第164話 オジキ激怒
「フジミヤ、お前……」
イグニスと一緒になって、先頭に立って山道を下っていると、オヤジの家まであと半分程の距離ってところでアシュバルが神妙な面持ちで待ち構えていた。
……やっぱ、マズかったりしたのか?
「アシュバル……その、コレは、だな……」
何と言って説明したもんだか……な。
イグニスの称賛があまりにも気持ち良くて、嫌な事は後回し、何も考えずにここまで山を下ってきたものの、だ。
何も説明しない訳にはいかない、よなぁ。
「アシュバル兄ちゃん!コレ凄いでしょ!イオリが倒したの!」
イグニスは何一つ気にしちゃいないらしい。
どう見ても、アシュバルの表情は硬いんだけどな……。
「はは……。その、やっぱ問題有った、か?だが……その、落ち着いて聞いて欲しい。俺はちゃんと、コイツらに確認してから手を出した訳で……。そ、そうだ!証拠だって有る!」
「証拠ってお前……。いや、別に俺はお前を責めるつもりなんて無いのさ。だが、ちょっと面倒な事になっててな。それで、こうしてお前らを出迎えに来たって訳さ。フジミヤ……お前に一つだけアドバイスしておいてやる。死ぬなよ?」
「は?」
え?……はぁ!?
「あ~、すまん。それだけ言っても解らないよな。順を追って説明してやろう。歩きながら……って、いや……マズいかもしれんな。お前、今魔力がほとんど残って無いな?どうしたもんか……っと、そうか。おい、お前達は先に帰ってろ。チビとフジミヤのオンナもだ。先に風呂でも入って待っててくれ。後から直ぐに追い掛ける。さ、行ってくれ」
…………何か、相当にマズそうな雰囲気なんだが?
「え~!」
「え~!じゃ、ありません。イグニス、行きますよ?」
イグニスは不満そうだが……セインスはアシュバルの表情から何かを察したのだろう。
……セインスにはちゃんと言ってあるしな。
大事な物を一纏めにしておくように、って。
これはいよいよ、本当に冗談じゃ済まないのかもしれない。
「イシシ……。ふ、フジミャんまたネ?」
「イグっちゃん、お風呂で洗いっこしようネ ♪ 」
「……イオリはん……どうか、ご無事で……」
「だ~いジョブだってフジミャ!ドンといけドンと!」
「あゎゎゎ……や、やっぱり、マズかったんだ──どど、どうしたら……私がヤって良いダなんて言ったから……もしバレたら私マで怒られてしマうんじゃ……うぅぅ……──」
行った……か。
「で……?」
「……はぁ。そう心配そうな顔をするな。お前なら大丈夫だ、って言ってやりたいところだったんだがな。ソコまで魔力を消耗しているとは思わなかった。ほら、上のを降ろせ」
「なるほど。つまり……あんたは別に怒っちゃいないし、問題とも思ってないが……問題だとしてるヤツがオヤジの家で待っているって事なんだな?オヤジか?オヤジなら別に──
「いや、オヤジじゃないんだ。オヤジの兄貴で俺の従兄弟でもあるオジキが怒り狂ってるんだよ。御神木の件でな。それを伝えに来てやったんだが……まさか、イリモまでこんなになってるとはて思ってもみなかったぞ。そっちの件でも更に怒り狂うかもな」
──って……。オジキ、か。ここへきて新キャラかよ」
「新キャラ?」
「ああいや、何でも無い。だが、そうか……。あんたの見立てじゃ、消耗した今の俺じゃ勝てない、と。つまりオヤジより断然強いって事なんだな?まさかだが……あんたレベルなのか?」
もし、そうだったとしたらシャレにならない。
「安心しろ、そこまでじゃ無い。だが……とんでもなくタフな相手でな。普段のお前なら何て事は無いと思うが、そのままじゃ厳しいだろうな。だからほら、さっさと降ろして食え」
そういう事なら、まぁ。
──グググググ……ズシーーーーーーーン…………。
……だけど。
「アシュバルは……いや、あんたやオヤジは全然気にしてないんだったら、どうしてそのオジキってのはそんなにキレ散らかしてるんだ?祭りの時なんかにはブッ倒すつもりで全員がやるって聞いたし、イリモだって小さいのは食うって聞いたぞ?」
「それはまぁ、単純な話で、俺やオヤジはお前の強さを知ってるからさ。それを認めてもいるからな。だがオジキは知らない。知らないし、オヤジが負けたってのも信じられないって事なのさ。だから例の如く、ぶん殴って倒せば丸く収まる。良かったな?俺達鬼人族が相手の出来事で」
「はは……。そう、だな?」
確かに、相手が只人族だったら俺のした事が良かろうが悪かろうが、大問題となってネチネチと延々と、色々ああだこうだと言われまくるんだろうな。
「ま、俺が気にしないのは、イリモを倒せてたからだがな。もし倒せずに逃げ出したんなら……いや、まぁ良い。さっさと食え」
そう、か……もしも俺が逃げ出して、鬼人族の里に被害でも出そうもんなら、アシュバルは激怒してたんだろう。
御神木の方は別に、本当にどうとも思っていないみたいだ。
──スパッ。……ヒュボッ。メラメラ……ジュゥーーーーッ。
「分かったよ。にしても……イイコから聞いたんだ。あんたが全力でやったって倒れなかった、って。だから……」
「ははは。あのな、フジミヤ。俺はここ数年以上ずっと皇都に居たんだぞ?イイコが見た事あるのなんて俺が未だガキの頃の事だろうよ。少し考えれば判りそうなもんだが……な?」
「確かに……。イイコには俺の全力を試された、って事か」
「そうなんだろうな。どんな意図が有ったのかは知らないが」
ノセられた、って事だよな。
どうして……って、まぁそれは別に良いか。
っと、それより伝えておかなきゃな。
「思うところはあるが……まぁ、それよりもだ。今日な、森の中で怪しいヤツらを見掛けたぞ。三人組でメルデシナのヤツらだった。どうやら目的は御神木をブッ倒す事。で、封印されし魔法具とやらを探そうとしてたらしい。何か心当たりはあるか?」
「何……?って、そいつらはどうしたんだ?始末したのか?」
「いや。女や子供も居たんだ。実際には御神木をブッ倒したのは俺だし、魔法具とやらもソイツらは見付けちゃいない。実害は無さそうだって事で、大金を差し出してきたから逃してやった」
「……そうか。メルデシナが御神木と魔法具を、か。しかし魔法具となると……どうしてヤツらがそれを……いや、まさか……」
んん……?
逃してやったて事には全く文句が無いらしいが……魔法具について急に考え始めてしまったな。
何だろう。
後でこっそり、俺も探してみようかと思ってたんだが……鬼人族にとっては、それ程大切な何かなんだろうか。
「その魔法具ってのに心当たりが有るのか?どんな代物だよ?」
「む……。いや、詳しくは俺も知らない。と言うより、俺らの里に伝わる御伽噺としてしか存在しない筈なんだ。俺もガキの頃に必死になって探した事が有るが……何も見付からなかった。ガキの頃にはジョイモンスギをへし折る力も無かったしな」
「天女の祝福が降り注ぐって伝説についてなら聞いたが……それとはまた別の御伽噺が有るのか?」
「ん~別と言えば別だな。だがどっちも似た様なもんだ。どっちの噺でも鍵となってるのはジョイモンスギでな。大きく揺らせばだとかへし折れば、そして何かが手に入ると。似た噺が複数存在するって事は……まさかとは思うが、本当に何か有るのかもしれないな。それも、メルデシナから態々間諜がやってくるともなれば……だが、こんな噺、諸外国に伝わる程のものじゃ無い筈だ。ヤツらにどんな意図が有るのかも、どうしてそんな事を知ってたのかも全く見当が付かないな」
「逃さない方が良かったか?」
「なに、それは別に構わないさ。俺ら鬼人族は、いざ事が起これば全力を尽くすが……他人のした事にいちいち腹を立てたり責任追及したりするのは稀な事だ」
……だったら、オジキってのも、俺のした事にいちいち怒らないで欲しいもんだが……って、そうか。
『力』が関わってる事だから怒ってんのか?
オヤジが負けたのが信じられない、と言っていたしな。
つまり、力で以てブッ倒したんじゃ無くて、ノコギリを使っただとか、何か卑怯な手段で倒したんだとでも思っているのかも。
オヤジがビアンの件でブチ切れたのも、俺が強さを示したらすんなりと収まったしな?
──ジュゥーーーーーー。
「お、そろそろイケるか。……あんたも食うか?」
「いや、今は遠慮しておこう。どうせ、後で皆に振る舞ってくれるんだろ?俺だけ先に食って恨まれたくはないしな」
ほんと、この里で、ってか、鬼人族でこのアシュバルという男だけが、何でかは知らないがやたらと人間臭い。
って、こっちの異世界じゃ只人臭い、か。
「そうか。来週、パコリマスってのが在るんだろ?その時に里の皆に振る舞おうと思ってな。喜んでくれると思うか?」
「ああ。そりゃ皆、喜ぶだろうな。こんな上物、そうそう食える機会なんて無いからな。しかし……良く倒せたもんだ」
──ガプリ。
「……っ!?──ゴクリ──。ウッッッッッッマ!!???アシュバル!凄ぇぞコレ!ほんと食ってみなくていいのか!?ワイバーンの時にも度肝を抜かれたってのに……何っだコレ!?」
「ははっ。ワイバーンに比べたらそうなんだろうな。だが考えが甘いぜ、フジミヤ。俺は真竜を喰らった事が有るからな」
……そ、そうか。
って、真竜なら、コレ以上なのか!!!
信じらんねぇな!?
だがそれならそれで、自慢してくれやがったアシュバルには、一口も分けてやるもんかい!
「ってかさ、そう言や、あんたはイリモを倒して食おうとは思わなかったのか?あんたなら倒せそうなもんだが……」
「そう思ってた時も有る。だがな、フジミヤが俺を高く評価してくれてるのは嬉しいが、実際、俺では無理だろう。前に、俺とお前には、お前が思っている程の差が無いとは言ったが……状況や相手に依っては現状で既にお前の方が上だろうさ」
ん~……そうかなぁ?
確かに、アシュバルはパワータイプで、魔法をチマチマと使う戦闘スタイルでは無いが……それでも、修行でコテンパンにされ続けているし、俺より大分強いと思うんだけどなぁ。
「はは、不思議そうな顔をしてるな。それも簡単な答えさ。国大の時フジミヤに言ったろ?それが答えなのさ」
国大……?
ああ、そう言や何か言ってたな?
100m程度離れていようが、簡単に相手の魔力状態を見極めれる能力だったか。
それが出来ないと俺には勝てない、とか言ってたっけ。
そう、か。
俺の魔力の流れなんかを的確に把握出来ているから、アシュバルは俺に対して優位に戦えているのか。
それを除けば、大した差は無い、と。
それどころか……状況、つまり水上だったり空中だったりするなら、そもそもアシュバルでは手も足も出ないって事なのか。
「なるほどな……。もしかして、なんだが。真竜を喰らうと、その能力が手に入る、或いは……そうか。魔石って……もしかして五感とは別の感覚器官なのか?そうだと考えると辻褄が合う」
「ん?魔石?……なるほどな。俺自身じゃ気にした事も無かったが……魔石を有する者、魔人か。俺は自分自身で鬼神であるという自覚は無いんだが……そうなのかもしれないな?」
そうな気がする。
上位の魔物を喰らい続け、最終的には真竜を、そうする事で魔力の結晶体とされている魔石が体内に出来て……それが人間の、いや、人類種の第六感目となる、新たな感覚器官として機能するんじゃないのか?
人類種が既に有している五感。
視覚・聴覚・味覚・臭覚・触覚。
それらに加え……。
魔覚。
……とでも言うべきか。
魔法を使う時の感覚では無く、魔力を感じ取る感覚器官。
いや、だが、魔力の流れを今以上に明確に、手に取る様に掴めるようになるのなら……行使の際の感覚にも影響は有る、か。
それは確かに、今より劇的に強くなれそうだ。
未だ、哭球なんかは使ってる俺自身が仕組みを全く理解出来ていないし、それを無理して魔力を代償にしてるから、あんなクソ程燃費が悪い訳で……。
魔力の動きがもっと正確に捉えられるようになれば、哭球の、つまり消滅魔法の仕組みも解明出来るのかもしれない。
そうすれば……他の魔法と同じく、低コストでバンバン撃ちまくれる様にもなるのかもしれないからな。
そんなのって……もう無敵なんじゃん?
第六感、魔覚。
有ると無いじゃ大違いだな?
これは……。
次の、俺の異世界冒険の第六歩目が見つかったのかも。
竜の試練と聞いた時にはワクワクして、何時かは……なんて思ってはいたんだが、こうして確信めいた予想が出来てしまうと、もう大人しく待ってなんかいられないな。
納得いくまで十分にこなしてから、となるが、アシュバルとの修行を終えたら次はドラゴン退治の冒険にでも行ってみるか。
善は急げ、思い立ったら吉日、何て言うくらいだしな?
──モシャモシャ……ゴクリ。
「っふぅ。はぁ~美味かった。さって、もう十分だ。態々忠告しに出向いてくれて助かったよ。スマホが有るってのにな」
「あ~そう言われてみればそうだったか。だが……俺はこういったものには疎くてな。ビアンは何やら、やたらと使いこなしているみたいだが……全く、とんでもない物を作ってくれたものだ」
むん……?
ビアンの名を出してから、やたらと渋い顔になったな?
……もしかして、恥ずかしい動画や写真でも撮られたのか?
それは……まぁ俺には関係無いから別に良い。
準備は整った。
オジキだったか。
ややこしい名前しやがって。
と、俺は息を巻いてオヤジ家へと向かうのであった──。
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