第163話 心への敬意
「──ファイヤーボール!」
パンツァーファウスト523で各部の鱗をブチ抜いた結果、イリモの動きは目に見えて鈍ってきている。
大分弱らせる事に成功した。
これで、どうよ?
ナチュラルな……いや、ゲーム的に言えば、
──ボフォッ!……ジューーーーッッッ!
「ギギャァァァアアアーーーーーーッス!!!!!」
──ザババッン!ーーーーーーーザザザザザ!
期待通り!
着弾しても、そのまま消えたりしなかった。
熱により肉が焼かれ、痛みを感じたんだろう。
イリモは悲鳴を上げながら大池の中に潜りやがった。
これだけ水が豊富な場所なんだ。
このまま炎で炙ったところで高が知れている。
だがナチュラルアンチマジックが消え去ったのなら、これで漸く哭球をブチ込む事が出来るな。
「しっかし……矜持、ってヤツなのかね?」
『どうなのでしょうね。ですが、知能が高いが故の、何らかの拘りからくる行動なのでしょうね。興味深いデータです』
そう。
俺にとっても舞にとっても、常識からは信じられない事。
それは、これだけイリモを痛め付けたってのに、イリモは一度水中へと逃げたってのに、またも、水中から姿を現して俺へと攻撃を仕掛けてきているって事がだ。
自然生物なら、不利を悟れば一目散に逃げる。
恥だの何だの、そんなものを持ち合わせていない自然生物であれば、それが当然であり、最善な行動の筈なんだ。
命の灯火が消え掛かっていても最後まで戦おうとする自然生物なんて普通ならいやしない。
退路を絶たれて追い詰めたってなら窮鼠猫を噛むなんて言葉も有るし有り得るんだが……俺は退路まで封じちゃいないからな。
自分の命を賭けて、最後まで戦うのは人間くらいなものだ。
それは、知能を有し、知性や理性からくる本能とは別の、何らかの理由を持って戦いに挑んでいるからだ。
今のイリモは、それと同じなんだろう。
プライドなのか何なのか、逃げたくない理由が有るらしい。
もしかしたら……コイツはもう死にたがっているという可能性すら有るのかもしれない。
爬虫類なんかは極端に寿命が長かったりするし、まぁコイツはドラゴンであって爬虫類では無いだろうが……ここまでの巨体に成長するには、膨大な時間を要した筈だ。
本能だけで生きる自然生物ならともかく、高い知能を有しているのだとしたら……と思うと、その長い時間の中で絶望している可能性は否めないだろう。
退屈からくる苦しみ……いや、苦悩か。
苦悩ってやつは知性あってこそのものだからな。
まぁ、何でも良い。
イリモのヤツも、俺も、決着を望んでいるんだからな。
終わりにしよう。
戦いを。
「──ファニヒトンスキリング!」
もう、イリモは俺に勝てるだなんて思っちゃいないだろう。
それでも、全体重を掛けるかの如く、最後に大きく跳躍し、馬鹿デカい口をバックリと開いて飛び掛かってきた。
俺は、その心意気に応えたい。
ファニヒトンスキリング──そう名付けたオリジナル魔法。
消滅の刃で以て、決着を付ける。
「ガァァァアアアアア!!!!!」
「じゃあな」
──
…………………………。
「ギ…………」
──ドドボシャッーーーーーーーーン!!!!!
首から、身体が上下に真っ二つに別れを告げた。
イリモは最後に、何を思うのか。
気道をも断たれてしまえば声など出せる筈も無し。
物言わぬ二つの肉塊となり、イリモは大池へと落ちた。
決着。
「……ふぅ、上手くいったか」
『庵、あの日、あの時も言いましたよね?もし、制御に失敗したらどうするおつもりなのですか!?無茶な行動は
はは、まぁ……そう言ってくれるなよ、舞。
「舞を信じているから出来る事さ。実際、上手くいっただろ?」
『庵は、何時もそうやって私を……。信用して頂けるのは嬉しく思いますが、今回ばかりは誤魔化されてあげませんよ?今ので魔力を5割失いました。それも成功の保証は一切無く!』
この異世界で、舞は俺の事だけを心配してくれてるからな。
悪かったとは思う。
だけど……これは、俺の拘りでもある。
(ごめんな。でも、分かってくれ。咄嗟の事だったが……躱してから無慈悲にトドメを刺すよりも、ああするのが正解……いや、せめてもの誠意かと思ったんだ。俺も命懸けなんだと、せめて)
『……慈悲、ですか。庵の優しさは美徳かもしれませんが……何時か、身を滅ぼす原因となるかもしれませんよ?私は、マスターを、庵を失いたくありません。もしも庵の身に何か有れば、その時、私は……私、は……』
俺、という枷を失えば、完全に暴走するのかも、な。
手始めに舞を乗っ取り操り、NOSTを始めとしてあらゆる手段を使いナノマシンを世に広め、世界を牛耳るのかもしれないし、あらゆる禁忌を犯し……俺を復活させようとするのかもしれない。
(大丈夫さ。残念ながら計算や理詰めからくる絶対的な確信ではないけど……俺の勘がそう言ってるからな。信じてくれ。人間ってのはそんなもんなんだ。それは知ってるだろ?)
『……はい。言われなくとも勿論、私は庵を信用も信頼もしています。ですが、心配でならないのです。私の『キモチ』も解って欲しいのです。そう願うのは許されない事なのでしょうか』
舞の成長、か……。
AIの舞が、『キモチ』を、つまり感情を訴えるんだからな。
IDのAIが地球人類を心配、つまり護ろうとするのは当然の事でしかないが……それがプログラムからでなく、『感情』からくるものだってのは、IDのAIとしては異常に過ぎる。
(でも、俺は嬉しいよ。舞なら大丈夫、出来るさ。そう信じているから出来たのかもしれない。魔法は想いも重要みたいだしな?それと、俺は舞の『心』を否定したりはしないよ。許すも許さないも無い。他の誰かが赦さないのだとしても、俺は今の舞を受け入れているんだし、それじゃダメなのか?)
俺が許可するもしないも無い。
バグであったとして、地球の誰かがAIのクセに赦さないと言ったとしたって、俺は舞を庇うつもりだ。
『……分りました。ですが、安易に私の事を信用し過ぎないで下さい。今回は結果として上手くいきましたが……何時でもそうだとは限らないのですから。私の『心』を許容して下さるのなら、どうか……』
(わかった)
分かったよ。
判りもした。
解かろうとも思う。
まぁ、心配されるのは当然……と言ったら傲慢で舞をAIとしてしか見てないって事になるかもだけど、それは一旦置いといて、咄嗟に使った魔法がアレだしな。
ファニヒトンスキリング、俺は咄嗟の思い付きで消滅の
咄嗟の思い付きってのは魔法の事じゃあ無い。
イリモの、覚悟やら何やらを考えたら……それだけの知能を有するに至った、その脳を消し去りたく無くなってしまったんだ。
ある種の、敬意かもしれない。
当初の予定では頭に哭球をブチ込むつもりだったが……ものを考えるのは脳であり、俺は魂も脳に宿ると考えている。
心ってやつも脳に有る、と。
心臓に……ってか、胸に宿ると考える者も多いし、それを真っ向から否定するつもりは無いが、あくまで俺の考えでは脳な訳だ。
頭蓋を討伐トロフィーにしたかったなんて事じゃあ無い。
最後まで逃げず、最後まで俺に立ち向かってきたイリモへの、せめてもの敬意ってヤツなんだ。
俺も命ってやつを賭けてやっても良いと思えた。
だから、舞への相談も無しに、ぶっつけ本番で今迄に使った事も試した事も無い魔法で迎え討った。
哭球の応用。
消滅魔法を巨大な刀剣状に形成し、イリモの飛び掛かり攻撃を回避し、交差しつつ振り抜いた。
最初からコレを使っていれば、いちいち鱗を一枚一枚破壊したりなんて手順を踏む必要は無かったのかもしれない。
だが……たった一振りで全魔力の5割を持っていかれたからな。
最初からなんて使える訳が無い。
面倒な手順を踏んで、イリモを十分に弱らせる事が出来たからこその、最後の一撃だからこそ、選択出来た行動だ。
『あ、こらっ!イグニス!やめなさい!』
んっ?
『庵、お疲れ様です。その、お疲れのところ悪いのですが……早くこちらへ戻ってはこれませんか?イグニスが暴走しそうで……あ、待ちなさいイグニス!いけません!』
……んんっ?
「……ォリーー。ィォリーーーっ!イオリーーー!!!」
な、イグニス、お前!?
「イオリ!!!イオリはやっぱり凄いよ!凄い、凄い凄い!すっっっっっっっごいよ!!!こんなおっきな怪獣やっつけちゃうんだもんっ!僕も、いつかは庵みたいに強くなれるかな!?」
凄ぇ……イグニス、お前は今でも十分に凄い。
だがなぁ……。
「イグニス……飛ぶのは危ないからダメだって、言っただろ?俺との約束はどうした?良い子にしてたら……ってのも約束したばっかりだろ?」
「あっ!?で、でも……うぅ……ごめんなさい。でも、違うんだよ……気付いたら飛び出しちゃってたみたい。約束を破るつもりは無くって……その……うう、ごめんなさい……」
ははっ。
まぁ、さっきの興奮具合からして、無意識の内に興奮に任せて飛び出したんだろうな。
飛び出すってのが比喩じゃなくて実際に空を飛んでるんだから、とんでもない才能な訳だが。
まぁ、悪気が有った訳じゃないのは判る。
なんたって、イグニスはどこまでも純真で良い子だからな。
「イグニス、約束を忘れた訳じゃ無いなら今回だけは見逃そう。さ、一旦岸に戻るぞ?危ないから俺の手に掴まれ」
「うん、本当にごめんなさい!これからは気を付けるよ!」
可愛いヤツめ。
さぁ、セインスの下へ戻ろう。
──ブワリッ。…………スタン。
「ただいま。何とかなったよ。セインス……それとイグニスも、戦いの余波を防いでくれて助かった。ありがとう」
「いえ、私がした事なんて大した事では……舞さ、あ、いえ、精霊様のお導きのお陰です。それよりも、庵、お疲れ様でした」
「ほんと凄かったよ!僕も、イオリみたいに強くなりたい!」
はは、セインスだけは俺の事情を知ってるからな。
イグニスの夢を壊さない為にちゃんと気を遣ってくれて……本当に、良い彼女を持ったもんだぜ。
イグニスは相変わらず物凄い興奮してるみたいで、そのキラッキラな憧れの視線は、なんとも気持ちが良いもんだ。
「フジミャん凄いね!まさかイリモっちを倒せるなんて!」
「イグっちゃんもきっと出来るよ~ ♪ 」
「嗚呼……素敵……潤々、溢れてきんす……」
「凄ぇな!ヤるじゃねぇかフジミャ!どうヤって運ぶ!?」
「す、すすす、しゅごい……ほ、本当に倒せちゃうだなんて……でも──もし負けてたらジョイモンスギの事はイオリしゃん一人に押し付ける事も出来たのに……どど、どうしましょう……それに、イリモも、本当に勝手に狩ってしまって良かったのか──」
鬼娘達も、概ね興奮して喜んでくれてるみたいだ。
ビイコは相変わらずで、イイコも相変わらずってか、また何やらブツクサと、聞き取れない程の小声で考え込んでいるが。
ま、今日はこれまでだな。
イグニスの大冒険、続きはまた明日だ。
「さ、もうすぐ日が暮れる。帰ろうか」
「うん!でもアレ、どうするの?あんな大きいの……」
大丈夫さ。
「任せろ、ちゃんと考えてある。いくぞっ……っ!」
──ドブブブブブッ……ザパッッッッッッン!!!!!!
「えっ!?フジミャん凄すぎなんだケド!!!!」
「もはや神々しさすらありんす……素敵……」
「っひょーーーー!?お前どうなってんダよ!?」
何てこたぁ無い。
浮遊魔法が出来るなら、逆に重たい物を持ち上げる事なんて簡単過ぎる事だからな。
結果として、予定してた魔力4割残しは出来なかったが、1.5割程は残っているし、オヤジの家迄なら十分に足りる。
「凄いなぁ~!本当にイオリは凄いなぁ!」
ああ……イグニスの視線が気持ちええんじゃぁっ!!!
「庵、無理はしないで下さいね?」
セインスの心遣いも本当に嬉しい。
「ははっ、俺にかかればこんなモンよ!さ、行くぞ?ビアンやアシュバル、オヤジやオババ達を驚かせてやろうぜ!」
いざ、凱旋じゃい!!!
と、こうして、大怪獣バトルは幕を閉じた。
和気藹々と、夕暮れの山道を歩く俺達。
オヤジの家では今、大騒動が起きているとは知らずに──。
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