ひまわり。富士山と息子の記録。

ひまわりその2






洗濯機に呼び出される。うとうととお茶を飲む暇もあったものじゃない。

ああ忙しい忙しい。息子は気楽そうだ。おたふく風邪で休んでいるけど、熱は全く無くて、ただはれ物が引くまでテレビを見ている。

教育番組は本当によくできている。

三十も年の離れた、親と子という両者を繋いでくれる。

画面に映るのは、視聴者の幼児が書いたらしき絵。何の絵だろう。この大きい花はひまわりかな?

「ああ」

駄目だ駄目だ。私は家事をやらねばならないんだ。息子よ、待ってなさいよ。ご飯ちゃんと食べたらおやつあげるから。私が動いている間は大人しくテレビにはっついていてくれよ。



「ごはんまだー?」

ああ駄目だ。遅かった。私はやっぱり家事は得意じゃない。むしろ夫の方が良い主夫かも知れないくらいだ。

働こうかな……

「ごはん!」

「はいはい、ちょっと待ってね」


炒飯を作ってやった。息子が、脂がきついとかませた事を言い出すから、鶏肉を多用する単純な私だった。


夜、夫が帰って来た。息子の風邪が治った時の話をした。来週の休み。家族でどこか出かけようかと、夕食を食べながら話をする。

その会話の中で、私は何の気なしに、教育番組の話を出していた。すると、息子がうつらうつらしてきた頃、夫が提案してきた。

「富士山でも行こうか」

「富士山?」

聞くと、五合目まで車で行こうという提案らしい。

どうして富士山なのかよく分からなかったけれど、嫌な話じゃないし、私は楽しみに一週間を過ごす事にした。息子の経験にも良いだろう。



「そういう教育方針もあるらしいね?」

イマドキじゃないかも知れないけれど、幼い頃から自然の中で遊ばせて、山にも登ったりするっていう。とても素敵だと思うけど、現代でどこまで可能なんだろうと疑問にも思う。

富士山、向かう車の中。息子はカーナビでテレビを見ている。またあの教育番組だ。

「ひまわり、きれいだなあ」

息子が呟いた。あれ?この子、本物のひまわりって見た事あったっけ。

私達夫婦がそういう小難しい話をしている間に、車はずんずんと坂道を登り、息子はテレビに釘付けになってゆく。

そして、五合目。

ここだ。駐車場。ここが自家用車で登れる富士山の限界地点である。言ってしまえばこれくらいで満足するライトな観光ガール達も多くて、駐車場のその広場には、土産屋、売店が広々と並んでいる。

店賃はいくらかかっているんだろう、とか、つまらない事を私は想像する。

「うわぁー」

息子は気の抜けた声を上げる。でも、それっきり。それっきりで息子は黙りこくる。

「――――」

え?

何?

「うわぁー」

え?

息子が、全く同じ音程のような。わざとさっきの声を再現するように鳴いてみせる。

――繰り返し。

刷り込んで。記憶に。

遊んでいるのか。今、この子は。

富士山は?折角来たのに。

「行くかね。私らも」

夫が土産屋を指す。

私は無意識に息子の手を取ろうとする。一緒に行く為だ。

「いいんだよ」

夫は首を振る。

「置いてくっての?危ないじゃない」

「登山家に悪人はいないよ」

「はあ……」

私と夫は、常識的にどうかなとも思ったけど、息子を駐車場の敷地に置いて、なるべく近くの土産屋に向かった。



土産屋から戻って来て、そこで待っていた息子に声をかけようとする。

あ――――

息子が、白光に照らされていた。

幼児とは思えない貫禄を感じた。

無意識に。それは無意識に。

――――



「うわぁー」

「え?」

息子は、またさっきの音程の声を上げた。

「どうした?新しい歌でも思いついたかい?」

夫が息子に声をかける。

「うーん」

息子は自分のあごを触る。

「んーっとね。もうちょっとで思い付きそうなの。ぼんやりしてるけど、なんか楽しいお話。お話思いついたら教えてあげるね」

「うん。そうか。楽しみにしてるな」

――――



「ひまわり」

「え?」

「ひまわりが見たいな」

「えっと、どうして?パパにお願いする?」

「ひまわりって、富士山と親戚かも知れないでしょ?」

「え――」

「ごあいさつ、したいなって」



「よーし行くぞ!パパはしっかり仕事を休んでひまわりを楽しむぞ!」

「わーい!パパ!行こうパパ!」

「ほら、君も」

夫は私の方を、向く。

「これからは、二人の時間も多かろう。時間は無情に過ぎ去ってしまうからね」

「……?」



息子は中学生になった。



夫は会社員であり、かつ作家だった。がむしゃらに書き続ける天才肌だった。

私は同人の漫画家だった。努力しかしない凡才だった。

お陰様で何とか生活できている。今日は二人で休みだった。

「結局さ」

夫が呟く。

「歴史を残したいから、研究して、賢くなって、そして書くんだよね」

「どういう事?」

「富士山とひまわりの事、覚えてる?」

「ん……昔の話?」

――――――



「息子は覚えちゃいないさ」

「ん……」

「ありゃあしないのさね。大人に、大自然程の影響力なんて」

「うーん」

まあそうかもなあ。

「でも、やっぱり作家は寂しがり屋だからさ。ノンフィクションでも書きたくなるよね」

夫は時計を見る。待ち遠しそうに時計を見る。

「――出演者の許可が取れたらね」

チン。



「ただいまー」



声変わり、またひまわりの香り。

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