、寮の外へと歩きだす。

 椿はただ、


「あっそ」


 とだけ返した。

 狼我は、別れ際に園崎にだけ聞こえる声で、


「また会おう、女……」


 と口にした。

 それを聞いて振り向く園崎だったが、いつの間にか彼の姿は消えていた。


「あんたもそろそろ自分の部屋行きなって……」


 椿がそう声をかける。

 園崎はそれを聞いて、


「えぇ……」


 とだけ返した。

 園崎はそのまま自室へと入る。

 扉を閉めた直後、その向こう側で声が響きだした。


「えへへへ、麗しき女だってぇ!、しかもあんな若い子にー!。今日はついてるぞー!!」


「喜んでたんかい……」


 椿のテンションに呆れつつも、園崎は色々と疲れた体を癒すため、ベッドに寝転がった……。




 あれから、一週間程の月日が流れた。

 園崎の周りでは、ごくごく普通の日常が流れ続けていた。

 だが、彼女には一つだけ不可解なことがあった。

 自らを狼我と名乗ったあの男のことである。

 あの感じからして、おそらく大我という男は二重人格と言えるものなんだろう。

 というか、あれでそうじゃなかったらそれこそなんなんだって話である。

 突如化け物に襲われるわ、お金持ちみたいななりの男に助けられるわ、怪物同士で戦うわで、正直なところ情報量が多い二日間で頭がパンクしそうである。

 そりゃあもう忘れろというのが無理な話だ。

 とまあこんな感じで、ひと時の夢を見ていたかのような感情を抱いたまま、園崎真希は今日もいつものように一日を過ごす……、はずだった……。


「ねえ聞いた?、今日この高校に転入生が来るんだって!」


「えっ!?、マジそれ!。男?、女?」


「噂だとさ、男なんだってさ!」


「イケメンかなぁ?」


「あんたいっつもそればっかじゃない!」


 何やら教室が今日は騒がしい。

 そういえば、いつも空いてるスペースになっていた私の席の後ろに、今日はポツンと席が設けられていた。

 ていうか、こんな時期に転入生?。

 そんな疑問を浮かべていると、とうとう朝のホームルームの時間がやってきた。

 教室に、クラスの担任が入ってくると同時に、その後ろから一人の生徒が歩いてきた……。

 その顔を見た園崎は、あまりの事態に言葉を失うと同時に、ぼぉっとした表情からなにかとんでもないものを見たかのような表情へと変化していった。

 いや、というよりも実際にとんでもないものが目の前にいるのである。

 そのとんでもないものの横で、担任は話を始めた。


「えぇ、突然で申し訳ないが、このクラスに新しく加わることになった、影下大我かげもとたいが君だ」


「影下大我です。よ、よろしくお願いします!」


 クラス中の女子たちが黄色い悲鳴を上げた。

 そして、クラス中の男子たちは先ほどよりも退屈そうな顔つきになった。

 大我は、先生の指示で園崎の後ろの空いた席へと移動し、そのまま座り込んだ。


「また会ったね!」


 突然にもほどがあるその男の出現により、園崎の普通の日常はまた一変しだした……。




 昼休み、大我はクラスの女子たちに非常に人気であった。

 今更気づいたが、この大我という男、結構な美男子でもあった。

 そのうえ穏やかな性格で皆知らないけど金持ちであるためそりゃあもう人気もでるわけである。

 皆知らないけど。

 まあ、反対に男子からは睨まれまくっているわけである。

 仕方がない、うちのクラスの男子は武骨な奴が大半だから暑苦しいのだろう。

 とまあ、私の後ろの席でガヤガヤ騒いでいたのがしばらくしてなんとか収まり、ふと後ろを向いてみると、机にぐったりとうつ伏せになった大我の姿があった。


「お疲れね……」


「こんなに人と話すことがなかったから……」


「そう……、ていうか何でここに来たのよ!?」


 と、園崎は今更冷静になって大我に問いかけた。

 それに対して大我は、


「え?、だって学校楽しそうだったから!」


 と、和気あいあいと言った。

 園崎はそれを聞いて唖然とした。


「楽しそう?、え、それだけの理由?」


「そうだよ?、あの時園崎さんを送った時に見た学校の風景が忘れられなくて、それでじぃやに何度もお願いしてみたら、この高校に入学することになったんだ!」


(じぃやさん、いったいどういう手回しをしたんですか……)


 いろいろと突っ込みたい気持ちをいったんは抑える園崎。


「でもあんた大丈夫なの?、勉強とかついていける?」


「そこはじぃやが色々と教えてくれているから大丈夫だよ!」


 半信半疑な感じではあるが、思い返せば昼休みまではちゃんと勉強には励んでいるようなのでとりあえずは何とかなりそうである……。




 時間はあっという間に過ぎ、外は夕暮れでオレンジに包まれた景色へと変わっていた。

 そんな中、一人のメガネをかけた少女が大我に近づいてきた。


「ちょっといいかな?」


 声をかけられた大我は、慌てて返事をする。


「は、はい!、なんでしょうか?」


「いや、大したことじゃないんだけど、紹介してなかったから」


「紹介?」


「そう、私はクラス委員の八代千里と言います。突然のことだったから自己紹介が遅れてしまったけど……」


「あぁ……、こちらこそ急に来たので!。よ、よろしくお願いします!」


 そう言って、頭を下げる大我。

 その様子を見て、千里は、


「可愛い……」


 と、小さな声を漏らした。

 それを聞いた大我は、顔を上げた。


「え?」


「ううん、気にしないで!。いろいろと困ったことがあったら言ってね!。それじゃあね!」


 そう言うと、彼女は彼の元から去っていった。

 大我は、近くの席でそのやり取りを見ていた園崎に声をかける。


「八代さんってどんな人なの?」


 突然の声掛けに驚く園崎。


「え?、あぁ、うちのクラス委員で、成績優秀、スポーツも得意、それでいてクラスの誰からも頼りにされるような完璧な子って感じね……」


「そのわりには、園崎さんは彼女のことを好きそうには見えないけど……」


「というより、そこまで興味がないって感じかな。彼女のようになりたいわけではないし、憧れてるわけでもないもの」


「そうなんだ……」


「それじゃあ、私は部活があるから……」


 そう言うと、園崎は席から立ちあがった。

 そして、しばらく歩いてから、彼女は振り返った。


「……もし興味があればだけど、来てみる?」




 文芸部の部室にやってきた二人。

 そんな二人を、部員である志乃と美咲が迎えた。


「へぇ、こいつが園崎のとこの男か!」


「ちょっ!、美咲、その言い方やめてよ!」


「冗談だって!、にしてもなかなかのイケメンじゃーん!」


 と、美咲は園崎の肩をたたきながら言う。

 その横で、大我が話し出す。


「影下大我です、よろしく!」


「おう、あたしは美咲。でこの黙々と本を読んでいる子が……」


「志乃よ、よろしく……」


 と、それぞれがあいさつを交わす。

 すると大我は部屋に並べられた本を眺める。

 園崎は、彼のその様子を見て声をかける。


「本、好きなの?」


 それに対して、大我は答える。


「うん、今までほとんど屋敷の中にいたから、今日みたいに外のことを知るには本しかなかったんだ……」


 園崎はそれを聞いてハッとした。

 言われてみればそうか、今の彼にとっては外の世界は初めて触れる世界なわけだ。

 それまでは外の状況を知るには、テレビか本で描かれてるような世界を妄想するしかなかったのであろう。

 そう考えると、今日の彼は新しく踏み込んだ世界に恐怖を感じつつも、きっとどれだけわくわくしてたことだろう。

 あの時言った楽しそうだったからという言葉も、そういった世界を知らないが故の無邪気さによるものだったのかもしれない……。

 園崎は、ふと大我に問いかけた。


「大我、今日楽しかった?」


 大我は、それを聞いて園崎達のほうへと振り向いた。


「うん、これが世界なんだね……」


 大我は、うれしそうな顔でそう言った。

 その後ろで、


「えっと……、どういう状況?」


「さぁ、なんだかいい雰囲気なんだしいいんじゃない?」


 と、美咲と志乃が語り合っていた。




 暗くなり始めたころ、一人の女子生徒が何者かに追われていた。


「嫌だ……!、助けて……!!」


 迫りくる影は、その女子に向かって言い放つ。


『あなたが私を愛してくれないからじゃない……。邪魔なの、私の思い通りにならない人も、私に対してよからぬ噂を流す人も……』


 女子高生は、尻もちをついたまま、迫る陰から後ずさる。

 立ってしまえば走ることは可能であるが、それは恐怖によってできなくなっていた。

 その影は、とうとうその女子高生に密着するほどに近づき、その手で彼女の顔に触れた。


『最後のチャンスを与えてあげる……。私に服従するか、それともここで死ぬかを選ばせてあげるわ……。さぁ、答えを聞かせて?』


「あぁ……、あっ……、あぁ……」


 少女は口を開くも震えて言葉すら出せなくなっていた。

 それを見た影は、


『そう……』


 と、一言だけ言って、その手で少女を首を掴んだ。

 そのすぐ後に、少女の肌にぐさりと小さな痛みが走った。

 少女はぐったりと倒れ、そのまま道端に放置させられた。

 そしてその少女の体は、徐々に黒く変色していき、夜の夜風に当てられてぱらぱらと灰のように散っていった。

 そこに残っていたのは、少女が来ていた学生服だけだった……。




「……!?」


 大我は突然眉間にしわを寄せ、強張った表情になった。

 それを見た園崎は、思わず彼に対して声をかけた。


「大我?、どうしたのよ?」


 その問いに答えないまま、大我は廊下に向かって走り出した。

 突然のことで、部員一同は驚きを隠せないでいた。

 大我は、すれ違いざまに園崎にただ一言だけ言った。


「少し野暮用ができてしまった……」


 その声を聞いて振り返った時には、大我の姿はもうなかった。


「どうしたんだ?、あいつ」


 不思議がる美咲達の後ろで、園崎は何かに気づいた。


(今の口調……、まさか……!)




 日が落ちる。

 街灯が人通りが少ないにもかかわらずその道を青白く照らしている。

 その隣にある影の中で、異形の目が怪しく光りだし、高い笑い声を発していた。

 そこに、


「ほぉ、何か面白いことでもあったのか?、女……」


 と、その異形に対し、恐怖するわけでもなく当然のように声をかける者がいた。


『怖がらないのね。いや、慣れているのかしら?』


 その異形は、影に包まれたその体を光にさらしてその人物に近づいた。

 顔は見るからに蜂のような見た目をし、体もそれを思わせるような黄色と黒の二色で彩られていた。


「やはり新人しんとか……」


 男もその姿を街灯に照らした。

 男は大我だった。

 いや、正確には大我の中にいたもう一人の人格である、狼我と言った方がいいだろうか。

 その姿を見て、新人しんとは言う。


『わざわざ殺されに来た……、てわけではなさそうね……。困ったわ、あなたはなるべく自分の手で可愛がってあげたかったんだけど……』


「どういう意味だ?」


 新人の意味深な発言に反応する狼我。

 新人しんとは、その場で高笑いをして、その後に彼を睨みつけた。


『っ……!!』


「くっ……!」


 飛び込んできた新人しんとをよける狼我。

 地面でぐるりと転がったあとに立ち上がり、狼我は自分の手を前にクロスさせるように構えた。

 そして、喉を震わせながらうめき声をあげ、自らの姿を、青い狼のような姿に変貌させた。

 

『狼の新人しんと!、あなたが!?』


 驚く蜂型の新人しんとに対して、狼我は静かに近づく。

 蜂型の新人しんとは、自ら狼我に向かっていき、拳をまっすぐ伸ばす。

 狼我はそれを受け流して、そのまま新人しんとの顔面を殴り飛ばした。

 後ろに下がった蜂型の新人しんとは、その手から無数の針を放つ。

 狼我はそれを回避して、蜂型の新人しんと へと駆け出す。

 

『もらったわ……!』


 蜂型の新人しんとはそう言うと、再び狼我に対して手を伸ばした。

 狼我は、そのまま蜂型の新人しんとに殴りかかろうと手を伸ばしたが、次の瞬間、蜂型の新人しんとが放った針が、狼我の手に刺さった。


『っ!?』


 腕に痛みが走る。

 狼我は攻撃の手を止めてしまい、自分の手を確認した。

 針自体は大した痛みではなかった、問題はその針に仕込まれている毒だった。

 その毒が狼我の右腕にまわり、一種の麻痺状態にさせているのである。

 腕のしびれのせいで思うように手を動かせない狼我。

 狼我は、今度は左の手で蜂型の新人しんとに攻撃しようとする。

 それを回避した蜂型の新人しんとは大きく飛び上がり、街灯の上に立った。


『怖い人ね……。ほんとは私の者にできればいいんだけど、今はそれができないのが残念だわ……』


『どういう意味だ……』


 狼我が蜂型の新人しんとに問いかけるも、蜂型の新人しんとはその場から足早に去っていった。

 狼我は、ただ一人その場にたたずむしかなかった……。



 第二章[完]

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