第一章 異世界転移
始まりの村デュデブ
第001話 オフライン
「んん………ん~……」
うっすらと目を開けると、辺りは薄暗かった。
寝ぼけてぼんやりする目を擦りつつ……。
部屋の明かりを点けようとしたのだが───
『…………続がオフラインです』
──と、脳内に響く。
「ん………?」
聞き間違いか?
もう一度明かりを点けようとすると───
『エラー:HCSネットワーク接続がオフラインです』
「はあ?」
どういうこと?
微睡みの中、ぼんやりする頭で先程の言葉を反芻する。
えーっと、オフラインか、オフライン、ね。…………………っ!??!?!?
跳ね上がるように起き上がり、素早く周囲を見回して………驚愕のあまり腰を抜かして尻餅をついた。
ここは………何処だ!?
全く記憶に無い場所だ。
どう見ても自室ではない。
体が震えて脚に力が入らない。
尻餅をつき震える膝と膝の間、その向こう側には信じられないモノが見えている。
理解し難い状況に焦り、不安感が押し寄せてくる。
全身から冷や汗が吹き出し、心拍数が高まるのを明確に感じる。
「何だよアレは!?」
ありえないだろ!
『まず落ち着いて、調査しましょう』
夢………か?
夢であってくれ!
「か、覚醒プログラム実行」
『既に覚醒状態ですが、実行しますか?』
「してくれ!」
実行されたがしかし、視界に映る景色は変わらない。
残念ながら夢ではないみたいだ。
益々混乱して、心拍数は更に高まる。
『鎮静プログラムを起動しますか?』
「それだ!頼む!」
暫くすると気持ちも心拍数も落ち着いてくる。
自らの心臓の位置に手を当て、深呼吸。
よし………よし、大丈夫、大丈夫だ。
頭スッキリ。
脚はもう震えてない。
感覚もしっかりとしているし、さっきとは違い力も入る。
ゆっくりと立ち上がってみる。
よーし、OKOK、立てた、立てたぞ。
俺は冷静だ。
さてと、緊急事態だ。
こんな時は………そう、学校での防災訓練を思い出そう。
これは決して現実逃避ではない。
まずは冷静に、だったか?
これは既にOKと。
次は何をおいても自身の安全の確保。
さっと周囲を見回して………頭上も足元も危険物無し。
というか何も落ちてないな、よし。
ひとまず大丈夫っぽいし一安心。
………と思ったら、俺、裸足だ………。
なんで?と思ったが、すぐに気が付いた。
着ている服に目を向ける。
やはり昨夜風呂上がりに着た服そのままだ。
白いスウェットのセットアップ、フード付き。
お気に入りの部屋着だ。
ポケットには………何も入ってない。
つまり就寝時に身につけていたもの以外は何も持ってないって事だな。
気付いたところで何も解決しないし、ちょっと凹む。
でも今は落ち込んでる場合じゃない。
次は身体に異常がないかセルフチェックだな。
自分の手の平と甲を目視、異常なし。
グーパーグーパー、よし。
軽く全身を動かしつつ、痛むところがないか体や腕、脚、頭等をまさぐってみたけど自覚できる範囲で異常は無い。
だけど念のためだ。
(フィジカルスキャンをしてくれ)
『毎朝起床後の定期スキャンでは異常ありませんでした』
(いや、念のためフルで頼むよ)
『フルスキャンを開始。終了まで約17分かかります』
これでよし。
あとは………自分の記憶を疑ってみるか。
俺は昨夜、自宅の自室で寝たはず。
だけど今現在、見知らぬここにいる。
確認してみよう。
(昨日一日、寝るまでの出来事は?)
『起床後に朝食をとり登校。午前の授業を受け、給食後の昼休み中に悪友と共に学校を抜け出し街で遊び、夕方には帰宅し家族揃って夕食。その後は自室でゲームをし、自慰行為をし、入浴し、就寝しました』
うん、記憶の通りだね。
(俺の名前は?)
『藤宮 庵』
(生年月日は?)
『3181年2月22日』
(年齢は?)
『14』
(血液型は?)
『O』
(好きな食べ物は?)
『柔らかい牛肉』
(通ってる学校は?『~
(初恋の相手は?『~
(幼馴染の名前は?『~
(ペットの名前は?『~
(最後におねしょしたのは?『~
───
──
─
………様々な事を思い出してみたけど、全て記憶通り。
記憶の欠落は無いように思える。
(君の名前は?)
『HCS第13世代インプランタブルナノデバイス、舞、です』
これも合ってる。
これだけ確認しても記憶に齟齬は無い。
んー………自覚している範囲では記憶にも問題はなさそうだ。
だけど、だからこそ、この現状が理解できない。
(なら、SRやTRの類?)
『それらは実行されていません。現在覚醒状態です』
それもそう、か………さっき覚醒プログラムを実行したし。
(ハッキングの可能性は?)
『外部アクセスされた形跡なし』
(舞に異常は?)
『簡易スキャンでは異常なし』
(HCSネットワークに接続出来なくなったのはいつ?)
『ここで目覚める直前までは正常に接続されていました』
(この現状はどういう事なんだ?)
『わかりません』
舞にわからないとか心が挫けそうになるよね。
(自室からここまで、無意識の間にワープしたとでも?)
『可能性の否定はできませんが、その可能性は限りなく低いはず、です』
だよなぁ。
『少なくとも、我々人類の技術では不可能です』
だよなぁ。
困った………困ったなぁ。
そもそものところ───
(地球上でHCSネットワークに接続出来ないエリアなんてあるのか?)
『ありません。無人エリアのマントルに到達するほどの深い地中であれば圏外ですが、そういった極端な例外を除けば地上地下水中空中はもちろん、宇宙も土星公転軌道まではカバー圏内です』
そうなんだよなぁ。
3195年の常識的に、ここが地球上なら圏外などありえない。
じゃあここは何処なんだよ?ってね。
「ははっ………」
鎮静プログラムの効果は覿面だね。
どう甘く見積もっても異常事態と言えるこの状況下で、俺の口からは乾いた笑いしか出てこなかった。
ともかく次だ、次。
周囲の状況確認。
できるなら見たくない。
見たくはないけど、確認しないわけにはいかないモノに目を向ける。
と、すぐそこには、血溜まりの中こちらに右手を向け倒れた女性がいる。
………いや、髪が長くて小柄だけど、男性な可能性もある、か。
ゆったりとした服の上にマントのようなものを羽織っているから体型はよくわからないし、うつ伏せに倒れていて顔もよく見えない。
背中には4本の大きく抉れた傷、他にも腕や脚、至る所に負傷有り、か。
左手は中指から小指までが無い………痛々しい。
猛獣にでも襲われたのかな。
なんで?という疑問が頭から離れない。
呼吸音もしないし、おそらくだけど………死んでいる。
性別不詳の屍(仮)から目を離し、後ろを振り返る。
そこには高さ3メートルほどの白い人型の石像がある。
石像の腹の辺りに彫刻された、ベルトらしき部分の中央には宝石のようなものが付いている。
他に目に付く部分は無い。
石像の顔を見ても男か女かわからない。
これも性別不詳か………って、倒れてる人の服装に似てるかも?
そう思って見比べてみると似ている気がする。
石像は何かしらの信仰対象を象ったものなのかな。
だけど今までに見たことのないものだ。
(データベースにある?)
『該当なし』
そっか。
石像を背後にゆっくりと辺りを見回す。
部屋の広さは30坪ほどか。
天井の高さは約5m。
左右の壁に5つずつ小さな十字格子の窓がある。
高い位置にあるので外の様子は見えないけど薄暗い空は見える。
ぼんやりと光が差し込んでいるのは月明かりだろうか。
正面の壁には、この部屋唯一の出入り口であろう木製っぽい扉。
目覚めた直後は気が動転していて気づかなかったけど、よく見ると扉から足元の屍(仮)まで、床には黒い染みが続いている。
這うようにしてここまで来て、力尽きたという事なのかな。
俺に向かって手を伸ばしているかのように見えたから腰を抜かしたけど、冷静になって考えてみると石像に向かっていたっぽい。
後ろの石像とこの屍(仮)は、信仰対象とその信徒だとか神官や巫女の類ってところか。
とすると、ここは神殿とか教会堂か?
(どう思う?)
『その可能性はある、かと』
暫く考えてみたけど、現状で答えが出るわけもないか。
軽く溜息を吐きつつ、もう一度室内を大きく見回す。
他に目立つものは………特にない、か。
さて………。
悩むこと十数秒。
ゴクリ、と喉を鳴らしつつ決心する。
屍(仮)の死体に近づく。
まずは声を掛けてみる。
「生きてます?」
返事は無い。
何度か言葉を変え声を掛けてみるも、やっぱり返事は無い。
声を掛けてる間、相手の様子を凝視していたけどピクリとも動かない。
慎重に、頭部へと耳を近付けてみる。
呼吸音など一切聞こえない。
指先で恐る恐る頸動脈に触れてみる。
「ッ!?」
思わず手を引いてしまった。
想像していた以上に冷たくて。
もう一度覚悟を決めて触れてみる。
まるで氷のように冷たい。
そしてやはり………脈は無い。
苦し紛れに肩をつついてみても反応は無い。
なんなんだ。
こんなに冷たいのは異常だ。
色々おかしな事が重なりすぎて、思考がまとまらない。
(嫌だけど、確認をしないとな)
『確認するならば、対象の頭部に3秒ほど両手を添えて下さい』
気持ちを落ち着けるように息を吐きながら手を添える。
『脳波無し、死亡しています』
わかっていたさ。
しばし目を閉じ考える。
未だ思考はまとまらないし、結論もでない。
判断材料が足りないのだからそれは仕方ない。
だが腹は決まった。
現実逃避はここまでだ。
目を開き、屍を見つめながら舞に問う。
(無いんだろ?)
『はい、この対象からナノデバイスは検出されませんでした』
それを聞いても今更取り乱す事は無い。
最初に舞が言っていた通り、調査が必要だ。
「行くか」
この部屋唯一の扉に目を向ける。
屍を後にし、決意を心に歩み始めたその時。
───微かに、しかし確かに、悲鳴が聞こえてきたのであった。
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