第160話 マズいかも




──グガァァァァアアアッッッ!!!!!!




ビリビリ来るぜ。

雰囲気だとか比喩じゃ無い。


空気が震えてやがる。


バカげたほどクソデカい咆哮に拠ってだ。


あの巨体。

加え、巨大で凶悪な牙と爪。

見て感じる全てが強大で、何一つ油断出来そうにも無い。


本気ってか、全力を以て討伐するとしよう。


チリ一つすらも。

全てを消し去り無へと帰す──哭球こっきゅう


あの巨体が相手なんだ。

馬鹿正直に殴り合うだなんてのは非効率に過ぎる。

だからこその全力だ。

今の俺、その最強の魔法で以て決着としよう。


……この高さ。

まさか、100mもの上空まで跳び上がるとは思いもしなかった。

念の為もう少し上がっておくべきだな。


戦いの歴史は有効射程距離の歴史でもある。


剣や刀なんかが強いのはファンタジー嘘っぱちでしか無く。

より遠い間合いから攻撃が可能な槍。

それよりも遥かに遠くから射れる弓。

弓よりも簡単に、かつ高威力な銃器。

更に射程を伸ばし威力を上げた大砲。

長射程かつ制御さえ可能なミサイル。


距離を保ち、一方的に攻撃出来る者こそが勝つ。

ファンタジックなイリモには悪いが、ここは現実世界なんでね。

ファンタジーじゃ無いんだ。

まともに、真正面からに力比べなんかしてやれない。


すまんな。


(さて、と。やるぞ、舞)


『了解しました。制御権の一時的委譲を確認。アシストモードへと移行しました。哭球の発動準備を開始します』


眼下、150m程も遥か下。

しっかりとイリモの姿を捉え、弾道と着弾点をイメージ。

狙うは頭部だ。


しっかし……。


さっき噛み付かれ……いや、丸呑みされそうになった時には焦っていて考えが及ばなかったが……。

安全圏まで退避し、こうして冷静になってみると、だ。

イリモはどうして、俺に攻撃をしてきたんだ?


不可解だ。


俺から攻撃を仕掛けたんだから、反撃だと捉える事は出来る。

だが、問題はそこじゃあ無い。

どうして俺からの攻撃だと判ったのか、という点だ。


100mもの遠距離から、それも、この異世界じゃ全く未知である筈の、パンツァーファウスト523だぞ?

判っての上で無く、本能か何かに依る、只の偶然なのか?

背中に痛みを感じ、空を見上げたら、見慣れない何かが飛んでいた、だから取り敢えず攻撃を仕掛けた。

って事なんだろうか。


それにしたって……。


イリモは今までに体験した事の無い程の、酷い痛みを感じた筈。

それを、空に浮かぶ、それも小さな点ほどにしか見えていないであろう、俺という生き物が放った等と思うのだろうか。

イリモが論理的思考を出来るかは判らないが、魔物は上位種や上位個体ほど、賢くなる傾向が有る様だしな。


そう考えると、益々不可解だ。


頭が良いのなら俺が放った等とは思わない筈。

だって置き換えて考えれば、人間が森の中を歩いてる時に背中に激しい痛みを感じて、振り返って見たらリスが居たとして、リスが攻撃してきただなんて普通は思わないし。

頭が良いと言うか、常識に照らし合わせて論理的に思考する能力が高ければ高い程に、リスが犯人だとは思わない筈なんだ。


ならばやはり、偶然か、本能に拠って俺へと攻撃してきたとなるのかもしれないが……強い魔物は頭も良い筈なんだよなぁ。

アシュバルも言ってたが、竜……真竜ともなれば、話しが通じる程なんだからな。

イリモは翼が無いし真竜では無いが、それでもSランクともなれば真竜に近い個体と言える筈。


となると……。


本能に依るものや偶然等では無く、しかも知性が有るが故の固定観念に囚われる事も無く、何らかの手段……余程優れた感覚器官を有している等して、放たれた魔法の残滓、そこから俺の魔力を感知し、それが空に浮かぶ小さな生物と同質であると、そう理解して確信を持って俺に攻撃してきたのかもしれない。


そう考えると……もう不可解を通り越して、脅威でしか無いな。


最初、攻撃を仕掛ける前、上空に浮かぶ俺の事なんて完全に意識の外だった筈。

だが、攻撃を食らった後、あの僅かな時間の間に全てを理解し、反撃してきた、と。


いや……もしかしたら、最初から俺だけで無く、大池に近付いた俺達全員の事を把握していた可能性すら有るのか。

そうなのかもしれない。


だとすると……マズいかも、な。


イリモを見る限り、かなり怒り狂っている様に見える。

流石に150mは跳躍出来ないのか、今は湖面から顔を出して俺に向かって咆哮を上げているが……。

こちらを警戒してるのか威嚇しているのか、ともかく、絶対許さんぞって雰囲気がビンビンに伝わってくる。


つまり、この戦いはだ。


敗北はともかく、撤退は許されないだろう。

少なくとも100m先まで魔力を感知する能力を有し、恐らく実際にはそれ以上で、あれだけ怒り狂っているとなると……俺が撤退を選んだとしても追い掛けてくる可能性が有る。


俺を追い掛け山を下り、あんな、30mを超える巨体で暴れられてしまえば……鬼人族の里が滅茶苦茶になってしまう。


それでも気にせず、セインスとイグニスだけを連れて一目散に遥か遠くまで逃げれば追ってこない可能性は有るが……。

そんな訳にはいかないからな。


だから。


実質的には選択肢なんか無く、一択でしか無い。

倒す、しか無いだろう。

……まぁ、俺が負けて食われるってのを入れれば二択。

負けて食われるくらいなら鬼人族の里を犠牲にしてでも逃げ出すってのを入れれば三択だが、とにかく、俺としては倒す以外は有り得ない。


いくら責任を負いたくないとしても、責任転嫁が最近癖になりつつあるとしても、これは俺自身が撒いた種だ。

里に実害が及ぶともなれば、のらりくらりと責任回避なんてものをしたり、無責任にすっとぼける事なんて出来ない。

いや、出来ないんじゃなくて、したくない。


俺も、一応男だからな。


「じゃあな、イリモ。──哭球。……くらえっ!」




────ギャギギリァギリャリギィギギギッッッ!!!!!!




放たれ、イリモへと向かい突き進む黒き真球。

撒き散らされたる耳障りな音は、苦しみ狂う龍の哭泣こっきゅうの如し。


なんて、脳内ナレーションごっこしてる間にあっさりと決着──


「ガギャァァァアアアアッ!!!!!」


──が付く……え、付く、よな?まさか、って……嘘だろ!?


「フシュッ──。スゥーーーーーーーーーーーーッ」


──ヒィィィィィィィィーーーーー………ン。


「グフゥッ──。ギャガァァァアアアッ!!!!」


馬鹿な……イリモの野郎、俺のとっておき、哭泣を……。


「食いやがった……のか?いや、アレは……まさか」


(舞、どう思う?)


『……幾つか想定していた、最悪のパターンです。恐らくは、庵の想像通りでしょう。提言します。アシュバルへと連絡を取り、助力を請うべきかと思います。通話発信の許可を』


やっぱ、舞もそう思うか。

アレは……『魔法の消滅』だろう。


アンチマジック。


魔法を無へと帰す、謎の技術。

かつて、テモアンが言っていた。

高位の竜であれば、それが可能である、と。


まさか、このイリモが、その高位竜だったとはな……。


俺も舞も、イリモの脅威度に対する予測が甘かったのは確かなんだが……いくら何でも、これは想定外過ぎる事態だ。


どうするか。


確かに、万全を期すならアシュバルを呼ぶべきなんだろう。

なんなら、オヤジもだ。


……だが。


(いや、舞。もう今更、気不味いだとかは言わない。だけど、少しだけ、自分の力を試してみたい。そうだな……4割だ。魔力残量が4割を切るまでは頑張ってみようと思う)


『了解しました。でしたら提言します。現代的戦術には反しますが、接近しての戦闘を推奨します』


だよな。


(判ってる。アンチマジックとは言え、無拍子で何時でも出来る事では無い筈だ。何とか隙を作り出してみせる)


一度防がれたとは言え、哭球は俺の切り札だ。


パンツァーファウスト523が利かなかった以上、それ以上に殺傷力の高いものは哭球しか無いんだからな。

懐に潜り込み、防がれないタイミングで近距離或いはゼロ距離から、直接哭球をブチ込んでやる。


初めて使った時はたった1発で全魔力の約半分程をも使用した。

だが今となっては。

修行の成果も合わさって、今でも日に日に魔力は増えているし、効率面でも、今迄に何度か使用したお陰で改善されてきてる事もあって、全魔力の約3割程で放つ事が可能になった。


チャンスは残り2発。


と言っても、最悪を想定すると使えるのは1発までだ。

魔力を使い果たしてしまっては、アシュバルを呼んだとしても勝てる見込みが無くなってしまうかもしれないからな。

最悪に備え、その場合には二人揃って共闘出来る様に、最低でも4割程は魔力を残しておく必要が有る。


さぁって。


「イリモ、行くぞ!!!」




──ガギャァァァアアアアッ!!!!!




一言。

俺が覚悟を決め言葉を発すると、まるでイリモが俺の言葉を解したかの様に、巨大な咆哮を上げる。


眼下へと向かい、ほぼ自由落下に近い速度でイリモへと迫る。


「ぉおっと!!!やっぱ使えんのか!」


接近する途中、イリモが水球弾を放ってきやがった。

ワイバーンだって炎を吐いてたからな。

コイツも魔法を使えて不思議では無い。


水球だからといって油断は出来ない。

速度次第ではコンクリブロックを叩き付けられるのと大差無いどころか、コンクリブロックの方がダメージが低いくらいだ。

コンクリなら構造の隙間に含まれる空気が緩衝材となってくれはするが、水は圧力を掛けてもほぼ圧縮されず変化が無いからな。


「おかえしだっ!くらえっ!」


──ドシュッ!


試さなくちゃならない。

イリモへと向かいながら、俺は巨大な鉄杭を生成しておいた。

それを、イリモへと向かって撃ち放つ。


「ギャガアァァァアアアアッ!!!!!」


完全回避出来る弾道では無い。

……お。


──ドヂュッ!


身体を捻り、弾道から頭を逸して背中で受け止めたか。

予想通りだ。

パンツァーファウスト523で不意打ちをしてすら穿けなかったのだから、鉄杭では大したダメージにはなっていない。

出血すらしていないし、精々、良くて打撲程度だろう。


だが、それで問題無い。


試して解った。

コイツ……イリモはアンチマジックが使えても、それは完璧なアンチマジックじゃ無いって事だ。


何でもかんでも、全てをアンチマジックで防げるのなら、それが簡単な事なら今回もそれで防いでいた筈だ。

だけど、コイツはそうしなかった。


魔力のみで構成された様なもの。

それや現象のみを具現化した様な魔法ならアンチマジックで防げるのだろうが……物質として実体を伴う魔法は防げないと見た。


テモアンは言っていた。

現実世界に顕現した魔法は、物質的にも現象的にも安定しているが故に、消滅させるのは難しい、と。


つまり、こいつは不安定な魔法しか消せないのだろう。


なんせアンチマジックは伝説みたいなものだからな。

不完全とは言え伝説級の事をやってのけるのだから、イリモを侮る事は出来ないが……完全なる伝説そのものになんて、そうそう簡単には遭遇しない筈だ。


魔法で生成された物質すらをも消せるのなんて、それこそ真竜くらいなものなんだろう。


それと……テモアンの言葉を都合良く解釈した直後にアレなんだが、一部は間違いだったみたいだ。

アンチマジックは魔法をへと帰す訳では無いらしい。


俺の哭球、それを見たイリモは咆哮と共に、何やら不可視だが俺でも感じ取れる程の力強い魔力を放ち、恐らくその魔力に触れた哭球はホロホロと分解されいき、そして大きく息を吸い込んだ。


だから哭球が食われたかの様に見えた。


あれは、哭球を分解して魔力へと戻したのだろう。

そしてその魔力を、吸い込んだんだと思う。

ある意味、食われたって感覚は間違っちゃいなかった訳だ。

俺の3割もの魔力を食らいやがって……。


餌を貰えたとでも思って、見逃しちゃくれませんかねぇ!?


「無理だよなぁ!!!おらぁっ!」


コイツのアンチマジックの弱点が解ったから何の意味がある?

って、そう思わなくも無いが……意味は有るだろう。

要は、物質なら消されも防がれもしないんだ。


──ヒュゴゴゴゴッ!……ドジュジュジュジュッ!


火球の乱れ打ち。

狙いはイリモそのものじゃあ無い。

狙ったのは大池の水の方だ。


高熱により水蒸気爆発が起こり、イリモの周辺には濛々と水蒸気と水煙が巻き起こる。

これでイリモは視界の通らない濃霧の中だ。


驚異的な魔力感知能力を有している様だし、完全に俺を見失いはしないだろうが、それでも視界を奪えるのはデカい。

勿論俺からもイリモが見えなくなるが、だがこっちは。


(舞)


『はい。サーモグラフを視界に合成。更にレーダーを併用し、検知した情報から逆算、視界から水蒸気と水煙を除去します』


良し、ID様々だぜ。


裸眼でAR表示が可能なんだからな。

その技術を応用すれば、視界に映る特定のものだけを視覚情報から除去して、別のものを表示する事だって簡単だ。


今の俺には、イリモの姿がハッキリと見えている。

濃霧なんてまるで無いかの如くな。


さぁ、ここからが本番だぜ。


イリモよ、いくぞ──。

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