第161話 科学な魔法




「さて、どうするか」




濃霧を作り出し、イリモの視界は遮った。

後は近付いて哭球をブチ込むだけ、と言いたいところだが……。


その前に、ちょっと試す事が有る。


「ファイヤーボーーール!ってかぁ!」


──ボフォッ!ボフォッ!ボフォッ!


撃ち放ったのはファイヤーボール。

何て事の無い、只の炎の球だ。


だが、今迄に使った事の有る火球魔法では無い。


かつてテモアンが見せてくれたものも、俺が今迄使ってきたのもそうなんだが、この異世界での火球魔法は、アッツアツに赤熱した炎を纏った溶岩の塊みたいなものだからだ。

だからロックバレットの一種とも言える。


それに比べて今放ったのは、実体を伴わない炎の塊だ。

地球でなら有り得ない事なんだが、ゲームとかのフィクションでは、むしろコレこそが火球魔法だよな。


でも実体を伴う普通の火球に比べると、アホほど難易度が高い。

普通なら火球の核となる実体有る物質を生成してしまえば、後は魔力で状態を維持しなくとも物理法則に従って勝手に燃え続けてくれるが、『現象』のみを顕現させるとそうはいかないからだ。

魔力を炎という『現象』へと変換し、その状態を魔力で包み込んで維持しつつ放たなければならない。

そのくせ、現実的には破壊力という点でアホほど弱い。


運動エネルギー的に、実体を伴う普通の火球の方が断然強いのは当然の事で、魔力の効率面でも普通の火球の方が断然良い。

だから現実的には余程の理由が無い限り、こんな頭の悪い魔法は使う事なんて無い訳だ。


今回使ったのは、その『余程の理由』からだ。


さぁ、どうなる?


──ボボボシュッ。


「……想定はしてたが……これは厄介だな」


哭球が消された事実。

そして物質は消されないという事実。


それに加えて解ったのは、イリモは魔法へ対する高い耐性が有るらしいって事だ。


イリモのヤツが意図して魔法を打ち消そうと思ったら予備動作が必要な様だが、意図して無くとも、予備動作が無くとも、ある程度は魔法を打ち消せてしまうらしい。


今試してみたら、哭球の時の様に到達する前にホロホロと崩れる様にして完全に消え去る事は無かった。

だが、着弾すると共に、水に因って消えたとかって訳で無く、ファイヤーボールは消え去ってしまった。


念の為疑って、試しておいて大正解。


『もしも』は、何時だって考えておかなきゃな。

今こうして戦うハメになってるのは、安易にいけると踏んで既に失敗したからこそだし、反省と改善は必要だろう。


ま、それはともかく。


イリモに密着して哭球を放ったとしても、これじゃ完全には効果を発揮しないと思われる。

想定の内だったとは言え、想定してる悪い方悪い方へとばかり進展していくのは勘弁して欲しいところぜ。


やれやれ、だ。


俺は今までに魔法耐性の高い魔物となんて戦った事が無いし、前例が無いから判断に困る。

ん~むぅ……でも、弱らせてみるしか無いよな。

弱らせたところで魔法耐性が低下するかは未知数だが……。

そう願ってやってみるしか無い。


頼む、次は悪い方の想定へと進んでくれるなよ?


「いくぜっ!ハーモニッシュキリング!」


ソニックブレードやヴィブロブレードと呼んでも良い。

つまり、超振動剣だ。


相手は30mもの巨体。


普通の武器なんかで攻撃したところで高が知れている。

だから魔法で10m程の、巨大な金属の刃を作り出し攻撃する。

つかには手を軽く添える様にして、優しく握るだけ。

刃に対してなんとも小さく細い柄で、パースの狂った下手な漫画みたいで不安になってくるバランスだ。

だが実際には魔力で振り回すから問題無い。


魔導四聖盾の様に魔力で振り回すだけなら手を添える必要も無いんだが、手を添えるのにはちゃんとした理由が有る。


だから、近接戦闘を選んだ訳だ。


「先ずは一撃!くらえっ!!!」


──ブフォンッ!……ンタッ。


「フシューッ」


……濃霧に包まれた中、突然の一撃にイリモは困惑こそしているみたいだが、ダメージや痛みはまるで感じちゃいないらしい。

一定リズムの呼吸音しか返ってこない。


ダメージが通らないのは予想通りだけどさぁ!


金属の刃を全力で叩き付けてやったってのに、『ンタッ』って音が返ってくるとは思いもしなかった。


まぁ、ここからだ。


今回、フィクションにしばしば登場する振動剣の使い方とはちょっと違う使い方をする。

まぁフィクションだけでなく現実にも医療用や工業用の超音波振動メスとかカッターとか有るし、本来なら切断力を上げてぶった斬るって代物な訳だが、パンツァーファウスト523でブチ抜けない外皮をしてるんだからな、イリモは。


高が振動剣でぶった斬れるなら何も苦労はしない。


俺がわざわざ近接戦闘を選び、わざわざ手を添えているのは振動数をリアルタイムで調整する為だ。

普段からサンプルを沢山集めておいたなら、遠隔操作でも計算してハーモニッシュキリングの振動数を調整出来るだろうが……なんせ今回、ぶっつけ本番の思い付きだからな。


データを得る為、計測するには手で触れていた方が勝手が良い。


調整を繰り返しつつ何度も叩き込んでいけば、何時かはイリモの外皮、その鱗の固有振動数が探り当てられる筈だ。

共振現象を利用すればな。


そして、固有振動数で振動を与え続け、疲労破壊を狙う。


だがその作業は、途轍も無く手間の掛かる作業だ。

巨体故に鱗一つ一つも巨大だが、形状や僅かな大きさの違いで固有振動数も一つ一つが異なるからだ。


戦いながら全てを覚えて、なんて事は普通不可能だろうが……こちとらIDが有りますからのう。

攻撃した鱗一つ一つにマーカーを付けていき、一撃毎にデータ収集を繰り返していけば、その内、な?


詰将棋みたいなもんだ。


一手一手、地道にやったろうじゃないの。

それに、試さない事には絶対とは言えないが、振動を与え続けて完全に疲労破壊が起きるのを待たずとも、疲労破壊が起きつつある状態の鱗であれば、パンツァーファウスト523でブチ抜く事だって可能かもしれない。


そうやってダメージを蓄積させ、疲労させていけば……魔法耐性も低下して哭球が利く様になるかもしれない。


更に希望的観測になるが、早い段階で運良く心臓付近の鱗をブチ抜ければ、哭球を使用せずとも倒せるかもしれない。


「おおっとっとっとと!」


危ない危ない。


イリモは視界が通ってないとは言え、俺のいる位置は何となく把握出来ているんだもんな。

ひと所にじっとしてたら水球弾が飛んでくる。

気を付けよう。


さぁって、どんどんいきますかい!!!


「おるぁっ!!!」




──ブフォンッ!……ンヴヴッ!




おっ!?

ハーモニッシュキリングを叩き付けた時の手応え。

耳に届いた音。

どっちも、今迄とは違ったものだ。


72度目にして漸くか。


今の鱗にはしっかりとマーカーを付けた。

後は微調整。


材質……鱗の構成物質はどれも同一な筈だからな。

鱗一つだけでも固有振動数を探り出せれば、後は計算すれば他の鱗も大きさからある程度は見当が付く。


果てしない作業になるかと思ったが……72回で手応えが有ったのはラッキーだな。


「もう一丁っ!!!」


──ブフォンッ!……ヴヴヴヴヴッ!


近付いてる!


「これで、どうよっ!!!!!」


──ブフォンッ!……キィーーーーーーーッ!!!!


来た!!!!


今迄に無く高い音が返ってきた。

って事は、それだけ速く細かく振動してるって事だ。


さぁて。


疲労破壊させる為には、振動させ続ける必要が有る。

ハーモニッシュキリングを突き立てられたら楽なんだが……全く刃が立たないからな。

どうやって、それを実現したものか。


……閃いた。


皇国法では禁じられているが……。

それは、魔道具や魔装具の場合だからな。

かつては多く存在したらしいそれらは、今では呪具や呪装具と呼ばれていたりする。


呪い。


と言ったら大袈裟なんだが、要は使用者の意思に関わらず、勝手に魔力を吸い取って効果を発揮する魔道具や魔装具の事だ。


その魔法陣を、イリモの鱗に直接描いてやれば……。

コイツは常に全身に特殊な魔力を纏う事に拠って魔法耐性を得ている様だし、魔法陣が勝手にグングン魔力を吸い取って、俺の指定した振動数で振動し続けてくれる筈だ。


複雑で高度な魔法ほど、魔術に落とし込む時に上質な魔石から作った顔料が必要になる訳だが……手持ちに有るのはワイバーンの魔石から作った顔料だからな。

必要十分過ぎるだろう。

冒険者スタイルの時の、何時ものポーチに入れといて良かった。


「ンギァァァァアアアッッッン!!!」


──ヒュパパパ!!!………………パパパンッ!!!


っと~、イリモは大分イラ立ってるみたいだな。

乱れ打ちしてくる水球弾には気を付けないと。


回避行動で距離を離されてしまったが、固有振動数を探り当てた鱗はしっかりマーク済みだからな。


──キュポンッ。


(舞、いけるだろ?)


『容易い事です、お任せ下さい』


はははっ、流石は舞だよな。

手持ちの瓶の中にある液体を魔力で操って飛ばし、狙った鱗に複雑な魔法陣を描くのを容易いって言うんだからな。

イグニスの『天性の感覚』には驚かされるばかりだが、舞の演算力の前では多少霞んでしまうかもしれない程だ。


(頼んだぜ。ってか、舞ってマジで精霊サンだったり?)


だってこんなにも、人間には不可能なレベルで魔法を自由自在に扱ってみせるんだからな。


『ふふっ、ご冗談を。では、いきますよ?』


俺へのサポートで、AR表示や視覚情報の処理をしつつ、肉体制御のアシストもしつつ、浮遊魔法やらハーモニッシュキリングの制御、顔料を飛ばして魔法陣を描くとかまで、何から何まで。

一切、何一つとして感覚に頼らず、全て計算尽くの筈で、だけど何者より魔法に長けているんじゃないかとすら思える。


アンチマジックとか舞に出来ない事だって有るけど、それはやり方を未だ知らない、ってだけの事だ。

魔法の深淵、そこに、舞なら何時かは辿り着けるかもしれない。

俺自身にそれが理解出来なくとも、舞になら理解出来るだろう。


そうなれば……。

相手が真竜だろうと、舞の敵では無いのかもしれない。


って、感慨に耽ってる場合でも無いな。


「っし、次だ」


魔法陣が描けたら暫く放置だ。

ダメージを蓄積させてからパンツァーファウストでドカンだ。




そうして暫く。




俺は複数の鱗の振動数を割り出し、ARでマーカーを付けては魔法陣を描いて、と何度も何度も繰り返した。


「よ~っし、そろそろ良いだろ。──スタークウィンデ!」


──ビュゴォォォオオオッ!!!


「ギギャァァァアアアッン!!!」


魔法で強風を起こし、濃霧を四散させて大怪獣とのご対面。

イリモの怒りは、全くこれっぽっちも収まっていないらしい。


「よう?暫くぶりに直接目が合ったな」


言葉が通じるとは思えないが、もしかしたらって事も有る。

アンチマジックを不完全ながらも使える高位竜だしな。


「これから、お前に向かって高威力の魔法を放つつもりだ。さっき、お前の背に手傷を負わせたあの魔法だ。今度は防げると思わない方が良いだろう。こちらから先に手を出した事は悪かったと思うが……もし怒りを収めてくれるんなら、こっちも引き下がろうと思う。お前は予想以上に強かった。勝手な事を言ってる自覚は有るし悪いとも思っている。だが……どうする?続けるか?」


「ンギァァァァアアアッッッン!」


決裂、かな?

ま……言葉が通じてないだけかもしれないが。


今更になって交渉を持ち掛けたのは、最低でも対等な立場でなければ交渉なんぞ成立し得ないからだ。

イリモの命を脅かす事の出来る準備が整って、漸く、初めて対等の立場になったと言える。

弱者の側から持ち掛ける交渉なんぞ、強者側の気分一つでどうとでもなってしまうからな。


そして、濃霧を晴らしたのは交渉の為だけじゃあ無い。


俺の主観的な視界では濃霧は在って無きが如しではあったが、それでも加工処理された偽の情報である事には違い無く。

これから放つパンツァーファウスト523を無駄に外す訳にはいかないし、肉眼でしっかりと捉える必要が有った。


────ヒュパッ!ヒュパッ!ヒュパッ!


明確な拒絶の意思、か。

アホほどドデカい水球弾。


「ギャガァーーーーーーーーーーーーァッス!!!!!」


──ドバシャッッッッン!!!!!!


前脚を持ち上げ、ボディプレスの如く体重を乗せて、覆い被さる様にして俺へと振り下ろされる。


だがどれもこれも、舞の演算力が有れば当たりはしない。


前脚は空振り、水面へと叩き付けられた衝撃で以て、またも激しい高波が立つ。


「どう考えてもこっちが悪いんだが……分かった。すまないが全力で狩らせて貰う。その生命いのち、刈り取らせて貰う。いくぞ!」


俺は眼下にイリモを捉えたまま、魔力を解き放った──。

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