第004話 幻想的光景
サンダル最高!!!
足下の不安が減った俺は、なるべく足音がたたぬように意識しつつも、泰然と果樹園の木陰を進んでいた。
勿論、果樹園の深い所へは入らずに、来た道からそう離れない距離を維持して道の先を確認しつつだ。
道の上を呑気に移動なんてしてたら、驚異的な何かが進行方向に居た場合、簡単にこちらが視認されてしまうからね。
道中で散見した家屋の数軒に立ち寄ってみたが、どの家も静まり返っていて人の気配が全くしなかった。
寝静まっているだけか?
とも思ったが、どう見ても防音性が高いとは微塵も思えない木造建築ばかりで、その可能性は低いと考えた。
どの家屋も鎧張りで、木板一枚向こう側がそのまま屋内になっていそうなのに、寝息も何も、物音一つ聞こえてこないのだ。
だからこの辺の家々に人は……いや、少なくとも立ち寄って確認した家の中に、生きている人は居ないと思う。
そう思う根拠も無くはない。
どの家屋も年季が入っているものの、極端に汚れていたりとか荒廃していたりはしないし、庭先や家周辺は定期手に人の手が加わえられてるであろう事が見て取れたからだ。
そんな家々に、平時なら誰も住んでいないとは考えにくいし、物音一つしないのは控えめに言っても異常だと思う。
加えて既に二度も遭遇した凄惨な屍。
悪い予感しかしない。
まぁ少しだけポジティブに考えるなら、何かしらの危険を察知した人が、この辺の住人を統率してどこかへ避難させたとかそんな感じなのかもしれない。
それならそれでいいさ。
なんにせよ、この村で何か異常な事が起きているのは間違いなさそうだ。
そんな事を考えながら進んでいると、果樹園の向こう側に、道沿いに家屋が密集している場所が見えてきた。
あそこが村の中心地だろうか。
そこへ向かい近づくうちに風向きが変わったのか、辺りには焦げ臭い匂いが漂い始めていた。
そして、微かにだが喧騒らしき音も耳に届く。
否応なく、緊張感が増す。
先の様子を伺いつつ、道沿いの家屋の影から影へと身を移すようにして慎重に進むと、ガヤガヤガチャガチャとはっきりと喧騒が聞こえるようになってきた。
どうやらこの道の先は大きな広場になっているのか、そこには大勢の人が集まっているようだ。
身を低くし、ゆっくりと家の影から広場を覗き込む。
見えたのは武装集団と、縛り上げられて数珠繋ぎになった人々。
そして死体の山。
広場に面した家屋のうち数軒は、火が燻り燃え崩れていた。
(おいおい何だいありゃあ)
『何ともファンタジックな装備ですね』
そう、ファンタジック。
その武装集団の装備……というか鎧が、なんともファンタジックなデザインで、厨二心をくすぐるカッコよさなのだ。
リアルなら、アニメ・ゲーム等の創作物かコスプレでしか見れないような……いや、ここもリアルらしいから、地球なら、か。
って、今見るべきはそんな事じゃないな。
ここへ至る道中に人っ子一人居なかった理由は、俺の予想の斜め上を行っていたようだ。
どうやら、あの武装集団によって村人は徴集されていたようで、
数珠繋ぎにされた村人達は広場の奥、俺のいる場所とは反対方向へと順次連行されている。
あの先に何があるのだろうか。
どんどん連行されているから武装集団と村人の総数は把握できないが、今見えているだけでも村人は数百人、武装集団は100人程といったところか。
泣き喚く子供達、悲壮感に満ちた顔をした村人達を見ていると、なんとかしてやりたい気持ちが溢れてくるが………しかし。
とてもじゃないが、あの人数の武装集団を相手に村人を助けてやる事など出来そうにない。
俺がここから出たところで何が出来る?
よしんば、騒ぎを起こして幾らかの村人を逃がす事に成功したとして、結局はその後にあっけなく捕まりそうだ。
最悪、いたずらに死体を増やす事になるかもしれない。
それに危惧すべきは、村人達が救うに値しない集団であるという可能性だ。
例えば、ここは反社勢力の隠れ里で、そこかしこで育てられている果実は違法薬物の原材料である、とかね。
なんせこの村は平野部が見えぬ程に入り組んだ山間にある。
村人達の是非は別としても、隠れ住むにはもってこいだ。
そして武装集団は、統一感のある装備や統率された動きから察するに、軍とか警察、それらに類する集団っぽくもあり、この村を摘発に来ているのだとしたら、村人に加担するのは悪手中の悪手という事になる。
ならどうするか。
素直にここから出ていって、武装集団に対して保護してほしいと交渉する……のは難しいだろうな。
言葉が通じるとは思えない。
考え出すとキリがないな。
あれやこれやと、自分を納得させれそうな当て推量を並べてみたが結局、
(静観するのがベストか)
『はい』
……なんとも平凡な答えに帰結したが仕方ないだろう。
あの死体の山を見たら、下手な博打は打とうと思えない。
息を潜めて成り行きを見守っていると、ついに数珠繋ぎになった最後の集団がこれから連行されていくようだ。
さて、行ってみますか。
静観しつつも考えた。
あの連中はどこへ向かっていて、そこには何があるのか、と。
考えてもわかるわけがないから、後をつける事にした。
広場に残るはあと十数人となったその時。
殿にいた、武装兵の一人が死体の山へと近づく。
おもむろに手をかざすと──
(んあ!?)
──突然、死体の山が轟々と、激しく燃え上がった。
その武装兵はしばらく炎を眺めると、満足そうに頷いてから殿へと戻っていった。
(どういう事よ)
『わかりません』
少し驚いたが炎の勢いはこの際どうでもいい。
燃料次第で普通に有り得る範囲だからだ。
疑問なのは着火手段。
火種を投げ入れたようには見えなかったし、着火装置がしかけられていたのなら、それはそれで驚きだ。
(手をかざしただけだよな?)
『はい』
(まさかあれは……。この世界にもHCSのようなシステムがあるっていうのか?)
『わかりません。データ不足です』
地球上でなら俺も似たような事はできると思う。
物によるけど、HCS制御下にあるデバイス、家電なんかは指先一つ動かさずとも、発声せずとも、意識一つで操作可能だから。
だから驚いた。
これまで目にした建造物も町並みも、何もかもがレトロ感に溢れ、さして文明の発展していない世界だと思っていたから。
だけどもし、HCSのような技術があるなら驚異的だ。
思い過ごしならそれでいい。
油断だけはしないでおこうと思う。
警戒心を新たにしていると、広場から最後の一人が出ていった。
追跡の時間だな。
広場には中央にある破壊されたらしいオブジェとか、気になるものは色々あるけど今は後回し。
何があるかわからないから広場を突っ切ったりはしない。
回り込むように、また家の影から影へと慎重に。
広場の反対側へ辿り着くと、その先の道は緩やかにカーブしながら下りになっていた。
村よりこちら側は、山側とは違って段々畑になっている。
木々が少ないぶん景観はいいけど……困ったな。
道の両脇には腰の高さほどの雑草が生えていて、踏み込んだり隠れたりすると、どうしたって音が立つだろう。
見失うリスクはあるけど、集団の殿からかなり距離をとって行くしかない。
仮に見失ったとしても、得てして山道は少なからずつづら折りになっているものだし、ヘアピン部分は見通しが良い事が多い。
そういう場所まで進んだら集団の進む先が見えるかもしれない。
そう期待しながら進んでいると、辺りがだいぶ明るくなっている事に気づく。
稜線の向こう側ではもう陽が見えているに違いない。
追跡すること十数分、ヘアピン部分に到着した。
殿を見失いはしなかったけど、少しでもこの辺の地形や集団の向かう先が知れたらと期待して、なるべく音を立てないように草をかき分けて谷間の方を覗いてみた。
んん?・・・んんんんん!??!???
ここからなら歩いて30分程だろうか、曲がりくねった道の先。
大きな湖のほとりに、ぞろぞろと人が集まっている。
幸運にも集団の目的地らしき場所は見えた。
だが、その光景は幸運を噛み締める暇を与えてはくれなかった。
まさかだけど、あれって飛ぶのか……?
それから暫く、言葉を失い惚けていると陽の光がさした。
湖面がきらきらと、ふつくしい。
とっても、おっきいです。
それはそれはファンタジックで、ロマン溢れる光景だった。
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