第002話 悲鳴の主は
部屋の外へと出ようと思ったその矢先、謎の悲鳴。
「……何なんだよ」
思わず独り言つ。
わけのわからない状況、屍、遠くの悲鳴。
意を決したばかりだというのに、辟易してしまう。
かといって、ここでじっとしていても事態が好転するとは思えないし、外の状況は確認してみるべきか。
こういう時、漫画やゲームなんかの主人公であれば、即座に飛び出して悲鳴の元へと駆け付けるのだろう。
だがしかし、ここはどうやら現実なのである。
後先考えずに主人公ムーヴかますのは、余りにも愚かでは?
少なくとも俺は、他人の悲鳴よりも、自分の命の方が大切だ。
そもそも、人の悲鳴に聞こえたが、人であるかも不明なわけで。
つまり俺のここでの結論は、急ぐ必要は無し、自身の安全を可能な限り確保しつつ、そっと様子を伺う、だ。
出入り口の扉に近づく。
ドアノブではなく、無骨なハンドルが付いた内開きの観音扉だ。
見た感じ鍵は付いていない。
近くの壁に分厚い木板が立て掛けてあるが……これは閂か。
右側の扉にはフランス落とし。
なんともまぁ、レトロだこと。
外から鍵が掛かっていない事を祈りつつ左側のハンドルに手を掛け、そっと力を込める。
──ギヒッ……
と、軋む音を立てつつも、扉は難なく開いた。
いきなり全開にしたりはせず、20cm程開き隙間から覗き込む。
屋内の別の部屋へと繋がっている可能性も考えたが、目に写ったのは石畳と、少し離れた所に鬱蒼とした木々だけであった。
どうやら外へと通づる扉であったらしい。
片側20cm開けた程度では大した情報は得られず、一旦扉を閉じ、フランス落としを外して右側を開けてみたが、見える景色に大差は無かった。
この建物から木々までの距離は20m程か。
そこそこの広さの前庭があり、周りは林か森に囲まれていそうだ。
とりあえず驚異になりそうなモノは見当たらないので、両扉に手を掛けゆっくりと開けてみた。
正面に見えたのは石畳の…参道だろうか。
道の左右には灯籠のようなものが3対。
火は灯っていない。
その先の方は左右と違い、木々の切れ目があり、その辺りから道が見えなくなっている。
そこから下り道になっているのだろう。
とりあえず、正面側も驚異になりそうなモノは無さそうだ。
屋内から確認できそうな事は他に無いので、一度扉を閉じ、右扉のフランス落としを元に戻す。
この建物は、現状で俺にとっての唯一の安全地帯であり、今後もしかすると何かしらの驚異から身を守る為にここへ戻り、立て籠もる必要があるかもしれないから、念の為だ。
完全に開け放ってここを出る必要など無いからな。
さて、外へ出てみるか。
左扉を必要最低限だけ開け、体を滑らせるように外へ出た。
なるべく音が立たないように扉を閉め、素早く灯籠の影へと移動する。
まぁ、灯籠といっても、それっぽいというだけで、俺の知っている物とは形状が異なる。
表面には何か紋章のようなものが掘られているが、その意味など俺にわかる筈もなかった。
それよりも、外へ出たら先ず確認したい事があった。
星空へと視線を向ける。
そこには美しい満月が浮いていた………が、
(…違う、よな?)
『はい』
月面の模様が、星の位置が、記憶にあるものとまるで違う。
もう何が何だか…………。
確かなのは、
(日本でも、地球でもないって事か)
『そのようです』
くそっ…。
何だって俺がこんな目に。
(フィクションでよくある異世界、ってか?)
『それは定義によるかと』
(それもそうか)
『地球人類の住む世界と同一宇宙である可能性の方が高いでしょう』
(まぁな)
『我々の生活圏、支配圏ではない、という意味では異世界とも言えます』
(で、ごく低確率で完全に別宇宙である可能性もある、と)
『はい』
ため息を吐きつつ視線を落とす。
何にせよ、考えるだけでは答えは出ない。
今は行動しよう。
周囲に気を配りつつ、灯籠の影から影へと素早く移動する。
2本先の灯籠へと近づくと、先程扉から見た時には見えなかった道の先まで視界が開けた。
想像していた通り、その先は下りに、石階段になっていた。
階段を100m程下った先からは木々が疎らになっており、家屋の屋根と思しき物がちらほらと見える。
小規模な集落があるようだ。
木々の隙間からは明かりも見て取れるが……所々から黒煙が上がっている。
この距離では判然としないが、火災だろうか。
建造物、集落、さっきの屍から察するに、この世界に知的生命体が存在する事は確定的な様だ。
これからどうするか、気持ち的には集落へGo一択なんだが………明らかに集落の者でない部外者な俺に対して、異世界人が友好的かどうかは判らない。
ちなみに、今いる場所は集落よりも高台にあるわけだが、入り組んだ稜線により阻まれ、集落よりも遠方を見渡す事は出来なかった。
灯籠を背に一度振り返る。
さっきまで居た建物と、この前庭を囲むように木々が生い茂っている。
建物の裏手の方は深い森になっていそうだ。
その更に向こう、遥か遠方には、木々も生えない高く巨大な山が見て取れる。
ようするに、ここはとある山間部にある山村なのだろう。
他に目につくような物、建造物は無し。
選択肢は2つかな。
建物の裏手を調べるか、集落へ向かうか。
と、思ったけど裏手を調べるのは暗いし怖いしやめておこう。
屍に深手を負わせたナニカに遭遇でもしたら最悪だ。
って事で、異世界人が友好的である事を願いつつ、集落へ向かうとしますかね。
石階段を見やる。
あの屍へと続く血痕は、もっと下の方から続いている様だ。
一体、どこで何にやられたんだろうな。
この先、進もうとしている方向には身を隠せるような物は無い。
隠れるなら左右に生い茂る森の中へ飛び込むしかないが…問題点が一つ。
今現在、俺は裸足なのだ。
外へ出てから、石畳、石階段となっていたおかげで歩けているが、裸足で森の中など歩けやしないだろう。
現代っ子で温室育ちの俺には到底無理だ。
つまり何事も起こらない事を願いつつ、なるべく急いで下まで通り抜けるしかないわけだ。
はぁ…この短時間で2つも希望的観測をしてしまうなんて、この先が思いやられるな。
慎重に階段の中程まで進むと、嫌な物を発見してしまった。
それは階段の端に転がっていた。
女児の屍(仮)である。
(仮)とは言ってみたものの、猛獣にでも食い散らかされたかのように腹が裂け、周囲に
またかよ……と思いつつも、俺は急いで駆け寄り、女児の屍(仮)に触れてみた。
今回は慎重に時間を掛けている余裕が無いからだ。
『死亡しています』
まぁそれはわかっていた。
そんな事よりも、俺が確認したかったのは体温だ。
温かい。
最悪な事に、温かいのだ。
さっき聞こえた悲鳴、温かい屍、凄惨な傷跡……。
悲鳴の主がこの女児だとすると、得体の知れないナニカに襲われて死亡したのは僅か数分前という事だ。
つまり、このすぐ近くにナニカが潜んでる可能性がある。
素早く周囲を確認するが、階段の左右には薄暗い森が広がっており遠くまで見通す事は叶わない。
急いでここから離れるべきだろう。
屍の検分はそこそこに、俺は足早に階段を下った。
すると背の高い木々が減り、段々と視界が開けてきた。
小さな家屋が疎らに建っているのが見える。
上から集落を見下ろした時、家屋らしきものの周囲に露地があまり見えないのが不思議だったのだが、なるほど。
そこには背の低い木々が、といっても2.5m程はあるが、等間隔で綺麗に植えられていた。
恐らくだが果樹園なのだろう。
木々にはこぶし大の桃のような実が鈴生りになっている。
実は青く、熟れているようには見えない。
そんな果樹園のほとりに寄り添うように家が建っている。
一定の広さの区画ごとに家が建っているようだ。
階段を下りきると、そこから先は石畳は無く、踏み固められているであろう土の道になっていた。
最初の屍へと続く血痕を逆に辿るようにしてここまで来たが、土の地面では血痕を識別するのは無理そうだ。
あの屍はどこでやられたんだろうな…。
ともかく、この道は集落の中心へと続いているのだろうか。
裸足である事を思うと溜息が出る。
などと思っていると、
『フィジカルスキャンが終了しました』
と、舞から報告されたのであった。
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