第005話 男の浪漫さ

きらきらと朝陽を照り返す、美しく大きな湖。




そこには、遠目でも判る程に巨大で重厚な、飛行船のが威容を誇り停泊していた。


先ず目に入ったのは全長180mはある巨大なエンベロープ(※ガス袋部分)


だからそれを目にした最初は飛行船かと思ったんだけど、飛行船とは明らかに違う部分があった。


エンベロープの下、飛行船でいう客室部分が異様にデカい。

全長の三分の二程もあるそれは、帆のないガレオン船といった風体で、しかもその船体には大きな翼がついている。


ファンタジックなゲーム等によく登場するアレにそっくりだ。


まさか、まさかまさかまさか、あれは飛ぶのだろうか!?


その姿はまるで飛空艇そのもの。

その姿は威容にして異様。


でも、常識的にはあれが飛べるとは到底思えない。

どう見てもあのサイズのエンベロープじゃ浮力が足りない筈だ。


地球には推力と浮力の両方を利用した、ハイブリッド飛行船なるものもあるし、それなら確かに、普通の飛行船と比べたら有効積載量は飛躍的に増やせる。


あの船にも翼が生えているし、似たような仕組みなのかもしれないが、そのフォルムは航空力学をまるで無視したかのようなデザインをしている。


それに、いくらハイブリッドなら積載量を増やせるといっても、あそこまで巨大な船を持ち上げるのは常識的に……いや、地球の常識的には不可能だ。


そう、地球の常識的には。


だから俺はわくわくが止まらない!


ここは異世界と呼んで差し支えのない、地球ではない別世界なのだから。


(頼むぞ、飛べ!飛んでくれよ!!!)


湖から流れ出る川幅じゃ、あの巨大な船が通れるわけがない。

つまりお前がどこかに向かうのなら飛ぶしかないはず、だから飛べるはず、そうだろう!?おぉん!?!??


『相変わらずですね。これも庵がよく口にする“男の浪漫”というやつですか?』


(おうよ!巨大なもの、空飛ぶもの、どっちも男の浪漫さ!その二つの要素が一つに合わさりダブルでドン!な瞬間が見れるかもしれないんだぞ?あれが空飛ぶ巨大な船だってなら興奮せずにはいられないねぇ!)


『鼻息が荒くなっています。落ち着いて下さい』


ぐぬぬ……。

ここに興奮を分かち合える友達がいない事が惜しまれる!




口を尖らせ歯噛みしつつも他へ目をやる。


船の手前、湖のほとりには続々と人々が集まり、ぞろぞろと船へと乗り込んでいた。


(ん?)


船のインパクトに目を奪われて見落としていたが、


(あれは何だろうな)


『恐鳥類でしょうか。データベースにはありません』


タラップの脇で行列を監督する者や、武装兵の指揮を執る者、湖畔を哨戒しているらしき者など十数名が、地球では絶滅してしまった恐鳥類によく似た動物に跨っていた。


人が乗れるほどなので、サイズは相応に大きい。

脳が発達しているのか、目から後ろ、後頭部にかけて膨らんでいて、鳥類というよりも犬に似たフォルムの頭部をしている。

犬から耳をとって鼻先を大きなクチバシに置き換えた感じだ。

脚の先には凶悪な見た目をした三本の太い爪。


あんなのに襲われたら一溜まりもないだろうな。


……ん?そういえば。


あるものを探して視線を彷徨わせると、


(もしかして、あれがそうか?)


『可能性はありますね』


船の前の集団から少し離れた場所に、焚き火の周りで談笑する一団を発見した。


その一団は、いかにも肉食獣といった感じの四足歩行の獣を侍らせていて、他のファンタジック武装集団とは毛色が違った。

革鎧のようなものを着けてはいるが、軽装な者ばかり。

そしてダークカラーで統一されている。


斥候部隊とか特殊部隊的な所属なのだろう。


ってか、サーベルタイガーにそっくりだな。

上顎から生えた大きな牙。

体躯は大型犬より断然大きく、それこそ虎と同等以上ある。

体毛は漆黒で、くそカッコいい。

この朝陽の照らす中では多少目立つものの、夜闇の中ではかなりの脅威となりそうだ。


それにしても、あんな恐ろしげな獣を檻に入れることもなく侍らせて談笑とは、それほどよく調教されているのか、頭が良くて人懐っこい生態なのか。


(俺もあれ飼えないかな?)


『懐くのであれば自衛に良さそうですね』


その可能性に思いを馳せ、ニヤリとしてしまう。


妄想はそこそこにして観察を再開すると、


(こいつは四本だ)


『可能性が高まりましたね』


太い脚のその先に、鋭い爪が四本生えていた。

ビンゴかもな。


俺が見た最初の屍。

あれの背中には四本の大きく抉れた傷が付いていた。

それをさっきふと思い出し、探してみたらこいつらを見つけたってわけだ。


まぁただの偶然の一致かもしれないし、それは否めない。

でも、可能性は高いと思う。

傷と傷との間が数cmもあって、人の背中を右上から左下までザックリ縦断するような大傷を負わせるのは、犬や猫程度のサイズじゃ不可能だ。

それこそ熊や虎レベルのサイズが必要だろう。


一応、野生の獣にやられたという線も考えはしたが、その可能性は低いと思考を切り捨てた。

だって、俺が偶然この世界に訪れたタイミングで、野生の獣に偶然襲われた不幸な人間がいるってどんな確率よ。

それも二人も。

だから今目に見えてる、獣を連れた武装集団の仕業であると考える方がよほど自然だろうて。


くはははは。

なんだか腑に落ちて、少しだけ心がすっきりした。

思わず心の中で高笑いだ。




一人で勝手に納得しつつ、集団の成り行きを眺めること数十分。


あれが最後尾か。


ついに最後尾も湖畔へと到着し、先陣もそのほとんどが船内へと搭乗していた。


──ぐぎゅるぐぐ~ん


腹が鳴った。


そういや朝飯食ってないもんなぁ。

あの船がどうなるのか見届けたら食い物を探しに行こう。

この世界の食い物が口に合うかちょっと不安だな。


湖畔に散らばり哨戒していた武装兵達も船の付近へと集まりだし、それから十五分程で全ての人員が船へと乗り込んだ。


いよいよか!


さ~てさてさて、どうなる?




期待に胸を膨らませ、ドキドキしながら見守っていると、


「………!!?嘘だろ、おい」


ついに船は動き出し、それがあまりにも予想を超えた挙動だったから思わず声が漏れてしまったではないか。


それは突然だった。


というのも、動き出す前には何かしらの駆動音がすると、そう思っていたからだ。

だけどあの船は、それはもう静かに、湖までそれなりの距離があるとはいえ、信じられないくらい静かに動き始めた。


(すげぇええええええ!!!!)


『賛同します。多少のリスクを看過してでも、この世界を調査する価値があると認めます』


船は、真上に飛んだのだ。


違うな。


真上に浮上したのだ!


船底から滴る水滴が陽光に煌めき、とてつもなく幻想的な光景を生み出していた。


あれだけ無理だなんだと御託を並べ、でも飛べるはずだと期待もしたけど、まさか垂直離陸……じゃなくて離水か、そこはどうでもいいな!ともかく、そう動くとは微塵も思ってなかったんだ。


飛び立つなら推力によって加速して、つまり滑走してからだと思いこんでいた。


だってそうだろ?

地球のものとサイズやフォルムが異なるとはいえ、エンベロープに船体の翼を見たらさ。

プロペラなんて付いてないし、駆動音すら無い。


不思議不思議不思議ねぇ!


(こりゃHCSと似た何かとかそんなレベルじゃないよな)


『HCSが完成してから約200年。我々の技術は長らく停滞していましたが、宇宙は広かったという事でしょう』


村の広場で見た発火現象の時とは訳が違う。

あの時は、HCSに似た何かがあるのかなってレベルだった。

でもこれは、俺らの地球では再現出来ないものだ。


この世界はとんでもなく刺激的なようだ。




ファンタジックにしてファンタスティック!!!




首が痛むのも忘れるほど夢中に、アホ面を晒して船を見上げていると、やがて加速していき、ついには山の向こうへと飛び去ってしまった。


「いっちゃった……」


凄い船だった。

いや、あれはもう、まごうことなき飛空艇ですな。




感動で言葉を失い、暫くぼんやりと空を眺めた。


気が付けば辺りは完全に明るくなっていて、小鳥の囀りが一日の始まりを告げていた。


怠惰な現代地球人からしてみると、既に情報過多でゲボ吐きそうだけど目覚めてからまだ数時間。

一日はまだ始まったばかりだ……。


さてこれからどうするか。


(飯か、村人の生き残りを探すか、現実逃避にふて寝するか)


『まず食料の確保をして食事にしましょう。その後に村の調査を推奨します』


わかりきっていた返答だけど、それで良かった。


正直に言えば、目覚めてからずっと、知らない場所で心細くて寂しくて、寂しくて寂しくてたまらない。

だけど、AIであるとわかっていても、舞という話相手がいるから平静を保てているんだと思う。


「ありがとね」


ゆっくり立ち上がり尻の埃を払う。


そして俺は、村へ向かって歩き始めた。

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